ヨーロッパでは動物保護が進んでいる国が多いが、トルコでは20世紀初頭に行われた野犬駆除への反省を活かして野良犬の捕獲や殺処分が法律で禁止されている。

2021年7月にはトルコ議会は動物愛護法の改正法案を可決し、動物はもはや「モノ」や「商品」ではなく「生き物」として「権利」を有することが認められた。

未だ動物を「動産」(モノ)として取り扱う日本の民法とは大違いだ。

当然国民の動物愛護の精神も進んでいて、トルコ人たちは総じて皆動物に寛容だ。

このようにしてトルコ最大の街イスタンブールは一般的に猫の天国としても知られているが、同様に野良犬の天国でもある。

本作は犬好きのエリザベス・ロー監督がイスタンブールを旅している際に出会った雌の野良犬ゼイティンに心を奪われ、彼女を追いかけてみたことが契機となって制作されたドキュメンタリー作品だ。

あえて犬と同じ低い目線で撮影され、犬が実際に聴いているような音を追求して聴覚効果も工夫されている。

それは人と犬が自然に共生するイスタンブールにおいて、人が犬に寄り添って犬の見え方・聴こえ方・感じ方を追体験しようとする試みでもある。

半年間にもわたり野良犬の行動を追ったカメラが映し出す映像は、新鮮な発見と驚きを提供してくれる。

低い犬の目線ではあるものの、そこにもともとあったはずの世界が別の新しいイメージを伴って眼前に開けてくるという点では、旅先を歩いていふ感覚に近いかもしれない。

恋人たちの痴話喧嘩、デモの行進、建設工事の作業等、野良犬の目線でイスタンブール市民の生活を垣間見ることができる一方で、彼ら彼女らがいかに野良犬に優しく接しているかも分かる。

映画には3匹の野良犬が登場するが、行動様式や性格はそれぞれ違っている。

独立心の高い犬もいれば、シリアからの難民の少年たちと自ら一緒に夜眠る犬、建設現場の作業員から溺愛されている子犬もいる。

恋人たちが喧嘩をし、人々が女性の権利向上を求めてデモに熱中し、あるいは異国から難民として逃れてきた少年たちが建設現場に住み込んでいても、犬たちは程よい距離で時にそれらを眺め、また聞き流すだけだ。

映画の節目ごとに古代の哲学者たちの犬にまつわる名言が紹介されるが、野良犬たちの人との絶妙な距離感とその一見スマートな立ち振る舞いを見ていると、次第に犬こそ哲学者なのかもしれないと思えてくるから面白い。

自由な犬の視点で人間たちの行動を眺めてみる経験には思った以上の気付きがありそうだ。

かと言って、「犬は自由気ままでいいな」などと安易な感想も抱けない。

家を持たない野良犬と同じく、この映画に出てくるシリアの少年たちもまた家を持たないからだ。

そして、犬や難民たちと接する人々の様子を見ていると、他所者を排斥すること、寛容さをもって共生することの違いについて考えさせられる。

実は自分は旅先の街で見かけた犬の写真をアルバムにしてFacebookにアップしているほど大の犬好きなので、ただ犬を見ているだけでも楽しめるのだが、本作は野良犬たちの行動を追うことで人間たちの不完全さや理想をも浮き彫りにしてみせる。

まさに犬のように賢くて抜け目がない映画だ。

 

『ストレイ 犬が見た世界』

■監督:エリザベス・ロー
■出演:ゼイティン、ナザール、カルタル(犬たち)ほか

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