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静まり返ったトラムの中で聞こえてくるのはゴトゴトと山を登っていくレールの音と、営業終了間際で力の入らない駅名のアナウンスのみだった。
ヴィクトリア・ピークという香港島の山頂に建つ展望台はこの国の人気スポット。世界3大夜景である香港の街を一望することができ、何度訪れても飽きることがないと評判だ。そこへ向かう登山列車の改札口は昼夜問わず人混みで溢れ、乗車するまでに1時間以上並ぶこともよくある。
改札へ向かう道のりにも心躍る風景がある。駅までは海抜からいくらか高さがあり、斜面に造られた街の中を長い長いエスカレーターで上がっていく。ピザ屋やカウンターバーでカッコ良くキメる欧米人、スーパーマーケットで買い物を楽しむ人々。それら1つ1つがファサードとなり次々に目の前を流れる。登っているはずなのに街の中を滑っているような、そんな感覚に陥ってしまう。
そしてたどり着いた改札で、首を傾げながら私を見る駅員からチケットを購入した。
なんでも私が乗り込んだダイヤはこの日最後の便。肝心の展望台はもうとっくに閉まっている。乗っている客はほとんどおらず、途中下車して自宅へと帰るであろう人が1人、2人。そのわずかな乗客のために運航しているようなもので、観光客の需要はゼロに等しい。
しかし普段は満員でワイワイしている車内がここまでガラリとしていると、何か妙な感動があり、特別な乗り物であるような気がしてくる。「これは本当にピーク行きなのか」「運転席を見るとそこには誰もいなくて、降りたら10年後なのでは」などファンタジーな妄想で頭がいっぱいになってしまう。
もちろん終着点にあるショッピングモールやお土産屋もすべて終わっている。景色も見れないので正直することはない。でも私と同じ考えの若者が1人、解放感を全身で感じるように天に向かって伸びをしていた。
10分間だけ夢を見られる、贅沢で胸膨らむ最終便。
100万ドルの夜景を堪能しつくした人には試す価値のある、ヴィクトリア・ピークのもう1つの楽しみ方である。
國友俊介
【プロフィール】
國友俊介 (くにとも・しゅんすけ)
旅×格闘技、アジアを自転車で旅をしながら各地のジムを渡り歩いている。目標は世界遺産を見ることではなくあくまで強い男になること。日本では異性愛者でありながら新宿2丁目での勤務経験を持つ。他にも国内の様々なディープスポットに潜入している。
ブログ http://onkunion.blog.fc2.com/
【記事提供:リアルライブ】