古舘伊知郎トーキングブルース「しゃべりながら死んでいく“しゃべり死に”。殉職の美学憧れる」
古舘伊知郎(70)が、12月7日の東京・EXシアター六本木から全国5カ所で「古舘伊知郎トーキングブルース 2025」を開催する。来年1月に福岡、2月に名古屋、3月に大阪、横浜と“しゃべりの巡礼”に出る。テーマは「2025(ニセンニジュウゴ)」。今年2025年の1年間で、何を見て、何に怒り、何に笑ったのかを2時間半、ノンストップでしゃべりまくる。70歳、古希になった古舘に聞いてみた。【取材・構成=小谷野俊哉】
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「トークキングブルース」で4年ぶりの全国ツアー。
「去年はトーキングブルースを3日間、六本木EXシアターでやらせてもらった。最終日の3日目にも言ったんですけど、前は70歳を迎えた場合には全国70カ所を回るんですよと。お遍路さんが札所を回るんだけど、御朱印帳にずっと押していくんだって言っちゃったんですよ。で、引っ込みつかなくなった。70カ所も回れるわけないんですよ。立ちくらみが大きいんですよ。だから急になえて数カ所になったんですよ。70カ所は無理だけど、長期的にはやろうとは思ってたんですけどね。テレビのことを批判したりしてるから、あんまり仕事は来ないと思うんですけど、万が一、いい仕事来たら俺も事務所も乗っかると思うんですよ。だから、余白は少し残しておきたいっていうセコさですね。それで70カ所が5カ所ぐらいになったっていうね。これはある種、詐欺だと思うんですよ」
1988年、昭和の終わりの37年前から「トーキングブルース」は始まった。誰を招待することもなく、1人で話し続けるスタイルを貫いている。
「怖いんですよ。逃げ場がないんですよ。漫才みたいに相方がいてくれるわけでもない。ゲストがいるわけでもないし、ましてや歌い踊ることもないわけだし。しゃべり一本ですから、抜き身で本当に逃げ場がないって怖いんですよ。でも、怖いっていうのは快感になるんですよね。終わった時にホッとしたりするんですよね。なんか燃え尽きた感じがするんですよ。それは結構病みつきになりますね」
プロレス実況からスタートして、司会、俳優、ニュースキャスター、ユーチューバー、大学教授、コメンテーターとチャレンジしてきた。だが、戻ってくるのは「トーキングブルース」だ。
「それがないと、僕を僕たらしめるIDが何もないんですよ。マイナ保険証とか持ってますけども、やっぱりそれ以外に何か自分の生業とか自分自身を証明するものが。僕は例えば「みのもんた」みたいに芸名でやってないから、アイコンがないわけですよ。生まれた時に親が付けてくれたお仕着せの名前で、本名でずっとやってるから。何かこうフナッシーとかクマモンみたいに、ゆるキャラとして何かをかぶって、芸名を付けて演じるってことはできない。そうすると私は何者であるって、言いたいじゃないですか」
しゃべり続けることこそが、古舘伊知郎を古舘伊知郎たらしめる。
「トーキングブルースをやってると、自分はこういうしゃべり屋だって言えるけど、そうじゃないと普通に司会者っていうことになるんで。司会者で結構だし、フリーアナウンサーの肩書で結構なんですけども、トーキングブルースをやってるとき、自分は“しゃべり屋”になれる。もうできれば、トーキングブルースでしゃべりながら死んでいくっていう“しゃべり死に”が。ずっと言ってるとね、もしかしたら可能性が近づくんで、ちょっと“しゃべり死に”っていうのを本気で考えて、無理であってもね。こういうやつが、長患いして海の見える老人ホームにいる可能性があるんですけどね。それはそれで、しょうがないんですけど。でも、やっぱりそのぐらいの思いでトーキングブルースをやってます」
70歳、古希を迎えたが2時間半、ノンストップでしゃべりまくる。
「多くのお客さんが来てくれて、感想はほとんど95%が『よく、2時間以上も水を一滴も飲まないでしゃべれますね、あんなハイテンポで』っていうのが全てなんで。83歳のポール・マッカートニーとかだったら、何10曲も歌って戻って来て『どうだった』って言った時に、感想は『よく水も飲まないで歌いますね、年なのに』って言う人はいないと思うんですよ。『素晴らしかった、ポール』って言うんですよ。俺の場合、だからビッグアーティストはいいんだけど、しゃべり屋っていうのは『水も飲まないで素晴らしい』って、中身のこと言ってもらえないんです。この悔しさが僕を支えてくれる。やっぱりふらつきとかは起きてるんで、今年はソッとやる可能性も出て来てる。もしかしたら途中で水飲まなきゃいけないかもしれない。これが不安の種で、また、そことの戦いが増えてしまいましたね」
苦しみながらも、ただただしゃべり続ける。
「人は苦しみながら何かもがいてやってるっていうことに、自分の代わりにやってくれてありがとうって、代理満足ってあるじゃないですか。自分がダイエットしなきゃいけなかったら、代わりにもっともっと若いんだから食べてとか、俺の分まで食べてみたいになっちゃうじゃないですか。その感じがあるんだと思うんですよ。だから、プロレスラー三沢光晴のリング上の殉職とか、猪木さんも68キロまで病に侵されて死んでいくとかね。やっぱり殉職ってかっこいいなと思うんですよ。だから松田優作さんも40歳で膀胱(ぼうこう)がんで、アッという間に旅立ったじゃないですか。その死ぬ前にトーク番組に出てくて話した記憶があるんですけど」
死が身近な年になった。
「だから自分もこの年になりましたけど、なんか職業を全うしながらスッと消えていくっていう美学みたいなものに憧れる。自分に一番負担かかるのはトーキングルース。脳も過緊張になりますし、オーバーヒートになりますし、耳から煙が出てくるんじゃないかと思うんですよね。あんなにしゃべってると。ただそういうのが、いいんじゃないかな。1人SMショーですよね」
(終わり)
▼「古舘伊知郎トーキングブルース『2025』」
25年12月7日 東京・EXシアター六本木
26年1月18日 福岡・Zepp福岡
26年2月12日 愛知・Zepp名古屋
26年3月7日 大阪・Zeppなんば
26年3月20日 神奈川・Zepp横浜
◆古舘伊知郎(ふるたち・いちろう)1954年(昭29)12月7日、東京都生まれ。立大卒業後の77にテレビ朝日入社。同8月からプロレス中継を担当。84年6月退社、フリーとなり「古舘プロジェクト」設立。85~90年(平2)フジテレビ系「夜のヒットスタジオDELUXE、SUPER」司会。89~94年フジテレビ系「F1グランプリ実況中継」。94~96年NHK「紅白歌合戦」司会。94~05年日本テレビ系「おしゃれカンケイ」司会。04~16年「報道ステーション」キャスター。現在、TBS系「ゴゴスマ」水曜日コメンテーターなど。血液型AB。