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整形外科クリニックの診療と経営をやっています。様々な治療を行っている中で当院の特色としては理学療法士のリハビリもやってますし、最近ではハイドロリリースや体外衝撃波治療、そして骨粗鬆症の検査、治療に力を入れています。
私の両親がもともと医者をやっていて、親の敷いたレールで生きることに抵抗がありました。姉がその頃に教員免許を取ったので教員もいいなと思って親に話していました。私は医学部に行こうとも思っていなかったのですが、留年した同級生に「お前、将来何やるの?」と話をされて、「教員やろうかなと思っている」と話をした時に「お前の両親は医者だろ。もったいないじゃん。」と言われて、その時に何かプチンと切れたものがあって、もったいないという考え方があるんだと考え方が変わりました。自分で医学部に行くと決めてやればいいだけの話だと思ったんです。大学生の時に空手をやっていて、対戦相手の35歳くらいの方が骨折してしまったんです。救急車で運ばれて、その病院で手術をして、すごい迷惑をかけてしまいました。お見舞いに行った時に「いや〜、困ったよ。」という話をされて、「本当にすいません!頑張ってこの後、整形外科になります。」と宣言、そこで整形外科になろうと決めました。
一対一のコミュニケーションを大切にしています。患者さんが増えてくると診療が終わらないので、短時間で患者さんをいっぱい見て行かなければならないんです。その中で患者さんが日常生活でどのようなことが困っているか、何をする時が痛いかということを聞くようにしています。このような時が痛いんです、こうゆうときが困っているんです、というヒヤリングからそこを解決できるように、このような治療はどうでしょうという提案をして、それだったらなんとかやっていけそうですと患者さんと二人で決めていくことを大事にしています。
勤務医から開業医になると決めた時です。勤務医から開業医になることは基本的にはメスを置く、要は外科医を辞めるに近いんです。一度、父から父が経営しているクリニックの相談を受け、数字を見るとなかなか難しい状況でした。丁度、クリニックが乱立していく時期でしたので、これは対策しないと流石にまずいなと思いました。開業医になって経営をしっかり行い、父が30年間築いてきたクリニックを存続させるという使命感に駆られて開業を決めました。
何歳になっても謙虚で、年下だとしても自分より知識と技術がある人に対して、積極的に学ぼうとしている大人はかっこいいなと私は思っています。そういう人間でありたいなという理想はあります。自分が新しい知識や技術を得たり、それによりいろんなところに貢献できて、新しいことができるので、それがやりがいだと思い、何歳になっても常に成長したいと思ってます。空手も6段まで取りましたが、まだまだ成長できると思っていて、それは医者でも一緒で何歳になっても学ぶことはエンドレスにありますから、常に学び続けて、それをアウトプットして患者さんに還元していきたいです。
できるだけ多く骨粗鬆症の人を診断して、一人でも多く助けたいと思います。クリニックは入院手術が難しいのですが、入院して手術ができないからいろいろな治療ができないというわけではなく、できることはまだまだあると思います。例えば今なら、再生医療も取り入れられていますし、実際にそのニーズもあります。クリニックでもここまでやってくれるのかと患者さんも少しずつ認知してきていて、私の考えに共感してこのクリニックを選んでくれているところもあるので、期待に答えたいです。そのためには、当院にきたらしっかり治って帰って欲しいと思います。
悔いのない人生を送るためにも、何歳になっても目標は持っていた方がいいかと思います。諦めずにチャレンジし続けること、継続は力なりということで、皆さん一度きりの人生を頑張っていきましょう。