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今回は緒方林太郎さんのブログ『おがた林太郎オフィシャルブログ』からご寄稿いただきました。
JOCの竹田会長が、昨年12月10日にフランスで起訴(mise en examen)されていた、とル・モンドが報じています。東京オリンピック招致の際、国際陸連ディアック会長への贈賄の嫌疑でしょう。
便宜的に「起訴」と訳しましたが、本当はちょっと語感が違います(なので、以下はフランス語表記のまま書きます。)。まだ、正式な裁判が起こされているわけではありません。この「mise en examen」というのは、重大事件に際して、検事は裁判所の予審判事(juge d’instruction)に犯罪捜査に相当する予審を請求する事が出来るというものです。予審判事は警察に証拠を収集させ、被疑者を尋問し、事件を解明して正式な裁判を開くかどうかを決めます。「mise en examen」の期間は最大2年です。
ただ、フランス情勢に慣れ親しんだ者からすると、「あ、かなりの確証を持ってやっているんだな。」という事が分かります。そもそも、「mise en examen」になる前に、当事者は出頭を求められて聴取されます。その上で予審判事は「mise en examen」にするかどうかを判断します。その時点で、嫌疑の度合いが低ければ、そこで終わりという事もありますし、場合によっては「témoin assisté(補助証人)」というより軽い立場に置かれる事もあります。なので、出頭・聴取された上で「mise en examen」となっているという事は、嫌疑についてかなりの確証を得ていると見ていいでしょう。なお、予審判事は勾留する権限も持っています。
そもそも、本件が2016年に表沙汰になった際にフランス司法省が出したコミュニケ(私の下手な訳で恐縮ですが)*1 を見てみれば、元々、被疑者不明で本件については予審手続きが行われていたのです。嫌疑は贈賄(corruption active)、収賄(corruption passive)、マネーロンダリング(blanchiment d’argent)等々幅広かったわけですが、今回、竹田氏については「贈賄」で予審手続きが進む事になります。当時、本件を結構調べたものとしては、「来るべくして来た。」としか言いようがありません。
*1:「ドーピングと大統領選」2016年05月14日『BLOGOS』
https://blogos.com/article/175537/
ちなみにフランス政界には「バラデュール・ルール(Jurisprudence Balladur)」というものが不文律としてあります。これは1993年に首相になったエドゥアール・バラデュールが「mise en examenになった大臣は辞任。例外無し。」というルールを徹底した事を指します。それ以降、現在のフィリップ内閣に至るまで基本的にこのルールは守られてきています(フランス語の関連報道*2 )。実務上は「mise en examenになりそうだと分かったら辞任」というのが通例化しています。1994年当時、結構人気のあったカリニョン通信相(兼グルノーブル市長)が汚職事件で「mise en examen」が不可避となった時点でバラデュール首相はカリニョン通信相をスパッと切ったのを思い出します。一部には「まだ、この時点でそこまでやらなくても。」という声もあったのですが、そこは徹底していました。これがバラデュール・ルール最初の適用例でした。
*2:「Démissions au gouvernement: De la «jurisprudence Balladur» à l’«ère du soupçon»?」2017年06月21日『20minutes』
https://www.20minutes.fr/elections/legislatives/2091367-20170621-demissions-gouvernement-jurisprudence-balladur-ere-soupcon
竹田氏は、贈賄といった不適切な行為は無く、正式な起訴でもないと言っておられるそうです。上記のような説明に基づくと首を傾げたくなりますが、それはともかくとして、ちょっと気になるのが、「贈賄は無い」というのは「何処の法律の話をしているのか。」という事です。ここはフランス刑法と日本刑法の間に「贈収賄」についての考え方の違いがあります。
フランスには、一定条件の下、民間団体間であっても贈収賄が成立します。竹田氏が起訴されたのはその規定のはずです(ちなみにフランスではスポーツ関係の不正に特化した刑罰規定もあります。)。かたや、今回の事例については日本の刑法には罰則がありません。日本では、極めて限られた例外を除けば民間団体間での贈収賄は成立しません。竹田氏は単に日本刑法の話をしているだけなのではないか、「フランス刑法に基づいても贈賄が無い。」とまで言っているのかなという点は気になります。
ちなみに、こういう形で両国での可罰性が異なる場合、本質的に厄介な話が一つあります。それは「刑事共助」です。今回、日仏の捜査当局間で一定の共助が行われています。ベースとなるのは、「日EU刑事共助協定」です。一般的にこの手の刑事共助については、双方で罰せられる犯罪でない時は共助を拒否できるという事になってます。つまり、今回、日本側は(当然そういう事はしませんけど)フランスからの捜査共助を拒否しようと思えば出来たという状況でした。
その観点から、私は今回の件を契機として、こういうスポーツや大規模行事の誘致に関する贈収賄を罰する規定を作ってみてはどうかと思います。やり方は以下のように2つあると思います。(2)の方が特別法なのでやりやすいでしょう。
(1) 刑法改正:フランスのように、一定の条件下で民間団体間にも贈収賄を適用。ハードルは高いのですが、現代社会において、すべてを「官」と「民」の二元対立で見るのは適当ではないように思います。「官」並みの権限を持つ「民」の団体が増えてきているわけで、そういう団体に関する贈収賄適用というのは荒唐無稽ではないように思えます。
(2) 不正競争防止法改正:実は既に外国公務員等への贈賄を罰する規定があります。しかし、この「等」については、例えば「IOCは含まれない。」と解されています。この罰則を明示的にスポーツや大規模行事誘致等に拡大するというのはやりやすいでしょう。
予審手続きは最長2年(ただし延長あり)ですので、もう少し時間が掛かるとは思いますが、本件を教訓にして日本でも色々と考えた事が良いように思います。
執筆: この記事は緒方林太郎さんのブログ『おがた林太郎オフィシャルブログ』からご寄稿いただきました。
寄稿いただいた記事は2019年1月17日時点のものです。