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前述の通り、小売業界のDXは、新型コロナウイルスの感染拡大のなかで急速に進みました。
東京商工会議所が、2021年に公表した『中堅・中小流通・サービス業の経営課題に関するアンケート調査結果概要』によると、「コロナ禍を機にデジタル化・IT活用が増加した」と回答した小売りサービス業の割合は、48.7%に上っています。
この結果からみても、約半数の小売業が「コロナ禍の影響で、やむを得ずDX推進に舵を切った」という状況が浮き彫りになったといえるでしょう。
コロナという外圧の影響とはいえ、現状では、ITテクノロジーを活用した無人店舗、ネットスーパーの登場など、非接触で買い物を行える仕組みが定着しています。
新型コロナが第5類に引き下げられ、行動様式にかんする規制が完全になくなってからしばらくたった現在(2023年10月時点)においても、この流れは止まる気配はありません。
この章では、小売業界で進んでいる2つのDXの取り組みについて紹介します。
取り組みの1つめは、会計を自動化するセルフレジの導入です。セルフレジには大きくわけて2つにタイプがあります。
セルフレジは、主にバーコードを顧客が1つずつスキャンしてレジに読み取らせて会計をする形式が主流ですが、中には商品全てにICタグ(商品に貼り付けた小型の無線チップ)が取り付けられ、レジのセンサーで自動的に商品の識別・管理を行う、革新的なスタイルのセルフレジも登場しています。
こうしたICタグは、PASMOやSuicaなどの定期券や自動車のスマートキーなどにも利用されている技術です。
ICタグは、在庫管理担当者にとっても便利な技術です。電波の届く範囲内であれば非接触でもバーコードを読み取れるため、在庫棚に積まれた商品箱の中身を開けなくても在庫数を把握することができます。
現場でも、リアルタイムで商品の在庫状況を把握できるため、欠品に気づき次第、素早く在庫補充を行えるなど、業務の効率化と顧客の満足度を上げる両面でのメリットがある技術だと言えるでしょう。
小売業界で進んでいるDXの取り組みの2つめは、店内のAIカメラ(人工知能の技術を活かしたカメラ)設置です。
AIカメラを活かしたシステムは、来店した顧客の消費行動や購買データをAIが客観的に分析し、店舗にとって最適な品揃えやサービスを作り出す仕組みです。
具体的には、「店舗に訪れる顧客の年齢や性別」「手に取る商品」「滞在時間」などの傾向をAIカメラが追跡し、その傾向をもとに、商品の売れ行きを判別します。
AIカメラは物体を検知するだけでなく、店内における動線を分析し、さらには骨格推定や顔向きなどを映像解析することで、顧客が商品に求める様々な情報を収集します。
これにより、効果的な商品配置や店舗レイアウトの改善、あるいは広告訴求の策定にも利用することができるのです。
こうした情報の分析・整理により、店舗にとって需要のある商品を絞りこみ、売れ残り在庫を極力減らせるようになれば、不要なコストを削減することに繋がるでしょう。
さらに、年齢や性別に合った最適なキャンペーン企画(宣伝・販促活動)を打ち出せるようにもなるなど、顧客ロイヤリティの獲得に大きく貢献してくれるのです。
コロナの影響で一気にDXが進んだとはいえ、小売業の企業のなかには、未だにDXが進んでいない企業も数多く存在します。
DXが進んでいない企業が、早急に行うべきことは主に2つです。
DXが進んでいない企業が取り組むべき課題の1つめは、老朽化したシステムの見直しです。
実は、日本のDXが進むきっかけはコロナより前に遡ります。2018年に経済産業省が発表した『DXレポート』は様々な業界に大きな衝撃を与えました。このレポートによれば、老朽化したシステムの利用を続けることで日本企業全体が受ける経済損失は、今後膨らんでいき、2025年以降には最大12兆円になると試算されています。これが、いわゆる「2025年の崖」問題です。
今後、老朽化したシステムを使い続ける小売業は、デジタル産業時代に乗り遅れてしまい、いずれ市場の中で淘汰されてしまう危険性があります。
その理由は、顧客の購買行動の傾向や分析において、DXに取り組んだ企業との差が開いていき、結果的に、顧客にとって最適なサービスを提供できなくなる懸念があるからです。
一部の小売業では、老朽化した既存システムの検証を行わずに使い続けていますが、業務が効率化できないだけでなく、無駄なコスト増に繋がっている可能性があります。
この状況を放置してしまえば、DXが進むビジネス社会で生き残っていくことは難しいでしょう。
そうした企業では、早急に古いシステムを見直し、新しいシステムへ入れ替えることが求められます。
例えば、既存のPOSシステム(商品の売上げをデータ化して管理)を、クレジットカードやスマートフォンなどのキャッシュレス決済に対応したものに変更するなどの取り組みが最初のステップです。
時代に合ったシステムに変更し、顧客の満足度を追求し続けることこそが、「人々の生活をより良くするためにITテクノロジーとデータを活用する」というDX本来の考えに合致する取り組みだといえます。
DXが進まない企業が取り組むべき課題の2つめは、社内のDX人材の育成です。
中小の小売業者は、資金面だけでなく時間にも余裕がないため、新たにDX推進担当者を採用・育成しようにも、新規雇用するコストや育成にかける時間を確保できないことがほとんどでしょう。
しかし、余裕がないことを理由にいつまでもDX推進に取りかからなければ、今まで通り「人の力(=アナログな運用)」に頼り続けなくてはならないのです。
いつまでもアナログなやり方で続けている限りは、時代の変化に取り残されてしまうばかりか、現場の人手不足もあいまって事業継続自体が危ぶまれる自体に陥る懸念もあります。
既存の業務を見直す中で、DX投資の予算をしっかりと算出し、DXリテラシーを持った人材を採用・育成する。あるいは場合によって、DXの専門家による適切なコンサルティングを受けたり、システムの開発協力を得たりするなど、DX推進企業と協業することも重要な生き残り戦略となってくるでしょう。
この章では、DX推進に取り組むスーパーマーケットのなかから、特徴的な事例を3つ紹介します。
福岡県田川市にある大型スーパー「スーパーセンタートライアル田川店」は、AIやloT(顧客の購買履歴をインターネット経由で取得する手段)などのデジタル技術を活用して人的負担を削減する「スマートストア」システムを導入しています。
同店を経営する株式会社トライアルホールディングスは、「テクノロジーによって新時代のお買い物体験を生み出し、流通の仕組みを革新する」をビジョンとしてリテールDXを通じて流通を変えることにトライする企業で、主にスーパーマーケット事業などを手掛けています。
「スーパーセンタートライアル田川店」では、タブレット端末とスキャナーが備え付けられたショッピングカート150台を導入しています。
専用ショッピングカートの仕組みは下記の通りです。
会員登録し、専用のプリペイドカードを入手する
↓
会員カードに入金する
↓
プリペイドカードをショッピングカートのバーコードに読み取る
↓
PINコード(お客様情報)を入力する
↓
購入する商品のバーコードを読み取る
↓
買い物かごに商品を入れる
↓
レジカート専用ゲートに向かい、決済画面で会計を済ませる
↓
商品点数確認スタッフのチェックを受ける
↓
専用ゲートを通過して自動決済を完了する
このレジカートの導入により、レジ担当者が行っていた3分ほどの会計処理が、わずか十数秒で済むようになったのです。顧客にとってはレジ待ちの時間がなくなり、買い物をスムーズにできるようになりました。また、レジカートの利用者が増加したことで、レジ担当者の人件費の削減にも繋がりました。
タブレット端末には、「今日のおすすめ商品」「お得なクーポン情報」を表示されるだけでなく、利用客の会員カードに溜まった日々の商品購買履歴をもとに選択された、おすすめ商品が表示されます。これは、「Amazonのおすすめ機能」が、実店舗で展開されているような状況といって良いでしょう。
利用客はその画面を参考に、お得な商品や自分の好みの商品を見つけることができるようになります。スーパーにとっても、画面を通じて顧客の購買意欲を刺激できることが大きな魅力です。
この結果は、レジカートを使用する顧客は、レジカートを使用しない利用客に比べて4〜5点多く商品を購入しているとのデータが示されています。つまり、顧客の利便性の向上と、売上額の増加を同時に実現しているのです。
レジカートは、トライアルグループの80以上の店舗で利用されていますが、それだけでなく競合他社のスーパーにも「月額サブスクリプションプラン」という形で提供しています。つまり、自社スーパー内の利便性向上だけに留まらず、まさにDXの大きな目的の1つである「新たなビジネスチャンスの創出」をも果たしているのです。
また、同店は、AIカメラも導入しており、顧客データを蓄積することによって売り場スペースの見直しや必要品目の絞り込みなどに役立て、業務の効率化や顧客ロイヤリティの向上に取り組んでいます。
関東圏にスーパーを展開する株式会社ヤオコーでは、日立製作所に依頼し、独自の自動発注システムを開発し、全国182の店舗(2023年3月現在)で導入しています。
自動発注システムの仕組みは、下記の通りです。
全店舗の過去の売上関連データを自動で読み込み、AIが季節・曜日・周辺環境などから商品の発注需要を予測。予測に基づいた適切な発注量を提案する
↓
AIが提案した発注量をもとに、担当者が判断し必要に応じて調整する
↓
在庫として棚に並んだ商品の売れ行きは、日々の販売データとして記録される
↓
全店舗のデータベースに反映され、次の需要予測のためのデータとして蓄積される
↓
データに基づき予測と提案を繰り返し、発注精度を高める
このシステムの導入により、グロッサリー(食料・雑貨)部門の発注自動化率が、65%から98%に向上しました。発注にかかる時間も、3時間から25分へと大幅な短縮に成功したのです。
また、日配商品(賞味期限・消費期限が短い食品)の無駄な発注がなくなり、廃棄商品を毎月5~15%も削減することに成功。食品ロスの削減にも、大きく貢献しています。
さらに、品揃えのバラツキにより生じていた、店舗ごとの売上格差も解消し、どの店舗であっても、平均的に売り上げを底上げすることにも成功しました。
今後は、発注や納品のタイミングをコントロールし、店舗の品出し作業の負担を軽減していく計画です。
大分県中津市にあるスーパー細川では、東芝テックの電子レシートサービス「スマートレシート」と、リンクアンドコミュニケーションのAI健康アプリ「カロママプラス」を連携したサービスを導入しています。
このサービスは、AIがユーザーの購買・健康データを分析し、スマートフォンに表示する電子レシートサービスです。
このサービスの仕組みは、下記の通りです。
購入客が、AI健康アプリ「カロママプラス」をインストールする
↓
自分の体重・食事データ・歩数を記入して、「スマートレシート」(電子レシート表示サービス)と連携させる。
↓
ユーザー1人ひとりに適した栄養バランスの取れたレシピや運動を自動で提案する
このサービスの特徴は、商品購入からわずか10分で最適なレシピや健康生活の耳より情報がアプリに届くところです。
買い物をするたびにアプリの情報に触れることで、健康意識が自然と高まり、利用者は質の良い食材を求めるようになることが期待されています。
実際、このアプリを導入したことにより、1袋1,000円ほどの無農薬野菜セットが予想以上の売れ行きを記録したといいます。
また、同店を利用するユーザーにアンケートを行ったところ、「健康意識が高まった」とのアンケート結果も出ました。
ユーザーからの具体的なフィードバックとしては、「これまでより、野菜を買う回数が増えた」「意識的に運動するようになった」などの前向きな意見が寄せられています。
低価格志向により、健康的な食生活が脅かされることに危機感を抱いていた同社の代表は、「このサービスにより、中津市の健康寿命を伸ばしたい。」と語っています。
利用者の健康面から生活をより良いものに改善しようと試みる同店の事例は、「デジタル技術とデータを活用し、既存のモノやコトを変革させ、新たな価値創出で人々の生活をより良くする」といったDXの理念にも通じる、素晴らしい試みといえるでしょう。
同店の取り組みで特筆すべき点は、このアプリを他のスーパーでも横展開する構想を掲げているところです。
自分たちの会社の利益だけでなく、幅広い地域の人々に健康になってもらおうとする想いは、SDGs(持続可能な開発目標)にも繋がっていくでしょう。
この取り組みは、単なるDX推進にとどまらず、企業が持続可能な経営方針へと転換していくSX(サステナビリティトランスフォーメーション)の視点も合わせ持つことが必要だという、現代ビジネスの大きな流れにも合致しています。
小売業界のDXの現状や課題について、人々の生活と関わりの深いスーパーマーケットの3つの成功事例と共に解説しました。
この記事で取り上げた事例では、小売業のそれぞれの工夫が見られました。
今後、小売業界でDXを進めて行くうえでの課題は、「時代の変化に合わせたシステムの構築」「DX推進に明るい人材の採用・育成」です。また、当然ながら経営陣のデジタル化への意識改革も必要になるでしょう。
しかし、何より大切なのは、DX推進により利用客のニーズや従業員の負担を減らし、生活を豊かにするといった視点を持つことです。その視点を持つ企業は、顧客ロイヤリティの獲得も容易になることは間違いありません。
人手不足や売上減、顧客ロイヤリティの獲得に悩まれ、これからDX推進を試みようと検討中の小売業界の皆様は、ぜひ参考にしてみてください。
The post 【小売業界のDX】人出不足の解消と顧客ロイヤリティの獲得|スーパーマーケット3社の成功事例 first appeared on DXportal.