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財閥系「三井御三家」の1つに数えられ、不動産業界では日本有数の企業である三井不動産株式会社は、業界内でも特にDX推進に力を入れている企業です。
その積極的な姿勢は、DXの方針や推進体制などを記した「DX白書」の作成や、全従業員に対するDX研修の実施などからも明らかです。
社内にDX専門の部署を設けて、全社的にDX推進に取り組む三井不動産の事例の中には参考になるものがたくさんありますが、特に興味深いのが以下の2つです。
三井不動産は、デジタル技術を「街づくり規模」で活用しています。その代表例が、同社が開発に携わった千葉県にある「柏の葉スマートシティ」です。
もともと戸建てやマンションのセキュリティ対策やオフィスでの勤怠管理システムと連動して利用されていた「AIカメラ*」を、柏の葉キャンパス駅周辺に29台設置。同エリアで生活される方々の安心・安全の確保に一役買っています。
*AIカメラ:AIによる画像解析技術を活用したカメラで、リアルタイム画像分析により通行人の異常行動や立ち入りの検知、人流分析を行うことができる。
経済産業省は2018年12月に公表した「DX推進ガイドライン」内で、DXを「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること(引用:デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DX推進ガイドライン)Ver.1.0【経済産業省】」と定義しています。
三井不動産の取り組みは、この定義にぴったりと当てはまります。
これまで個人や会社ベースで活用されていたAIカメラというデジタル技術を街づくり規模に応用し、自社の顧客だけでく地域社会全体の生活インフラの一部としてセキュリティシステムを展開させたことで、「街づくり」を担える不動産会社として他社に対して競争優位性を確立したのです。
本事例は、中小の不動産会社が簡単に真似できるようなDX推進施策ではありませんが、DXによって新たな「価値観」や「ビジネスモデル」を確立させた好例であり、その発想自体から学ぶべき点があるのではないでしょうか。
三井不動産のDX推進の中でもう1つ特筆すべきなのが「決裁・会計システムの刷新」です。
同社は、同業他社に先駆けて2019年に決済システムと会計システムの統合を完了させました。
同時にクラウド活用やペーパレス化を進めた結果、受発注や会計業務に関わる業務を約35%も削減することに成功しています(参考:三井不動産株式会社/DX白書2022より)。
フルクラウドのシステム導入により「これまでは当たり前と思われていたが実は余計だった作業」を削減できれば、業務効率がアップするのは当然とも言えます。
また、紙書類をクラウド上のデータに置き換えることで、保管場所や紙資料のコスト削減などのメリットが得られるだけでなく、リモートワーク環境の整備を同時に進めることができるため、時間と場所にとらわれない働き方が可能となり、更なる業務効率の向上も実現しているのです。
それだけでなく、クラウドとリモートワーク環境を利用した働き方改革を進めたことで、従業員の職場や仕事に対する満足度が上がり、離職率も減少傾向にあると発表されています(参考:三井不動産株式会社公式ホームページ/人事データ)。
数多くのマンションの設計・施工、管理を手掛ける株式会社長谷工コーポレーションは、業界内でもいち早くDXに取り組んでいる企業としても有名です。
同社がDXに取り組み始めたのは、まだ日本中にDXという言葉が浸透していなかった10年以上前(2009年)にまでさかのぼります。
2020年、長谷工DXの立役者であった池上氏が新社長に就任するとDX推進の流れは更に加速します。
就任と同時に「DX推進室」を設置するなど、まさに全社的にDXを進めたのです。
ここでは、そんな長谷工コーポレーションが取り組む2つの事例を紹介します。
BIMとは、「Building Information Modeling(ビルディング・インフォメーション・モデリング)」の略称で、コンピューター内で3次元の建物をデジタルモデル(BIMモデル)として構築し、建築に関するリソースのムダを省くシステムです。
BIMに建材パーツや設備のサイズなど様々なデータを追加して、建物を組み立てるために必要な工程や時間などを確認していく設計手法を指しています。
長谷工コーポレーションでは、現社長の池上氏主導のもと、2009年より「HASEKO BIM」と称するBIMを導入しました。
HASEKO BIMでは、次世代設計システムと呼ばれるBIMとAI(人工知能)の機械学習機能を組み合わせることで、設計・施工、管理までの建築サイクル全体で「必要な工程」や「コストの無駄」を把握することが可能です。
BIMのメリットの1つには、平面図や立面図、断面図、屋根伏図、パース、面積表等の関連データを全て連動させられる点があります。
BIMで修正を行えば、その他の資料についても同時に自動修正されるため、データの修正ミスなどを減らせるのです。
作業の効率化やコスト削減、ヒューマンエラーの防止などの観点から有益なシステムですが、とは言え、HASEKO BIM導入当時から全てが順調だったわけではありません。
システム転換時には必ず発生する「既存技術に熟練した現場との軋轢(あつれき)」や「成熟しきっていないシステムの問題点」といった課題は多くあり、その道程は平坦ではありませんでした。
しかし、多くの課題も抱えていたBIMの運用環境を長い時間かけて整えてきた結果、長谷工コーポレーションは今では設計の100%をHASEKO BIMで行うようになり、その結果、組織全体の業務を効率化することに成功しています。
HASEKO BIMの導入は、業務の効率化をもたらしただけではありません。
長谷工コーポレーションは、BIMの建物情報などを利用して、「LIM:Living Information Modeling(リビング・インフォメーション・モデリング)/長谷工コーポレーションによる造語」というシステムを生み出しました。
LIMは、建物にいくつものセンサーを設置して、マンションに人々が住み始めてからの「建物の状態」や「設備の利用状況」「人の動き」など、暮らしに関する情報を収集・分析できる仕組みです。
マンションを管理していく上では「点検や修繕のデータ」「エレベーターや自動ドアの稼働データ」などの情報をひもとけば、より住宅購入者(入居者)に満足してもらえるサービスや商品を提供できるようになります。
単にデータを収集・分析するだけでなくLIMには振動センサーや気象センサーも設置されているため、地震や災害時に人の手を介さずとも避難経路の指示や防災倉庫の開放などが行えます。
つまり、LIMを導入することでマンションがこれまでにない安心・安全を提供できるようになるのです。
また、長谷工コーポレーションでは、こうしたLIMで得た生活データをBIMの建物情報にひもづけることにより、高齢者の見守りなど、人々の暮らしを「建物で」安全・快適にするサービスの提供を新たに模索しています。
更に、健康や介護といった社会問題を解決するサービスを、マンション住民に提供するサブスクリプションモデルのビジネス展開も検討するなど、不動産会社の強みを最大限に活かしつつ、不動産会社の枠を超えたビジネスにも手を伸ばそうとしています。
1つのテクノロジーが、単に企業内の業務効率化をもたらすだけでなく、周辺社会へ影響を及ぼし新たな価値を生み出しているという意味では、DXのお手本のような形が、長谷工コーポレーションのDX推進施策に見て取ることができるのです。
株式会社GA technologies(GAテクノロジーズ)は、オンラインの投資用不動産の売買サイト「RENOSY(リノシー)」を運営している企業です。
GA technologiesは、経済産業省と東京証券取引所が共同で実施する「デジタルトランスフォーメーション調査2022」において「DX銘柄」に認定された企業です。
2020年度から3年連続で選定されており、DX推進という分野では不動産業界でもトップを走る企業だと言えるでしょう。
GA technologiesをはじめとするGAテクノロジーグループでは、不動産の売買・賃貸それぞれに対して、BtoB、BtoCそれぞれのサービスを提供しています。
ここでは、そのうち以下2つのDX推進事例をご紹介します。
MORTGAGE GATEWAYは不動産会社全体のDX推進のために、GA technologiesが開発し、グループ内でも活用している業務支援システムをSaaSとして提供する不動産の住宅ローン申込のプラットフォームサービスです。
不動産投資用ローンの申込みや審査をオンライン化し、顧客・不動産会社・金融機関の間で発生する書面のやり取りなどの煩雑な作業を削減することで、業務の効率化を実現できます。
RENOSYでは、特に金融機関の作業時間に関しては、最大75%もの削減が可能です。
また、スピーディーな審査による顧客満足度の向上にも期待できるでしょう。
MORTGAGE GATEWAYでは、具体的に以下のような業務を行うことが可能です。
MORTGAGE GATEWAYを導入すれば、これまで時間がかかっていた住宅ローンの手続きが短縮でき、かつ「顧客×不動産会社×金融機関」の間で情報共有もしやすくなります。
GA technologiesは、もともと自社の業務効率化のために開発したMORTGAGE GATEWAYをBtoB向けサービスとしてリリースすることで(提供はグループ会社の不動産取引業におけるIT活用のコンサルティングサービスを提供する株式会社RENOSY Xが担当)、新しいビジネスモデルを手に入れたのです。
GAテクノロジーグループのイタンジ株式会社が提供する、セルフ内見型賃貸サイトが「OHEYAGO」です。
賃貸のBtoCシステムとして提供されているOHEYAGOは、不動産会社の店舗に行かなくてもweb上で手続きすれば物件を内見でき、そのまま入居申込まで可能な新しい形の不動産賃貸サイトとして運営されています。
OHEYAGOでは、内見予約や入居申込の手続きまで顧客が自分で行い、すべての手続きがオンラインで完結します。
そのため、不動産会社にとっては、内見時に従業員が立ち会う必要がないどころか、営業人員を最小限に抑えて人的コストが大幅に削減できますし、契約手続きに必要な手間と書類も削減できるなど、様々なメリットを得られるのです。
一方、顧客側としても不動産会社に行く必要がなくなりますので、余計な一手間がなくなりスムーズに家探しをすることができます。
また、過度な営業で急かされる心配もなく、納得いくまで内見して家を選ぶことができるでしょう。
自分のペースでゆっくりと気に入った物件を内見できるといったメリットに、コロナ禍による人との接触を極力避ける習慣も合わせて、顧客満足度の高いサービスです。
現在は東京23区プラス一部エリアに限られたサービスですが、スマートフォン1台あれば完結できることもあり、すでに大きな注目を集めています。
今後、更にエリアが広がっていくことも期待されます。
宮城県仙台市の株式会社あいホームは、新築戸建てを建築・販売する創業63年を越える(2022年10月現在)工務店です。
あいホームは地方にある中小規模の不動産会社ですが、社内にDX室を設けて積極的なDX推進を実施しています。
コロナ禍で日本全体の経済活動が停滞していた2021年においても、デジタル技術を武器に前年比130%の受注を獲得した実績があります。
社長が『DXで生産性最大化、少数精鋭で高収益! 地域No.1工務店の「圧倒的に実践する」経営』という書籍を出版したことからもわかるように、中小企業でありながら意欲的にDX推進に取り組み成果を手にしている企業です。
あいホームの事例としては、以下の2つを取り上げます。
あいホームが実践しているDX推進施策の1つが「バーチャル展示場」の開設です。
近年不動産業界で注目を集めるバーチャル展示場とは、スマートフォンを使ってモデルハウスを見ることができるサービスで、自宅に居ながら展示場の見学をすることができます。
実は、住宅展示において、単独でバーチャル展示場を開設したのはあいホームが国内初でした。
あいホームの公式サイトには、常にいくつかの物件が手元のディスプレイ上で内見できるようになっています。
あいホームのバーチャル展示場にはVRの技術が活用されており、家具がセットされた状態の室内を、PCやスマートフォンを使って上下左右360°見渡すことができる仕組みです。
これまでの平面図と何枚かの写真だけしか手がかりがない紹介サイトと違い、わざわざ現地に行かずとも、顧客が物件の内外をイメージしやすい工夫がされています。
実際に顧客からも「モデルハウスを見学している感覚になれる」との口コミが多数寄せられるなど、評判は上々です。
顧客の立場で考えても、コンセプトの異なる様々な家を、自宅にいながらにして同時に比べられるので、時代に即した非常に使い勝手の良いサービスだと言えるでしょう。
あいホーム式DXのもう1つの取り組みが、ZOOMを活用した「オンライン商談」です。
このサービスを利用すれば、バーチャル展示場と同様に顧客は店舗に訪問せず住宅の検討ができます。
あいホームでは、コロナ禍で展示場に来場する人が激減したことを受けて、すぐさまオンライン商談を開始しました。
オンラインであっても顧客と緊密なコミュニケーションが取れるように、スタッフの対人コミュニケーションを強化し、更にはオンライン商談用のトークスクリプトまで独自に作成した結果、顧客へのアポイント率が飛躍的に向上。受注率は約3倍まで伸びました。
行動自粛という制限がある中でも「デジタルツール」を活用して業績を伸ばした本事例は、あいホームのような中小企業でもデジタル技術を活用して売上を伸ばすことができるという証明でしょう。
DX推進は決して大手企業だけに許された戦略ではなく、むしろ限られた予算、限られた従業員しかいない中小の企業こそ、顧客行動が多様化する現代社会で戦い続けるために持つべき、重要な戦略思想なのです。
「不動産DX」というテーマでお送りした連載の最後として本記事では、不動産業界でDX推進に先進的に取り組んでいる企業の事例を紹介しました。
デジタル技術の活用を戦略的に進めれば、業務効率や生産性が向上したり、社員のモチベーションが上がったりと多くのメリットがあります。
そして何より、顧客満足度を上げることが最大の「攻めのDX」としての施策です。
紹介した4社は、DXを推進していく中で生産性の向上や商品・サービスの品質確保・向上を実現。更には顧客満足度を最大限まで引き上げることで、新たなビジネスチャンスをつかみ、売上げや利益向上といった実績を残しています。
不動産業界にも4社のように意欲的にDX推進に取り組む企業はまだまだあり、今後、時代の流れと共に新たな技術やサービスを展開する企業はさらに増えるでしょう。
そうした生み出されたビジネスモデルがゲームチェンジを起こす可能性すらある現代において、貴社が末永く顧客に愛される企業であり続けるためには、早い段階でDX推進に取り組まなければなりません。
本連載で紹介した不動産業界のDX推進を阻む問題や解決へ向けたソリューション、さらにはデジタルツールやシステムの導入例なども参考にしていただき、貴社に最適なDX推進施策を是非とも検討してみてください。
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