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文字、絵画、写真といったメディアは、ヒトの記憶を保存するツールとして機能する。現在メディアは多種多様に存在するが、新しく発明されたされたメディアほど、ヒトがまさに生きた体験を忠実に再現していると言って間違いないだろう。
さらに言えば、多くのヒトは他人の記憶を理解しようとする時、他人に体験に忠実な新しいメディアのほうを好むだろう。友人が食べた昨日の夕食について知りたい時、文字だけで説明されたメールよりも、夕食の画像がついたものの方が「わかりやすい」と思うのではなかろうか。
最近では新しいメディアとして360°動画が追加された。もっとも、まだ普及しているとは言い難いので、スマホで画像や撮影するようにして、気軽に記憶を保存・共有するツールとしては認知されていないが。
ところで、360°動画で体験を記憶する時、いったいどのような点がVR動画以前のメディアと異なるのであろうか。
写真家のThomas Wolosikは、根っからのテクノロジーアニアで、新しく登場した360°動画撮影にすぐに飛びついた。そして、たまたま結婚式をメディアに残すことを考えていたEnter DerickとJanna Michaelと知り合い、二人の結婚式を360°カメラで撮影したのだった(上の画像参照)。
360°動画が伝統的動画ともっとも異なる点は、360°動画にはパースペクティブが存在しないことだ。「パースペクティブ」とは直訳すると「遠近法」なのだが、画像/動画撮影のコンテクストで語られる場合は、「カメラのレンズからの見え」というような意味合いをもつ。
伝統的カメラでは、レンズの視野角に収まる範囲しか撮影できない。つまり、見える範囲が限定されるのだ。この見える範囲が「パースペクティブ」だ。対して、360°動画ではカメラを中心とした見える範囲にある全ての空間を撮影できる。見えないところがないので、パースペクティブは存在しない。
見えないところがない結果、360°動画を見る場合、視聴者は自分で見るモノやトコロを決める能動性が求められる。
こうした360°動画に求められる能動性に関して、実際に被写体となったEnter DerickとJanna Michaelが興味深いコメントをしている。
Derickは、友人たちに自分の結婚式の360°動画を見せてから、以下のように言った。
結婚式の360°動画を自分で見たり、ヒトに見せていると、結婚式を思い出すとうよりは、まさに結婚式に参加しているようだよ。
Michaelも以下のように話している。
結婚式から40年経って、また360°動画を見たら、まるでまた挙式しているように感じられるでしょう。
能動的に見ることが、まさに「今ここ」で起きているかのような没入感をもたらすようだ。
ところで、「思い出す」とは脳科学的にはどのように説明できるのであろうか。
カリフォルニア大学在籍の脳科学者Nanthia Suthanaによると、ヒトの記憶はまず感覚情報の束として脳の一部位である海馬に保存される。その後、感覚情報は視覚や聴覚といった五感ごとに整理され、さらに脳のほかの部位に感覚ごとにバラバラに保存される。
そして、何かを思い出すとは、特定の感覚刺激をきっかけとして、バラバラになった感覚情報を再びひとつのまとまりとして再構成することなのだと言う。
つまり、思い出すとは脳から何かを取り出すというとよりは、かつて体験した感覚を再び作るという能動的な働きなのだ。
思い出すメカニズムがわかったところで、360°動画の話に戻ろう。
360°動画が本当にまるで過去を「今ここ」、つまり現在起こっているかのように体験させるメディアだとしたら、そのメディア体験から過去を思い出すきっかけを見つけることができるであろうか。
もしも、360°動画がさらに進化して「過去」を「現在」と区別できないくらい鮮明かつ没入感を伴って体験させてしまうとしたら、その体験は「過去」を思い出す手がかりに満ちているのではなく、「過去」を「現在」として新規に体験することになるのではなかろうか。
伝統的メディアでは、以上のような問題は起きない。例えば伝統的動画では、パースペクティブが存在するために、視聴者が注目すべきところが指定される。見えているところに思い出す手がかりがあるのだ。
360°動画では、どこを見ても良い。しかし、「過去」を思い出す手がかりを探すヒントはどこにもない。
もっとも、以上のような「360°動画をもとにした想起の不可能性」は杞憂だろう。現在の360°動画で再現される「過去」は「現在」のように鮮明ではないのだから。しかし、360°動画で記録した「過去」が「現在」に追いつく日は案外早いかも知れない。
VRと記憶に関するWareableのコラム記事
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