- 週間ランキング
カナダにあるケベック大学・サイバー心理学ラボの研究員Stéphane Bouchard氏は、20年以上に渡りギャンブル依存症の治療にVRを活用する研究を進めている。
同氏が研究している治療法の背景となっているのは、認知行動的セラピーと言われるものだ。ギャンブル依存症患者にこの療法を用いる時、まずはじめに行うことは患者にギャンブルの誘惑を感じる瞬間を強くイメージしてもらうことだ。
患者はギャンブルの誘惑を感じる瞬間を詳しくイメージすることによって、自分が誘惑される原因を探るのである。そして、誘惑の原因を突き止めたら、その原因となる事態に直面しても、自分をコントロールできる訓練を続けてギャンブル依存症を克服するのだ。
しかし、患者によっては誘惑を感じる瞬間をうまくイメージできないヒトもいる。そんなヒトには、VRカジノを体験してもらうのだ。患者がVRカジノを体験しているあいだ、Stéphane Bouchard氏は患者の挙動をつぶさに観察する。そして、誘惑の原因と思われる事態を突き止める。誘惑の原因が分かれば、後は通常の患者と同様に誘惑に直面してもセルフ・コントロールができる訓練を重ねるのだ。
以上の治療法によってギャンブル依存症を克服した患者の割合は60%、つまり5人に3人はギャンブルの誘惑に打ち勝つようになったのだ。
VRカジノを使った治療法に関して、VRカジノで体験する誘惑を克服しても、リアルのカジノの誘惑には負けてしまうのではないか、という疑問が生じる。この疑問に対して、同氏は以下のように答えている。
ギャンブル依存症に陥ったヒトは、ギャンブルと特別な感情的結びつきを形成しています。この結びつきこそが、健康なヒトと依存症患者を分かっています。
もし健康なヒトがVRカジノを体験したら、間違いなくリアルなカジノに比べたら「リアリティ」がない、本物とは違うと思います。しかし、依存症患者はVRカジノを体験したら、健康なヒトとは違う特別な感情を抱くのです。
その感情とはギャンブルに勝った時の快感であり、さらにはその快感を求めてカジノに通い詰める自分を想像したりするのです。
こうしたギャンブルと感情の結びつきは、脳の報酬システムによって強く条件づけられているのです。
同氏が行う治療は、以上のような依存症患者に見られる「ギャンブルと感情の結びつき」がどのような時に発生するかをVRカジノの体験によって特定し、その強い感情を引き起こすトリガーとなる状況に対する耐性をつけることを目指しているのだ。そして、強い感情を引き起こすトリガーはバーチャルとリアルで共通しているので、VRカジノが治療に有効なのだ。
以上のような何らかに関する依存症、あるいは恐怖症をVRを活用して治療するという事例は、本メディアで数多く紹介していきた。そのいくつかを挙げると、以下のようになる。
・「【インタビューあり】暴露療法に使われるバーチャルリアリティ」
・「VRによるメンタルヘルス・マネジメントの研究が進む」
・「ヴュルツブルク大学病院における経頭蓋磁気刺激法とVRを組み合わせた恐怖症克服の試み」
・「Samsung、クモ恐怖症克服アプリ「Itsy」によるVRセラピーを開始」
以上の事例におおむね共通しているのは、VRを活用して依存や不安の原因となっているモノや事態に対する耐性を高める訓練をする、という点である。この点は、まさに前述したギャンブル依存症の治療事例にも当てはまる。
VRによってバーチャルに再現されたモノやシチュエーションであれば、訓練中に万が一のことがあってもすぐに安全を回復できるし、シチュエーションの制御がリアルに訓練するのに比べてはるかに容易だというメリットがある。そして、何より依存症・不安症の克服に役立ったという報告が多いのだ。
本メディアでは、以上のような精神医学におけるVR活用だけではなく、心理学の実験にVRを活用した事例も紹介してきた(例えば「トロッコ問題」を思考実験ではなくVR実験で行ったという事例)。
本メディアで紹介してきた事例から言えるのは、VRを精神医学と心理学に活用することによって、今までは再現困難であった状況を再現することにより、ヒトのココロや神経に全く新たな方法で刺激を与えることが可能となってきている、ということだ。
こうしたVRを活用した「ヒトのココロや神経に全く新たな方法で刺激を与えること」は、新たな学問あるいは研究分野となりうるのではなかろうか。そして、それは「VR精神医学」「VR心理学」と呼びうるのではなかろうか。本メディアでは、これからもVR精神医学・VR心理学の確立に寄与するような事例を紹介していく。
ソース:Casino.org
Copyright ©2017 VR Inside All Rights Reserved.