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事件事故に巻き込まれた被害者や天災の被災者は、過去に危険な目に遭った場所や当時と似た状況に晒されると不安になってしまうことがある。
過去の経験から危険を予知すること自体は自然な反応だが、大きすぎる不安や恐怖のために自動車の運転ができない、水に入れないといった状態であればそれは病気と言える。
VR技術を使って曝露療法を行うことはこうした不安症・恐怖症の症状を治療するために有効だとされており、いくつかの企業がそのためのサービスを提供している。
Limbixは、VR技術を使って曝露療法が可能なアプリを提供するスタートアップ企業の一つだ。
同社が顧客としているのはセラピーを必要とする個人ではなく、最新の技術を使ったセラピーを行うことに興味を持つセラピストの側である。
通常の曝露療法では、患者が苦手とする場所や場面を少しずつ体験することで慣れていく。
だが、災害の場面や大勢の人の前で話すシーンを再現するのは難しい。運転中に患者が不安の発作に襲われれば、再び事故を起こすことも考えられる。
VR映像やVRでのシミュレーションによる曝露療法であればどんな場面でも再現することができ、患者を危険にさらすこともない。
Limbixでは運転や飛行機に乗ることへの不安、人前で話すことへの不安、高所恐怖症や広場恐怖症といった症状に対応できるVRコンテンツが提供されている。
VRを使った曝露療法の優れた点は、セラピストが患者に合わせて細かく内容を調整できるところだ。
天気の悪い日に高速道路で交通事故を起こして運転するのが不安になってしまったならば、最初は晴れた日に郊外をゆっくり走る映像から治療を始めるのが良いだろう。
患者が慣れてくれば天気を雨に変えたり、少しずつスピードを上げていけば良い。
Limbixは、Googleのストリートビューを使ったサービスも提供している。
ストリートビューによって任意の場所の映像を治療に使えるので、患者が実際に事故を起こした場所に合わせた映像での治療が可能だ。
Limbixが用意した専用のVR動画やストリートビューの画像に加えてYouTubeの動画をVRで視聴することもできる。
YouTubeには多くの動画がアップロードされており、動画を治療に用いているセラピストもいる。
没入環境で動画を見せることで、より高い治療効果が期待できる。
患者の不安が強すぎる場合には、自然の風景などのリラクゼーションコンテンツをVRで見せることも可能だ。
Limbixのような企業が利用しているVR技術は新しいものだが、ここで使われている曝露療法自体は20年も前から研究されてきた実績のある方法だ。
過去にVRを使ったメンタルヘルスの改善について調査した研究でも、VRを使った曝露療法が様々な疾患や症状に効果があることが示唆されている。
特にPTSD(心的外傷後ストレス障害)や各種恐怖症の治療には有効なようだ。
セラピストは、患者が「苦手な状況や対象に直面しても自分の恐怖や不安をコントロールできている状況」をイメージし、それを現実にするための手助けを行ってきた。
VRを使うことで、このイメージはよりリアルなものになる。患者の想像力が足りない部分をVR技術が補ってくれるからだ。
ある臨床研究では、飛行機に対する恐怖症の治療にVRが使われて高い治療効果が確認されている。
患者の90%が恐怖症を克服しており、VRを使うことは実際に空港を訪れるのと同じくらい効果的だったという。
苦手としていても、患者自身がその状況をイメージできるならばVRを用いない伝統的なセラピーによって治療することもできるだろう。
だが、精神的に大きなダメージを受けてトラウマを抱えている患者にとってそのことを思い出すのも嫌かもしれない。
PTSDの患者は原因となっている物事を避けてしまうが、VRを使えば強制的にその物事と向き合わせることができる。
これもVRを治療に使うメリットだ。
消費者向けデバイスとして初期に登場したVRヘッドセットは、本体価格が10万円程度で高価なゲーミングPCが動作に必要だった。
しかし、Limbixが採用するDaydream Viewは本体が1万円以下と安価でパソコンも不要だ。対応スマートフォンが必要になるが、スマートフォンの価格を含めてもPCベースのヘッドセットよりは安い。
今年の後半には、スマートフォンすら不要なスタンドアロンタイプのDaydreamヘッドセットも登場する。
こうした安価なデバイスが普及すれば、VRを使った治療を取り入れるセラピストは増加するだろう。
Limbixはまだサービスの提供を開始したばかりで、現在のところ、サービスの価格は無料となっている。今後はより高度なツールを販売する予定だ。
過去の研究はオリジナルのVRコンテンツを用いて行われることが多かったが、治療用のコンテンツを提供する企業が出てきたことで現場に導入する例がさらに増えるとみられる。
(8月9日12:00追記)
(追記執筆者:池谷 翼)
VRInsideはLimbixにインタビューを申し込み、結果として担当者のJon SockellさんからLimbixを医療現場に持ち込むことで得られるメリットなどについてご回答を頂けた。
以下ではその内容を紹介していこう。
――――Limbixの使用により医師はどのようなメリットを得られるのでしょうか?
Sockell:技能のあるセラピストがVRを使うことで患者が抱える不安、強迫観念、依存症、恐怖症、そして心的外傷後ストレスについて効果的に診断することが出来るようになると科学的研究が示しています。
Limbix VRを使用すれば、便利なことにオフィスにいながら患者を彼らの抱える苦悩の根源に曝し、そして患者が問題を克服することが可能となるのです。
――――現実世界でセラピーを受ける場合と比較して、患者は没入環境の中でどういったメリットを得られるのでしょうか?
Sockell:現実世界で彼らの抱える問題に向き合わされる代わりに、安全なオフィスの中で問題に対して徐々に向き合っていくことになりますので、その点に患者のメリットがあります。
――――Limbixを開発した際に、気を付けた点などはありますか?
Sockell:Limbixは処置の結果を改善することが証明された、一連のエビデンスに基づいて開発されたツールとなっております。
研究結果についてはこちらからご覧になることができます。
――――具体的にどういった患者の方をLimbixは対象としているのですか?
Sockell:主として、不安障害、PTSD、依存症のセラピーを受診される患者の方を対象としております。
――――Limbixを使用することで、具体的に患者はどういったVR体験を経るのでしょうか?
Sockell:Limbixを使用したVRセラピーは、運転恐怖症や飛行機恐怖症、人前でのスピーチに対する不安、高所恐怖症、医療恐怖症、広場恐怖症などに対応したコンテンツを含んでおります。
また、LimbixはセラピストがYoutubeやGoogleマップのストリートビューからコンテンツをVR空間内に持ち込むことも可能にしています。
今回Sockellさんのお話を伺って改めて感じた事は、VRを使用したセラピー(VRET)は「VR × 精神医療」という組み合わせによる目新しさだけが強調されるべきではない、ということだ。
つまりVRETの実施は既存の診療方法に比較すると、医師にとっては診察をより効果的なものへ、そして患者にとっては診療の負担をより軽いものへと変化させるという点で、実質的な効果を双方にもたらす可能性がある。
(念のため補足しておくが、もちろんVRを使用したセラピーが既存のセラピー手法よりも優れた手法だ、などと主張しているわけではない)
例えばLimbixのサイトには以下のようなデータが掲載されている。
それは13の研究をメタ分析した結果、現実世界で患者の抱えている問題と向き合わせる現実暴露(in vivo exposure)を不安障害を抱える患者に実施した場合と比較して、VRETがより効果的な結果を生むことが明らかになっているというものだ(Emmelkamp, 2008)。
このようにいくつかの科学的エビデンスはVRETの実施が実際に効果をもたらすという見解を支持している。このことは改めて確認されるべきだろう。
参照元サイト名:The New York Times
URL:https://www.nytimes.com/2017/07/30/technology/virtual-reality-limbix-mental-health.html
Limbix
https://www.limbix.com/
Crossref
http://linkinghub.elsevier.com/retrieve/pii/S088761850700103X
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