- 週間ランキング
時刻表というのは、基本的には国鉄・JRの駅はすべて出ています。ただちょっと例外がありました。それは北海道にのみ存在した「簡易乗降所」という存在です。
時刻表に(臨)付きで表示される季節営業の臨時駅とも異なり、正式な駅ではないけど旅客を扱わない信号所でもない、なんとも中途半端な存在があったのです。
この簡易乗降所は、北海道内時刻表には掲載されておりました。地図上ではやや小さい丸印で表記されています。また本文では距離表示がありません。これは、乗るときは一つ手前、降りるときは一つ先の「駅」の距離を採用することになっていたためです。これら簡易乗降所は概して作りが簡素で、線路の脇に板張りのホームと小さな待合室があるだけ、というのが通例でした。
時刻表の地図には、国鉄の駅は全部掲載されていましたが、私鉄の駅は思い切り省略されておりました。特に古い時刻表の地方私鉄ではその省略っぷりはすざまじく、起点と終点しか書いてないというのが当たり前でした。
鉄道より停留所が多くなるバスでは更に省略は進み、観光地・施設等の主要バス停以外は省略されるのが普通でした。結構な長距離を走っていたバス路線でも、大きな町か観光地でないとバス停名は掲載されていません。
そんな中、北海道は知床半島の付け根、斜里から根室標津までのバス路線に、ぽつんと不思議な停留所名が掲載されていましました。そのバス停の名前は「平田宅」。
北海道はアイヌ語由来の地名が多く、「猿払」や「妹背牛」など、普通に読みづらい地名には事欠きません。また「北二十四条」「東六線」など、地図に線を引いてむりくり住所とした場所も多く、そういう地名と信じて疑わず、あまり不思議な感じもしませんでした。
しかし、「平田宅」バス停は、本当に何にも無いところにぽつんと記載されており、一体何がここにあるのか?という感じでした。もっとも時刻表の地図というのは縮尺や位置関係はいい加減なものですから、そこだろうと思わしき場所を叔母からもらったお古の地図帳で確認したのですが、少なくとも観光地とか町があるとかではなさそうでした。
ところで、上記画像の交通公社時刻表には、地図に「平田宅」の表記があるのに、時刻表欄には時刻の掲載がありません(路線としては掲載されていますが、「平田宅」という停留所の表記がありません)。
手元にあるもう一つの資料、鉄道弘済会の道内時刻表、1985年8月号には、「平田宅」の時刻が掲載されています。ちなみにこの時刻表の地図欄には、「平田宅」はありません。
これによると、「越川」から「平田宅」までは4.8km。そしてバスは1日1往復のみ、ということがわかります。
不思議な地名に一度行ってみたいという気持ちを持っておりましたが、私が北海道に行けた時にはこの路線は斜里~越川間を以外は運行休止。運行継続区間も学校が休みの期間は運休となってしまっていました。しかし、この北海道旅行中、雨の中宗谷岬へ向かうバスで、はたと「平田宅」の正体に気づくのです。
雨の中、宗谷岬へ向かう人でいっぱいのバスは、宗谷国道を進みます。程無く稚内の町を出て、人影まばらな地帯になります。
すると、バス停の名前に「**宅」というものがいくつも現れました。それも結構な距離を置いて。
そしてバス停の近くにはぽつんと家(たいてい牧場)が……。
そう、「**宅」というバス停は、「**さんちの前」ということだったのです。「平田宅」とは、「上野松坂屋前」というノリで「平田さんの家の前」のバス停を「平田宅」としていたのです。
なんという贅沢、という気もしますが、北海道の広さということも考えなければなりません。人があまり住んでいない所では、数キロ行っても地名が同じ、なんてこともあるのです。前述したような「奥コッタロ原野北十四条西十六線」というバス停よりも、「平田宅」のほうがわかりやすいという事情もあるのでしょう。しかし、こうした個人の家の名を冠したバス停が時刻表に記載された例は極めて稀です。
ところでこの「平田宅」、元がいい加減な時刻表の地図ですので、どのあたりにあったのかよくわからないのです。すでにバス路線自体が配線になっていますし、斜里町内の越川地区であったのだろうという推測は出来るのですが、現在では越川線自体が廃止になっており、越川というバス停もどこなのかわかりません。
ところで、このバス路線が時刻表に乗る前は、旧国鉄根北線が斜里~越川間を通っていました。開通からわずか13年で廃止された短命の路線です。元々は斜里~根室標津間を結ぶ路線として建設されたものですが、この区間しか開通しませんでした。しかし、昭和初期に作られた「鉄筋の入っていていないコンクリート製の橋」である越川橋梁跡(第一幾品川橋梁。根北線は全通しなかったため列車が通ったことはありません)は、国の登録有形文化財に指定されて保存されています。この当時の北海道の鉄道建設の例に漏れず、悲惨な言い伝えとともに。
(文:エドガー)
Publisher By おたくま経済新聞 | Edited By おたくま経済新聞編集部 | 記事元URL https://otakuma.net/archives/2012020601.html