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これまでの研究により、経頭蓋直流電気刺激(英訳:Transcranial direct-current stimulation)と呼ばれる療法が、睡眠不足の人を覚醒させると分かっています。
これは頭部に特殊な装置を巻き、外側から脳に電流刺激を与えるというもの。
そしてこの覚醒効果は、脳の青斑核(せいはんかく)と呼ばれる領域を刺激することで得られていると考えられています。
脳に電極を直接刺す必要はありませんが、それでも個人が容易に行える方法ではありません。
カフェイン摂取の方がやはり現実的なのです。
そこで研究チームは、より簡単に青斑核を刺激できる方法を探すことにしました。
研究チームが注目したのは、迷走神経(めいそうしんけい)を電気刺激する「迷走神経刺激療法」です。
この迷走神経は腹部から青斑核に向かって伸びる神経です。
そして迷走神経刺激療法自体は、20年以上前にてんかんやうつ病の治療法としてアメリカ食品医薬品局(略称:FDA)に承認されたものでした。
これまでの研究では、この療法がマウスとヒトの記憶や学習を促進させると判明しています。
そこでチームは、迷走神経への刺激が青斑核刺激と同様の覚醒効果を引き出すと考え、実験することにしました。
実験では、FDAに認可されている市販の携帯型機器を用いて、首の皮膚の上から、頸部迷走神経に電流を流しました。
実験に参加したのは、アメリカ空軍の現役兵士40名です。
彼らは34時間眠らずに、注意力とマルチパフォーマンスを分析するタスクを複数回行いました。
そして実験開始から12時間後、参加者の半分に計4分の電気刺激を与えました。
残り半分の参加者には同じ外観の機器を当て、電流は流さず、同じような音と振動だけを与えています。
その結果、迷走神経刺激を受けた参加者たちは、集中力やマルチタスクで良い結果を出しました。
加えて彼らの疲労感は少なく、エネルギーも高い状態にあったと報告されています。
実際、刺激を受けていない参加者のパフォーマンスが15%低下したにもかかわらず、刺激を受けた参加者は5%の低下にとどまりました。
また覚醒効果は12時間後にピークに達し、覚醒度の向上は最大19時間続いたとのこと。
マッキンタイア氏は、「実験後、参加者たちの睡眠時間や質に明らかな影響が及ぶことはありませんでした」と述べています。
そして、「この技術の良いところは、非常に簡単に行えて、その効果がカフェインよりもはるかに長く持続することです。またパフォーマンスが向上するだけでなく、全体的に気分が良くなります」と付け加えました。
市販の機器で簡単に睡眠不足と疲労感に対処できるため、軍隊以外にも北極圏や宇宙などの極限環境で働く人々には有用かもしれませんね。
今後研究チームは、さらに深刻な睡眠不足に対して、この装置がどれだけ効果的か調べる予定です。
参考文献
Handheld Device Fights Fatigue by Stimulating Vagus Nerve
https://spectrum.ieee.org/tech-talk/biomedical/devices/vagus-nerve
元論文
Cervical transcutaneous vagal nerve stimulation (ctVNS) improves human cognitive performance under sleep deprivation stress
https://www.nature.com/articles/s42003-021-02145-7
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
海沼 賢: 大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。