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しかし、1867年7月、ショールズはある雑誌で「タイプライティング・マシン」という短い記事に衝撃を受け、大きく方向転換します。
最終的に作ったのは「ペンで書くより2倍速く、考えたことを文字にする機械」、すなわちタイプライターでした。
ただ、この機械をタイプライターと認識するのは困難です。
白鍵と黒鍵にローマ字がふってあって、パッと見はピアノにしか見えません。紙詰まりが起きやすく、印字の行もズレがちでした。
結局、この機械は商業的にも失敗に終わっています。
その後、ショールズは1872年に、ピアノ型をやめて、円形キーを配列したタイプライターを作りました。
その時点では、まだキーボードの配列は決まっていません。
しかし、この試作品が「E.レミントン&サンズ」という会社で実演されたときのことです。
代表のレミントンが、もとの配列を少しいじった「QWERTUIOPY」という別の試作品を作りました。
これに違和感を覚えたショールズが「Y」をもとの場所(TとUの間)に戻すように頼み、レミントンもこれを承諾。
ここに初めて「QWERTY配列」のキーボードが正式に誕生しました。
1874年に第1号のタイプライターを発売されると、またたく間に人気を得て、商業的に成功した世界初の執筆用機械となっています。
それでは、「QWERTY配列」が現在まで変わらなかったのはなぜでしょう?
よく言われるのは、「タイピストの打つスピードを遅くさせて、紙詰まりが起きないようにするため」です。
紙詰まりは、初期のタイプライターにとって大きな弱点でした。
とすると、QWERTY配列では、続けてタイプされることの多い2つの文字が遠くに離して配置されている、と予想されます。
ところが、事実はまったく逆なのです。
英語で一番多い並びは「T」と「H」ですが、キーボードを見るとすぐ近くにあります。また、2番目に多い「E」と「R」にいたっては隣同士です。
統計解析でも、QWERTY配列は、ランダムに配列したキーボードに比べ、続いて打つことの多い2文字が近くにある頻度が高いことがわかっています。
なので、この説はおそらく間違いでしょう。
もう1つの説は、QWERTY配列にすると、セールスマンが「TYPE WRITER QUOTE(タイプライターのお見積もり)」という言葉を1列目だけで素早く打てるので、顧客にウケるというものです。
確かに、これらの文字が偶然に集まることはないので説得力はあります。
しかし、残念ながらそれを証明するものは残っていません。
また、QWERTY配列は、スピードを求めるタッチタイピングには不向きと言われています。
実際、このキーボードがスタンダード化して以来、別配列の競合品が何十種も現れては、消えていきました。
タイピングに不向きのQWERTY配列が生き残った理由は、時間とコストです。
代わりの配列を考案してテストし、設計・製造して、世界中に普及させるには、莫大な時間とコストがかかります。
第一、QWERTY配列も慣れてしまえば、とくに不便な点はありません。日本語の文章を打つのでも、QWERTY配列で支障はないと思います。
普段は気にも留めないキーボードの裏には、これだけのストーリーが隠されていたのです。
参考文献
『NewScientist 起源図鑑』
https://www.amazon.co.jp/New-Scientist-%E8%B5%B7%E6%BA%90%E5%9B%B3%E9%91%91-%E3%83%93%E3%83%83%E3%82%B0%E3%83%90%E3%83%B3%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%B8%E3%81%9D%E3%81%AE%E3%82%B4%E3%83%9E%E3%81%BE%E3%81%A7%E3%80%81%E3%81%BB%E3%81%A8%E3%82%93%E3%81%A9%E3%81%82%E3%82%89%E3%82%86%E3%82%8B%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2-%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B3/dp/4799322079
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部