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コーヒーやお茶、エナジードリンクなど、カフェインが含まれる飲み物は世界中で非常に人気があります。
実際、世界の人々の約8割が、日常的にこうしたカフェイン飲料を飲んでいると言われています。
では、なぜ私たちはカフェイン入りの飲み物をよく飲むのでしょうか。
特に朝にコーヒーを飲むと「頭がすっきりする」「気分が明るくなる」と感じる人はとても多いですよね。
こうした感覚はただの「気のせい」なのでしょうか?
それとも、カフェインが科学的に私たちの気分を変えているのでしょうか?
実は、これまでにもカフェインの効果については多くの研究がありました。
これらの研究によると、カフェインは脳に刺激を与え、注意力や集中力を高めたり、疲れを感じにくくしたりすることが分かっています。
なぜこうした効果が起きるのかというと、カフェインには脳の中で「アデノシン」という物質が働くのを邪魔する作用があるからです。
アデノシンは脳の活動を落ち着かせて眠気を誘う物質ですが、カフェインはこの働きをブロックしてしまうので、私たちは眠気を感じにくくなり、脳が活発に動くようになるのです。
また、カフェインによって「ドーパミン」や「ノルアドレナリン」という脳内の物質も増えることが知られています。
これらの物質は気持ちを前向きにしたり、意欲を高めたりする役割があり、そのためカフェインを摂ると「元気が出る」「気分が良くなる」と感じるのだと考えられています。
しかし、ここで重要なのは、これまでの多くの研究が実験室などの限られた環境で行われてきたという点です。
実験室という特別な環境の中では、カフェインが人の気分に与える影響がよく見えるかもしれませんが、私たちが実際に暮らしている普段の生活の中でも、同じような効果が起きているかどうかはあまりよく分かっていませんでした。
普段の生活の中には、仕事や学校、人間関係などさまざまな要素があり、カフェインの効果を実験室での結果の通りに感じられない可能性があります。
また、朝と夜など飲むタイミングによって、あるいはその人が疲れているかどうか、性格や気分の状態、さらには飲む時の環境によっても、カフェインがどれほど効果を持つかは変わるかもしれません。
そこで今回、ドイツのビーレフェルト大学とイギリスのウォーリック大学の研究チームは、こうした点に注目し、実際の日常生活の中で、カフェインがどれほど人々の気分に影響を与えているのかを詳しく調べることにしました。
その中でも特に、「カフェインの効果は朝と夜で違いがあるのか」「個人の性格や体調によって効果が変わるのか」「一人で飲む場合と誰かと一緒に飲む場合で違いがあるのか」といった点を丁寧に検討しています。
研究チームは、ドイツに住む18~29歳の若者236人を対象として、カフェインの摂取とその時の気分について調査を行いました。
質問は主に2つあり、まず「今の気分がどれくらい良いか、または悪いか」(例えば、幸せ、悲しいなど)、次に「過去90分以内にコーヒーやお茶などのカフェイン入り飲料を飲んだかどうか」です。
この方法は「経験サンプリング法(ESM)」(その時の気分や行動を日常生活の中でリアルタイムに記録する方法)と呼ばれています。
集められたアンケート回答は非常に多く、研究1では8,335件、研究2では19,960件にもなりました。
研究チームはこれらのデータを選別後に統計的に分析して、カフェインの摂取とその後の気分の関係を調べました。
その結果、ポジティブな感情(幸福感、活力、やる気など)については、とても分かりやすい結果が見られました。
具体的に言うと、カフェインを含む飲み物を飲んだ後では、飲まなかった場合に比べて、「幸福感」「活力」「やる気」といった良い気分がはっきりと高まっていたのです。
また、具体的な感情ごとに調べてみると、「やる気がわく」「幸せな気分」「満足した気持ち」といったポジティブな感情が、カフェイン摂取後には特に高まることが分かりました。
つまり、コーヒーを飲むと元気になったり、幸せな気持ちになったりするのは、気のせいではなく、データでも明らかに確認されたということです。
さらに、このポジティブな気分の変化は、朝起きてから約2時間半以内にカフェインを摂取した時に、最もはっきりと気分の改善が見られました。
これはおそらく、朝の眠気がまだ残っている時にカフェインが脳を目覚めさせるため、効果がより強く感じられやすいのだと考えられます。
一方、日中はこの効果が少し弱まりますが、夕方(起きてから約10~12.5時間後)に再び小さなピークが見られることも分かりました。
ただネガティブな感情(悲しさ、怒り、不安など)への影響については、ポジティブな感情ほどはっきりした結果が得られませんでした。
2回の調査のうち、1回目の調査(研究1)では効果が確認されず、2回目の調査(研究2)ではわずかながらネガティブな感情が軽くなる傾向が見られましたが、その効果は小さいものでした。
また、ネガティブ感情については特定の時間帯に特別な変化が見られることもありませんでした。
そのため、カフェインの主な効果は「もともとある程度いい気分をさらに良くする」ことであり、「悪い気分を劇的に良くする」ことではないと考えられます。
また、今回の研究では、カフェインの効果に個人差がほとんどないことも分かりました。
そして、このカフェインの気分への効果については、個人差がほとんどないことも確認されました。
具体的に調べたところ、うつの傾向、不安の傾向、睡眠の質、カフェインにどれくらい依存しているか、普段どれくらいカフェインを摂取しているか、という個人の違いにかかわらず、カフェイン摂取後の気分改善効果はほぼ同じでした。
つまり、性格やメンタル面の違いにあまり関係なく、カフェインを飲んだ後は誰でもほぼ同じようにポジティブな気分が高まったということです。
ただし注意点もあります。
もともとカフェインで不安感や緊張を強く感じる人は、普段からカフェインをあまり摂らないため、今回の調査には参加していない可能性があります。
したがって、カフェインの効果は誰にでも100%同じだと言い切ることはできませんが、一般的な範囲ではかなり多くの人に当てはまる結果だと言えます。
さらに詳しい分析によって、カフェインの効果を左右する状況も見えてきました。
まず、参加者が特に疲れている(眠い)時にカフェインを摂取すると、普段よりもポジティブな気分が強く高まることが分かりました。
一方で、周囲に友達や家族など誰かがいる時にカフェインを摂取すると、その効果は少し弱まりました。
これは、周りに誰もいない方がカフェインの気分改善効果をより強く感じられるということです。
ちなみに、平日か休日かといった違いは気分への影響には関係ありませんでした。
以上の結果から、カフェインは特に朝の時間帯にポジティブな気分を強く引き出す効果があり、個人差や状況による違いは少ないものの、疲れているときほど効果が大きいという特徴があることが分かりました。
一方、ネガティブな気分を大きく改善する効果については、あまり期待できないと言えるでしょう。
今回の研究により、「朝のコーヒーで幸せになる」という多くの人が体感的に語ってきた現象がデータで裏付けられました。
特に朝起きてすぐのカフェインがポジティブな感情を増幅させるという結果は、眠気を吹き飛ばし一日のスタートを切るのにコーヒーが一役買っていることを示しています。
研究チームはこの理由について、カフェインの薬理作用が関係している可能性を指摘しています。
カフェインは脳内で眠気を引き起こす物質「アデノシン」の働きを阻害し、ドーパミンやノルアドレナリンといった前向きに作用する神経伝達物質の働きを高めることが知られています。
朝一番にこれらの作用が強く現れることで、気分が上向きになり活力が湧くのでしょう。
また夜間の睡眠中に起きる軽いカフェイン切れの状態を朝の一杯が解消し、それがほっとした気分や幸福感につながっている可能性もあります。
実際、適度なカフェイン摂取は脳を目覚めさせ気分を良くすることが知られていますが、今回の研究はその関係を日常生活のデータで示した点に大きな意義があります。
従来の研究は実験室で短時間に測定されたものが多かったため、普段の生活の中でコーヒーを飲むことがどのように気分に影響するかを詳しく示した今回の研究は特に重要です。
さらに注目すべきは、今回の調査に参加した若者の間では、このポジティブな気分が高まる効果が普段のカフェイン摂取量やメンタル面の違いに関係なく広く見られたということです。
たとえば「普段コーヒーをあまり飲まない人は効果が薄いのでは?」とか「いつも飲んでいる人は効果を感じにくいのでは?」と考える人もいるかもしれませんが、少なくとも適度にカフェインを摂取している今回の参加者では差がなく気分が向上しました。
この発見は「カフェインの効果は単にカフェイン切れを解消するだけだ」という考え方に対し、別の可能性を示しています。
つまり、カフェインはもともと人の気分を良くする性質があり、特に朝のタイミングでそれがはっきり現れるということかもしれません。
一方で、ネガティブ感情を大きく和らげる効果はあまり見られなかった点にも注意が必要です。
コーヒーには「元気をさらに元気にする」効果はありますが、「落ち込んだ気分を一気に回復する」というような強力な効果は期待できません。
落ち込んだ気分を改善するには、別の方法や根本的な原因へのアプローチが必要です。
カフェインは世界で最も広く使われている嗜好品の一つであり、コーヒー、紅茶、エナジードリンク、さらにはチョコレートに至るまで私たちの生活と切り離せない存在です。
人類は何百年も前からこの「眠気覚ましの妙薬」を活用してきました。
研究の背景情報として、ミツバチやマルハナバチなどの昆虫もカフェイン入りの蜜を好んで集めることが知られています。
それほど普遍的なカフェインの魅力が今回の研究で改めて確認されたと言えるでしょう。
ただし研究者たちは、カフェインの摂りすぎには注意が必要だと強調しています。
飲みすぎるとカフェイン依存になったり、不安感が強まったり、夜の睡眠を妨げたりするリスクがあります。
また今回の研究には普段まったくカフェインを飲まない人は参加していないため、そのような人々への影響は今後の課題となっています。
適切な量を守りながら上手に利用すれば、朝のコーヒーは一日を気持ちよくスタートさせる良い習慣になるでしょう。
元論文
The association of caffeine consumption with positive affect but not with negative affect changes across the day
https://doi.org/10.1038/s41598-025-14317-0
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部