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その一方で、扇風機の効果に関する科学的根拠は限定的で、実際にどういった条件で安全なのかははっきりしていませんでした。
そこで今回の研究チームは、高齢者における扇風機の効果とリスクを、気温や湿度の条件を変えながら詳細に調査しました。
研究には、60歳以上の58人(平均年齢68歳)が参加しました。
このうち27人は冠動脈疾患(CAD)を抱えており、31人は健康な高齢者でした。
実験は、以下の2つの環境条件で行われました。
参加者はそれぞれ、以下の4つの介入を受けました(高温乾燥条件では心疾患を持つ参加者の安全のため一部介入が省略)。
すべての介入は3時間にわたって行われ、各セッションの間には72時間以上の休息を挟みました。
評価項目には、体温(肛門センサー)、発汗量(体重の変化)、温感(7段階評価)、快適度(4段階評価)が含まれました。
実験の結果、高温多湿の条件(38℃・湿度60%)では、扇風機のみの使用によって参加者の体温が平均0.1℃下がり、発汗量が増加しました。
これは風によって皮膚表面の汗が蒸発し、気化熱の作用により体から熱が奪われたことを示しています。
また、温感および快適度の評価も向上しており、参加者は「より涼しく」「より快適」に感じていました。
皮膚を湿らせるだけの介入では、体温の変化は見られませんでしたが、やや快適に感じるという報告がありました。
一方、扇風機と皮膚湿らせを組み合わせた場合は、体温の低下は見られなかったものの、快適度は最も高くなっていました。
ところが、乾燥した環境(45℃・湿度15%)では、結果が一変します。
扇風機の使用により、体温が逆に平均0.3℃上昇し、発汗量は急増。
参加者は「より暑く感じる」と報告し、快適度も低下しました。
これは、乾燥した空気が皮膚から熱を奪うどころか、高温の風が皮膚に直接当たり、体表面からの放熱を妨げるためと考えられます。
皮膚の湿らせは、この環境下でも一定の快適さを提供しましたが、体温を下げる効果は確認されませんでした。
また、汗の分泌が抑えられることで、脱水リスクの軽減にはつながる可能性が示唆されています。
この研究の最大の意義は、扇風機が「いつでも安全・有効な冷却手段ではない」ことを明確に示した点にあります。
特に高齢者や心臓病患者がいる環境では、心血管系への負担が増す可能性があるため、気温や湿度を考慮せずに扇風機を使用することは、むしろ命を危険にさらすリスクとなります。
実際、これまでの研究では、熱波発生時に気温が上昇することで、心臓に関連した死亡リスクが3倍になることが示されています。
さらに、研究では「扇風機の涼しさ」はあくまで体感的なものであり、内部の体温上昇を防ぎきれない場合があることが示されました。
つまり、涼しいと感じていても、実際には熱中症に近づいている可能性があるのです。
対策としては、冷房が使えない場合でも、皮膚を濡らす、水分をこまめに摂る、地域の「クーリングシェルター(冷房避難所)」を利用するなど、複数の手段を組み合わせて暑さに備えることが推奨されます。
異常な暑さが発生する現代だからこそ、「扇風機さえあれば大丈夫」という思い込みを捨て、科学的な知見に基づいた暑熱対策が求められているのです。
参考文献
Fans can do more harm than good in a heat wave
https://newatlas.com/aging/fans-temperature-heatwave/
When is it too hot to use a fan?
https://www.scimex.org/newsfeed/when-is-it-too-hot-to-use-a-fan
元論文
Fans can do more harm than good in a heat wave
https://doi.org/10.1001/jamanetworkopen.2025.23810
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部