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何かに集中していたはずなのに、気がつけば全く関係のないことをぼんやりと考えてしまっていた…。
そんな経験は誰にでもあるのではないでしょうか。
こうした「心ここにあらず」な状態を心理学では「マインドワンダリング」と呼んでいます。
実は、私たちは起きている時間のかなりの割合(およそ10~50%)を、こうしたぼんやりとした考えごとに使っていることが研究から明らかになっています。
一見するとただの注意散漫に思えるこの現象ですが、実際には私たちの心にさまざまな影響を与えていることが最近の研究で分かってきました。
例えば、ぼんやりと頭を巡らせることは、必ずしも悪いことばかりではありません。
以前の研究では、将来の計画を立てたり、創造的なアイデアを生み出したりするのに役立つことが報告されています。
実際、芸術家や研究者のような創造性が求められる仕事をする人ほど、この「ぼんやりとした考え事」をする時間が長いとも言われています。
しかし、その一方で問題点もあります。
ぼんやり考えることで集中力が落ちてしまったり、知らないうちにネガティブなことを考えてしまったりすることもあるのです。
特に、自分では意識していないのに、過去の失敗や未来の不安などを考えてしまい、気づいたときには気分が落ち込んでいるという経験をしたことがある方は多いかもしれません。
実際にこうした「意図しないぼんやり思考」は、不安感や憂うつな気分を引き起こすこととも関連していることがわかっています。
つまり、同じ「ぼんやりとした思考」でも、良い影響を与えることもあれば、心の負担になることもあるのです。
ところが、これまでの研究では、その「良いぼんやり」と「悪いぼんやり」の境界線はよく分かっていませんでした。
「ぼんやり考える」という現象そのものが複雑で、何がその違いを生むのかを理解する必要があったのです。
そこで研究者が注目したのが、「考えごとの始まり方」と「考えの内容」です。
考えごとの始まり方というのは、「自分から意識的に考えはじめる場合」と、「いつの間にか勝手に考えが浮かんでしまう場合」の2種類があります。
考える内容についても、「楽しいことか嫌なことか」、「過去のことか未来のことか」、「具体的かぼんやりとしているか」といったさまざまな特徴があります。
これまでの研究によると、自分から意識的に考えるとき(例えば、楽しみにしている旅行の計画を立てること)は、未来についてポジティブな内容であることが多く、ストレスや不安感をむしろ弱める可能性があります。
一方で、勝手に浮かんできてしまう考えごとは、過去の失敗や嫌なことなどネガティブな内容が多く、不安や抑うつの気持ちを強める可能性があることがわかっています。
また、私たちが気づかないうちに陥ってしまいやすい悪循環に、「過去をくよくよ考えること」と「未来を心配すること」があります。
専門的には、過去のことを何度も繰り返し考えることを『反すう』、未来に関して過度に不安を感じてしまうことを『心配』と呼んでいます。
これらはいずれも「ぐるぐる思考」と呼ばれる、同じことを何度も繰り返し考えてしまう心理的なクセです。
このような思考のクセが続くと、次第に気持ちが落ち込んだり、不安を感じやすくなったりすることが知られています。
では、どんな時に私たちはぼんやりとした考えごとをきっかけに、「過去の後悔」や「未来への不安」といったネガティブな「ぐるぐる思考」に陥りやすいのでしょうか?
どんな時に、ふとした考えごとがネガティブな「ぐるぐる思考」に変わってしまうのか?
答えを得るため研究者たちは大学生の参加者55人に協力してもらいました。
最初に参加者は、「普段から過去のことを繰り返し考えて後悔しやすいか」「まだ起きていない未来のことを心配しやすいか」「普段どれくらい不安や憂うつな気持ちを感じているか」をアンケートで答えました。
次に、少し変わった実験をしました。
実験では、参加者がパソコンの画面に次々と表示される数字を見ます。
その数字は1から9まであり、「3」という数字が出た時だけ「何もしない」、それ以外の数字が出た時は「キーを押す」というとても簡単な作業を繰り返します。
これを延々と900回も繰り返すため、参加者はだんだん退屈してきます。
この退屈な状態では、自然と心が他のことを考え始める「マインドワンダリング(ぼんやり思考)」が起こりやすくなります。
実験の途中では、ランダムに「今、あなたは何を考えていましたか?」という質問が画面に表示されます。
この質問に対して参加者は、「課題に集中していた」「自分で意識して他のことを考えていた」「いつの間にか別のことを考えていた」のどれかを選んで答えます。
さらに、もし考え事をしていたならば、「それは楽しいことか嫌なことか」「過去のことか未来のことか」「具体的か漠然としているか」なども答えました。
こうして得られたデータを詳しく分析すると、興味深いことがわかりました。
まず、自分では意図していないのに頻繁に考えごとをしてしまう人ほど、ネガティブな考えに引き込まれやすい傾向がありました。
特にそうした人は、過去の失敗や嫌な思い出を何度も思い返す「くよくよ思考(反すう)」をよくしてしまい、その結果として、未来の不安や心配事も増えていったのです。
こうした過去への後悔から未来への心配という「ぐるぐる思考」が多い人ほど、日常的に不安や抑うつを強く感じることも明らかになりました。
簡単に言えば、「勝手に浮かんでくる考えごと」は、過去をくよくよ後悔する気持ちを引き起こし、それが次に未来を不安に思う気持ちを高め、最後に心の状態を悪化させてしまうという流れになっていたのです。
さらに興味深いこともわかりました。
考えてしまう内容が特にネガティブな場合は、過去のくよくよ段階を飛ばして、すぐに未来への不安や心配へとつながることが多かったのです。
つまり、ふと浮かぶネガティブな考えは、直接的に心配や不安に結びつきやすいということです。
一方で、意識的に自分から好きなことや楽しいことを空想する場合は、全く違った影響を与えていました。
自分から意識的に行うマインドワンダリングでは、不安や憂うつとの関連性は低く、むしろ心配を抑える方向に働く可能性があることも示唆されました。
つまり、ぼんやりと考えごとをすること自体が悪いのではなく、「勝手に浮かんでしまうネガティブな考え」が、心にとっての負担だったのです。
今回の実験で、「意図しないぼんやり思考が、どのように心の不調につながっているのか」という仕組みがはっきり見えてきました。
今回の研究によりマインドワンダリングの“質”と“起こり方”次第では心の不調に直結しうることが明らかになりました。
特に、自分ではコントロールできない形で思考があちこち飛んでしまう傾向は、反すうや心配といった「ぐるぐる思考」を助長し、メンタルの苦痛を増幅させてしまうという負の前後関係が示されたのです。
言い換えれば、何気なく心がさまよう瞬間に、過去の後悔と未来の心配という負の連鎖が起こり、自分を否定する思考に囚われていることがあります。
しかし裏を返せば、これらの発見は新たな対策のヒントにもなります。
マインドワンダリングそのものを無理になくそうとする必要はありません。
むしろ、もし状況的に「ぼんやり考え事」をせざるを得なくなっても、早い段階で自分が反すうや心配のループにハマっていることに気付き、それを途中で切り上げるよう意識することが大切だと示唆されました。
例えば、意識的に体を動かしたり、他の作業に集中を切り替えることで、『負のぐるぐる』から上手に抜け出す工夫が効果的かもしれません。
逆に、自分でコントロールできる形のマインドワンダリング、言わば「意図的なおしゃべり思考」を増やすことは、心配傾向を緩和し創造性を刺激する可能性が示唆されています。
ぼんやりと空想にふける時間も、その正体を理解して上手に付き合えば、心の健康や生産性を上げるヒントに変わるかもしれません。
この知見の社会的インパクトは大きいと研究者らは述べています。
誰もが日常的に経験する「心ここにあらず」の瞬間を、これからは単なる注意散漫ではなくメンタルケアのチャンスとして捉えられる可能性が開けたからです。
研究チームは、マインドワンダリングを心理的問題への介入の可能性として捉えることを示唆しています。
今後は刻一刻と移ろうマインドワンダリングのダイナミクス(刻々変化する様相)と感情状態との因果関係をさらに突き詰め、抑うつや不安症状の予防・改善につながる具体的な心理支援プログラムの開発につなげたいと意気込んでいます。
もっとも、本研究は実験課題中の傾向と日常の自己申告を関連づけた相関的な分析であるため、因果関係の厳密な証明には今後の追試が必要です。
研究者らも、マインドワンダリングの直後に気分がどう変化するかを追跡することでお互いの因果関係を明らかにしていく必要があると述べています。
いずれにせよ、「つい考え事をしてしまう」癖とうまく付き合っていくことは、心の健康のために重要だと言えそうです。
もし何か作業中に頭の中で考えがぐるぐる回り出したら、「あ、今ぐるぐるしてるぞ」といち早く自覚してみてください。
そしてその負のサイクルを断ち切るよう意識したり、あるいは逆に意図的に別の楽しい想像をしてみたりと、上手にマインドワンダリングをコントロールすることで、知らず知らず自己否定に陥るのを防ぐ一助になるでしょう。
日常の中で自分の心の動きをそっと観察し、負のループにハマり始めたら意識的に抜け出す――そんな風に心との付き合い方を見直すことが、私たちのメンタルヘルス向上につながるかもしれません。
参考文献
いつの間にか自己否定─意図しない考え事が不安や抑うつにつながる仕組み─
https://www.waseda.jp/inst/research/news/81642
元論文
The chain mediation effect of rumination and worry between the intentionality and content dimensions of mind wandering and internalizing symptoms of depression and anxiety
https://doi.org/10.1038/s41598-025-99249-5
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部