第二次世界大戦中、ナチス・ドイツの将校によって盗まれ、長らく所在不明となっていた古代ローマのモザイク画が、約80年の時を経てついにイタリアへと帰還しました。

描かれていたのは、半裸の恋人たちによる「官能的な愛の場面」

芸術作品としてだけでなく、当時の生活文化を今に伝える重要な遺物でもあるこのモザイクが、なぜ盗まれ、そしてどうやって戻ってきたのか。そ

の背景には、戦争、後悔、そして人間の記憶に対する償いの物語が潜んでいました。

目次

  • ナチス将校が持ち去った「官能的なモザイク画」
  • 遺族の「良心」から進展

ナチス将校が持ち去った「官能的なモザイク画」

問題のモザイク画は、トラバーチン(石灰岩)に描かれた約20センチ四方のパネルで、紀元前1世紀から紀元1世紀ごろにかけて制作されたと推定されています。

上半身裸の男性が寝台に横たわり、臀部(でんぶ)をあらわにした女性が背中を向けているという描写は、まさに「ローマの家庭内の愛」を象徴するものです。

このようなモザイク画は、かつての古代ローマの邸宅や別荘の寝室の床に埋め込まれていたとされ、装飾であると同時に、愛や性愛が日常生活に根ざしていたことを物語っています。

返還されたモザイク画/ Credit: Pompeii

しかし第二次世界大戦の混乱の中、このモザイク画はあるナチスの将校の手に渡ります。

彼は当時、イタリアで軍需補給を担当していたヴェアマハト(ドイツ国防軍)の大尉であり、モザイク画を「贈り物」として持ち去ったとされています。

その後、この作品はドイツに渡り、将校から受け取った民間人の家に秘蔵されることになります。

美術館にも展示されず、学術記録にも載らず、誰にも知られずに眠っていたのです。

遺族の「良心」から進展

この物語に転機が訪れたのは、その所有者が亡くなった後のことでした。

遺族が文化財の由来に疑問を抱き、ローマの文化財保護を担うカラビニエリ(国家憲兵)に相談したことで、調査が始まります。

専門家の鑑定により、作品は本物の古代ローマ時代のモザイク画であり、おそらくヴェスヴィオ火山のふもと、ポンペイ周辺の地域に由来することが判明しました。

2023年9月には正式にその真贋と出自が確認され、2024年からは外交ルートを通じて返還準備が進められました。

そして2025年7月、ついにこのモザイクは、ポンペイ考古学公園へと引き渡されることになったのです。

返還にあたり、同公園の所長であるガブリエル・ズクトリーゲル氏は「これは傷の癒しであり、芸術が本来あるべき場所に戻った象徴的な瞬間です」と述べています。

また彼は、遺族の決断が「盗まれた文化財を“所有する”ことの罪悪感が、時を経て心の重荷になる」という変化を示していると語っています。

こちらは返還されたモザイク画の公開説明会の様子です。

このモザイク画は今後、ポンペイ考古学公園の管理下で保護され、教育・研究目的で活用されていく予定です。

単なる艶めかしい装飾ではなく、古代ローマ人の「愛と暮らし」を映す貴重な手がかりとして、多くの来訪者にその存在を語りかけることでしょう。

略奪によって切り取られた歴史は、決して完全に修復できるものではありません。

しかし、それでもなお「返す」という選択には、過去に対する真摯な向き合いと、未来への責任が込められています。

かつて盗まれた愛の物語は、ようやく故郷で再び語り始めることができるのです。

全ての画像を見る

参考文献

Stolen during WWII, an erotic Roman mosaic returns home
https://www.popsci.com/science/ww2-stolen-roman-mosaic/

Restituito al Parco dal Comando Carabinieri Tutela del Patrimonio Culturale un mosaico con la coppia di amanti che un Capitano della Wehrmacht donò a un cittadino tedesco
https://pompeiisites.org/comunicati/restituito-al-parco-dal-comando-carabinieri-tutela-del-patrimonio-culturale-un-mosaico-con-la-coppia-di-amanti-che-un-capitano-della-wehrmacht-dono-a-un-cittadino-tedesco/

ライター

千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 ナチスに盗まれ行方不明だった「官能的なモザイク画」、ついにローマに返還