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しかし第二次世界大戦の混乱の中、このモザイク画はあるナチスの将校の手に渡ります。
彼は当時、イタリアで軍需補給を担当していたヴェアマハト(ドイツ国防軍)の大尉であり、モザイク画を「贈り物」として持ち去ったとされています。
その後、この作品はドイツに渡り、将校から受け取った民間人の家に秘蔵されることになります。
美術館にも展示されず、学術記録にも載らず、誰にも知られずに眠っていたのです。
この物語に転機が訪れたのは、その所有者が亡くなった後のことでした。
遺族が文化財の由来に疑問を抱き、ローマの文化財保護を担うカラビニエリ(国家憲兵)に相談したことで、調査が始まります。
専門家の鑑定により、作品は本物の古代ローマ時代のモザイク画であり、おそらくヴェスヴィオ火山のふもと、ポンペイ周辺の地域に由来することが判明しました。
2023年9月には正式にその真贋と出自が確認され、2024年からは外交ルートを通じて返還準備が進められました。
そして2025年7月、ついにこのモザイクは、ポンペイ考古学公園へと引き渡されることになったのです。
返還にあたり、同公園の所長であるガブリエル・ズクトリーゲル氏は「これは傷の癒しであり、芸術が本来あるべき場所に戻った象徴的な瞬間です」と述べています。
また彼は、遺族の決断が「盗まれた文化財を“所有する”ことの罪悪感が、時を経て心の重荷になる」という変化を示していると語っています。
こちらは返還されたモザイク画の公開説明会の様子です。
このモザイク画は今後、ポンペイ考古学公園の管理下で保護され、教育・研究目的で活用されていく予定です。
単なる艶めかしい装飾ではなく、古代ローマ人の「愛と暮らし」を映す貴重な手がかりとして、多くの来訪者にその存在を語りかけることでしょう。
略奪によって切り取られた歴史は、決して完全に修復できるものではありません。
しかし、それでもなお「返す」という選択には、過去に対する真摯な向き合いと、未来への責任が込められています。
かつて盗まれた愛の物語は、ようやく故郷で再び語り始めることができるのです。
参考文献
Stolen during WWII, an erotic Roman mosaic returns home
https://www.popsci.com/science/ww2-stolen-roman-mosaic/
Restituito al Parco dal Comando Carabinieri Tutela del Patrimonio Culturale un mosaico con la coppia di amanti che un Capitano della Wehrmacht donò a un cittadino tedesco
https://pompeiisites.org/comunicati/restituito-al-parco-dal-comando-carabinieri-tutela-del-patrimonio-culturale-un-mosaico-con-la-coppia-di-amanti-che-un-capitano-della-wehrmacht-dono-a-un-cittadino-tedesco/
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部