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従来、セラピードッグの効果は対面で直接触れ合うことが前提でした。
撫でる、目を合わせる、毛の感触や体温を感じるといった、五感を使ったやり取りこそが癒しの本質だと考えられてきたのです。
しかし、新型コロナウイルスの流行により、対面でのケアが困難となった時期、UBCOが運営するBARK(Building Academic Retention through K9s)プログラムの研究チームは、バーチャルで癒しを提供することに挑戦しました。
彼らが開発したのが、Virtual Canine Comfort Module(VCCM)です。
これは、5分間の短い動画で、セラピードッグとそのハンドラー(飼い主)が穏やかな語りとともに犬と過ごす様子を記録したものです。
ハンドラーは、視聴者に向かって「最近、調子はどうですか?」と問いかけたり、犬の毛並みや好きな撫で方について語ったり、視聴者に自分がセラピードッグを撫でているところを想像するよう勧めたりしながら、まるで本当にそこに犬がいるかのような臨場感を演出します。
視聴実験は2つのグループで行われました。
1つ目は大学生963名(平均年齢21歳)、2つ目は一般成人122名(平均年齢41歳)です。
どちらも動画視聴前後に、5段階のストレス自己評価(VAS)を実施し、動画の効果を検証しました。
実験の結果、学生のストレススコアは3.33から2.53へと低下し、確かな効果が確認されました。
また一般成人のスコアも3.07から2.43へと下がり、中程度の効果が示されました。
さらに、女性の方が男性よりもストレス低下の度合いが高かったという結果も得られました。
視聴前の時点で女性のストレススコアは男性より高かったものの、動画視聴後、男女のストレススコアには統計的な有意差が見られなくなったのです。
このように、実際にセラピードッグに接することができなくても、その動画を見るだけでストレスを軽減させることができると判明しました。
もちろん、この研究にはいくつかの限界があります。
元研究では他の動画(自然風景や動物以外の映像)との比較検証は行われていません。
また測定は即時的なものであり、長期的効果は未確認です。
さらに参加者の多くが女性(学生の80パーセント、一般の72パーセント)で、男女差の分析には偏りがある可能性があります。
それでも、今回の結果はメンタルヘルス支援の新しい可能性を開いたと言えるでしょう。
特に、セラピーを受けることに対して心理的・時間的なハードルを感じる人にとって、たった5分の動画視聴という形式は、より安易な入り口を提供することになります。
動画もYouTubeなどの無料プラットフォームで公開できるなら、スケジューリングも不要、言葉も不要なのです。
まさに「どこでも、誰でも、すぐに」アクセス可能な癒しの手段です。
今後は、異なる年齢層、文化圏、性自認に応じたモジュールのカスタマイズや、視聴頻度と効果の持続性に関する長期研究が求められます。
日常生活で積もるストレスとは、「再生ボタンを1つ押すだけ」で静かに手放せるものなのかもしれません。
参考文献
Virtual therapy dog: An effective way of bringing stress to heel
https://newatlas.com/health-wellbeing/virtual-therapy-dog-mental-health-stress/
Just press play: Virtual dog therapy can improve mental wellbeing
https://news.ok.ubc.ca/2025/06/24/just-press-play-virtual-dog-therapy-can-improve-mental-wellbeing/
元論文
Beyond the campus context: Reducing stress among students and community members through virtual canine comfort modules
https://doi.org/10.1079/hai.2025.0015
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部