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最近、お腹の調子がなんとなく悪い、食後にお腹が張る、そう感じることはありませんか?
特に食べ過ぎたわけでもないのに腹痛やガスがたまるなどの症状が出て、原因がわからず悩んでいる人は意外と多いようです。
そんな人たちの間で近年注目されているのが「低FODMAP食(ていフォドマップしょく)」という食事療法です。
FODMAP(フォドマップ)とは、腸で吸収されにくく、そのまま大腸まで届いてしまう糖類の総称です。
具体的には発酵性のオリゴ糖、二糖類、単糖類、そして「ポリオール」という糖アルコール類を指します。
これらの糖類は大腸に届くと腸内細菌の格好のエサになり、盛んに発酵されてしまいます。
その結果として、腸内でガスが大量に発生したり、水分が引き込まれてお腹が膨らみ、痛みや不快感を引き起こします。
このような現象が、近年よく耳にする「過敏性腸症候群(IBS)」や「炎症性腸疾患(IBD)」の患者さんの症状をさらに悪化させる可能性があるとして、医療現場でも注目されています。
実際、症状緩和を目的に低FODMAP食を実践することで、症状が改善したという報告も増えているのです。
さて、こうしたFODMAPの中でも、特に多くの食品に使われているのが「ソルビトール」です。
ソルビトールは低カロリーで砂糖の代わりになる人工甘味料として、キャンディーやガム、ダイエット飲料などのシュガーレス食品によく使われています。
一方で、ソルビトールには一つ大きな問題があります。
それは体内で消化・吸収されにくいため、大腸まで届いて腸内細菌の働きで発酵し、下痢などの症状を引き起こすことがあることです。
この現象は医学的には「ポリオール不耐症」と呼ばれています。
つまりソルビトールを多く摂ると、お腹が緩くなったり、痛みが出たりといった症状が現れることがあるのです。
さらに研究者たちが注目したのは、活動期(症状が強く出ている時期)の炎症性腸疾患(IBD)患者さんの便中には、ソルビトールが非常に多く検出されるという事実です。
興味深いことに、この濃度は健康な人や症状が落ち着いている寛解期の患者さんと比べて明らかに高かったのです。
つまり、「腸に炎症を抱えているときほど、腸内にソルビトールが溜まりやすい」という可能性が浮上したわけです。
しかし、これまでの研究ではソルビトールそのものが直接的に炎症を引き起こしているのか、あるいは腸内細菌や免疫システムが具体的にどのような役割を果たしているのかははっきりしていませんでした。
そこで今回、北里大学と慶應義塾大学らの研究チームは、ソルビトールが本当に腸炎を悪化させる原因なのか、そしてもしそうだとしたら、どんな仕組みで腸内細菌や免疫細胞が関わっているのかを明らかにするため、本格的な調査に取り組みました。
いったいソルビトールは、どのような経路で腸内細菌や免疫細胞に作用し、炎症を引き起こしているのでしょうか?
人工甘味料ソルビトールは、どのようにして腸の炎症を引き起こしているのか?
この疑問への答えを得るため、研究者たちはまずマウスを用いた実験を開始しました。
マウスを2つのグループに分け、一方のグループにはソルビトールを2週間飲ませ、もう一方には普通の水を飲ませました。
その後、2つのグループのマウス両方に腸炎を引き起こす物質(デキストラン硫酸ナトリウム:DSS)を5日間投与しました。
すると、ソルビトールを飲んでいたマウスは普通の水を飲んでいたマウスに比べ、体重が大きく減り、腸の炎症もひどくなっていました。
また、炎症の強さを示す指標物質「リポカリン2」の量も顕著に増えていました。
つまり、ソルビトールが腸炎を一段と悪化させることが明らかになったのです。
では、なぜソルビトールが腸の炎症を悪化させたのでしょうか。
その鍵は腸の中に住む「腸内細菌」と、身体を守る「免疫細胞」の2つが握っていました。
ソルビトールを飲んだマウスの腸内を調べたところ、炎症を引き起こす強力な物質「IL-1β(インターロイキン1β)」が通常より多く作られていました。
さらに、免疫細胞の中でも特に炎症を引き起こすタイプ(M1型)のマクロファージが大幅に増えていたのです。
マクロファージは本来、体内の異物や細菌を掃除する役目の免疫細胞ですが、M1型は掃除の過程で激しい炎症反応を引き起こします。
ソルビトールを摂取したことで、炎症を引き起こすM1型マクロファージが増加し、腸の炎症をより悪化させていたわけです。
一方、腸内細菌の様子にも大きな変化が起こっていました。
ソルビトールを与えたマウスでは、腸内細菌の中でも特に「プレボテラ科(Prevotellaceae)」という細菌グループが非常に多く増加していたのです。
普段はそれほど数が多くないこの細菌が増えたことが炎症と何か関係あるのでしょうか?
研究者たちは次に、マウスに抗生物質を使って腸内細菌を一時的にほぼ除去した上でソルビトールを与えました。
すると驚いたことに、腸内細菌がほとんどいない状態のマウスでは、ソルビトールを摂取しても腸炎が悪化しませんでした。
炎症の強さを示すIL-1βやM1型マクロファージの増加も見られなかったのです。
これはつまり、ソルビトールが単独で炎症を起こすわけではなく、腸内細菌が存在しソルビトールを利用することで初めて強い炎症を引き起こす、ということを示しています。
しかし、腸内細菌が具体的にどうやって炎症を引き起こしたのかは、まだ明らかではありません。
そこで研究チームがさらに腸内を詳しく調べてみると、「トリプタミン」という物質が重要な役割を果たしていることが分かりました。
ソルビトールを摂取したマウスの腸内では、このトリプタミンという物質が明らかに増えていたのです。
トリプタミンは、腸内細菌がアミノ酸の一種であるトリプトファンを代謝することで作り出される物質です。
そこで研究者たちは、このトリプタミンが腸内の炎症に直接関わっているのではないかと考え、さらに詳しい実験を行いました。
マウスから取り出した免疫細胞(マクロファージ)にトリプタミンを与えると、マクロファージは炎症を強力に引き起こすタイプ(M1型)に変化し、IL-1βを大量に作り出したのです。
トリプタミンがまさに炎症のスイッチとなって免疫細胞を強く刺激していたことが、はっきりと分かりました。
つまり、ソルビトールは腸内細菌を刺激してトリプタミンを作り出させ、このトリプタミンが炎症を強める免疫細胞を活性化させる、という明確な仕組みが解明されたのです。
さらに興味深いことに、このトリプタミンという物質の炎症作用には時間的な二面性もあることが分かりました。
短時間(約一晩程度)の刺激では、マクロファージはむしろ炎症を抑えるタイプ(M2型)に変化し、炎症を抑える効果を示したのです。
しかし、トリプタミンによる刺激が長期間続くと状況は一変し、再び炎症を引き起こすM1型へと変化しました。
特に、細菌由来の刺激(LPS)があると、炎症反応はさらに強くなりました。
これはトリプタミンが短期間では炎症を抑えることがあっても、長期間腸内に存在し続けると、かえって炎症を悪化させてしまう可能性があることを示しています。
以上の結果から、ソルビトール摂取が腸内細菌を刺激してトリプタミンを産生させ、このトリプタミンが免疫細胞を活性化させることで腸の炎症を悪化させる、という新しいメカニズムが明らかになりました。
ソルビトールの腸への影響は、私たちが考えていた以上に複雑で深刻なものかもしれません。
今回の研究によって、人工甘味料ソルビトールが腸内細菌を刺激して炎症を引き起こす可能性がはっきりと示されました。
腸内細菌がソルビトールを利用すると、トリプタミンという物質を作り出します。
このトリプタミンが免疫細胞であるマクロファージを刺激し、炎症を促進するタイプ(M1型)へと変化させ、炎症物質であるIL-1βを大量に産生させるのです。
腸の中の環境が直接的に免疫の働きを左右し、炎症を強めることが明らかになったわけです。
この発見は私たちの日常生活にも重要な意味を持ちます。
特に、IBD(炎症性腸疾患)の患者さんにとっては、「人工甘味料が症状悪化の一因になっているかもしれない」という新しい視点を提供します。
日々口にする食品が、思いがけない形で病気の悪化に影響を及ぼしている可能性があるのです。
また、近年話題になっている「低FODMAP食」が実際にIBD患者の症状を緩和することを改めて裏付ける根拠とも言えるでしょう。
ソルビトールのような糖アルコールを控えることで、腸内細菌が引き起こす炎症を抑えることが可能になるかもしれません。
しかしここで注意が必要です。
「FODMAPに含まれる糖類が全て悪い」という誤解をしてはいけません。
FODMAPの中には、腸内環境を整え、むしろ腸の健康に良い影響を与える糖類も含まれています。
例えば水溶性食物繊維などは腸内細菌のうち健康に役立つ善玉菌を増やし、多様な腸内環境を育てる働きを持っています。
つまり、重要なのはどの糖類を選び、どの糖類を控えるべきかを自分自身の腸内環境や体質に合わせて適切に判断することなのです。
今回の研究は、「ある人にとっては炎症を悪化させる糖でも、別の人にとっては問題ないか、むしろ有益かもしれない」という、個人の体質や腸内環境に基づいた栄養アプローチの重要性も示しています。
このように個人に応じた食事療法を考えるアプローチを、近年では「Precision Nutrition(個別化栄養療法)」と呼び、医学や栄養学の分野で注目されています。
自分の腸内環境をよく知り、その特性に合わせた食事を選ぶ時代が到来する可能性があるのです。
さらに興味深いのは、この研究が単なる食事療法に留まらず、将来的には炎症性腸疾患の新たな治療法の開発にもつながる可能性を示していることです。
今回明らかになった「腸内細菌→代謝物(トリプタミン)→免疫細胞(マクロファージ)」という炎症を引き起こす経路を標的にすることで、新たな治療戦略が生まれるかもしれません。
例えば、トリプタミンを作り出す特定の腸内細菌を抑えるための抗菌剤や、炎症を抑える代謝物を作り出すような腸内細菌を増やすための食品やプロバイオティクスの開発も期待できます。
腸内細菌をうまくコントロールすることで免疫反応の暴走を抑え、腸の炎症を抑えることができるかもしれないのです。
これはまるでSF映画のような話に聞こえるかもしれませんが、実際にマイクロバイオーム(腸内細菌叢)を調整することで病気を治療する研究は、世界中で積極的に行われています。
今後、人間のIBD患者でも同様のメカニズムが確認されれば、より具体的で効果的な治療法が開発されるでしょう。
最後に、「ソルビトールが腸に悪影響を与える」という話を聞いて、人工甘味料を完全に避けようと考えた方もいるかもしれません。
しかし重要なのは、「人工甘味料がすべて悪い」と一方的に決めつけることではありません。
むしろ大切なのは、自分の腸内環境にどの食品が合い、どの食品が合わないのかを見極めることです。
食事は日常生活の基本であり、自分自身の身体とのコミュニケーションでもあります。
腸内細菌たちは日々私たちが摂取する栄養を受け取り、様々な形で反応しています。
だからこそ、何を食べるかを意識的に選び、自分に合った食生活を送ることが大切になるのです。
腸が喜ぶ食事とは何なのか、自分の体としっかり対話をしながら賢く食事を選ぶ、そんな時代がすぐそこに来ているのかもしれません。
参考文献
人工甘味料が腸炎を悪化させる仕組みを解明-腸内細菌と免疫細胞が連動する新たな炎症経路を特定-
https://www.keio.ac.jp/ja/press-releases/2025/7/8/28-168155/
元論文
Dietary fermentable polyols fuel gut inflammation through M1 macrophage polarization and gut microbiota
https://doi.org/10.1016/j.isci.2025.112934
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部