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もしこの感覚が鈍くなったり、歪んで伝わったりすると、さまざまな問題が生じます。
まず、体のニーズに気づけなくなります。
空腹に気づかず食事を忘れたり、過剰に食べすぎてしまったり、体調の変化に気づくのが遅れたりする可能性があります。
また、感情と結びついた身体の反応を認識しにくくなるため、怒りや悲しみ、不安といった感情を適切に認識・コントロールできなくなることがあります。
結果として、情緒が不安定になり、ストレスをうまく処理できなくなるのです。
このような内受容感覚の異常は、うつ病、不安障害、摂食障害などの精神疾患とも強く関係していると考えられています。
さらに、内受容感覚の中でも重要なものの一つが「自分の体への信頼感(body trust)」です。
これは、自分の身体からの信号に対して「これは本当に自分が感じていることだ」と信じられるかどうかという感覚です。
そして今回の研究は、まさにこの「身体への信頼感」が、幼少期の情緒的虐待と深く関係していることを示しました。
ドレスデン工科大学の研究チームは今回「子ども時代の虐待と内受容感覚の関連」についてのメタ分析を行いました。
この研究では、過去の17件の研究(計3,705人のデータ)を統合し、虐待と内受容感覚の4つの側面
1. 正確性(身体信号の正確な認知)
2.感受性(身体信号を敏感に感じ取る主観的な能力)
3.気づき(意識的な身体感覚の認知)
4.身体への信頼感(身体信号への信頼度)
との関連を分析しました。
その結果、「正確性」「感受性」「気づき」には有意な関連が見られなかったものの、「身体への信頼感」だけは明確に低下していることが示されたのです。
しかも、この関連は身体的・性的虐待よりも、情緒的虐待やネグレクト(育児放棄)において特に強く現れることも判明しました。
研究者は次のように述べています。
「情緒的虐待を受けた人は、“自分の体が何を感じているのか”に対して信頼を持てなくなる傾向があります。
これは感情調整やストレスへの対処、そして自己認識を大きく妨げる原因となり得ます」
実際、「自分の感情がよくわからない」「お腹が空いているのか分からない」「疲れているのに頑張りすぎてしまう」といった訴えは、こうした内受容感覚の信頼低下によるものかもしれません。
また、身体信号を正しく信じられないことで、「感情の反応がおかしい」「相手の気持ちが読み取れない」といった人間関係のトラブルや孤立を引き起こす可能性もあります。
身体の内側からの声に耳を澄ますこと――それは、私たちが自分自身とつながるための基本です。
「お腹がすいた」「胸が苦しい」「不安で心臓がバクバクする」
そんな体の声は、感情の羅針盤であり、健康のナビゲーターでもあります。
しかし幼少期に十分な感情的ケアを受けられなかった人は、この「体との対話」を信じることができなくなるのです。
そしてそれは、ただの“感覚の問題”ではなく、生涯にわたって続く心と体の課題を生む可能性があるのです。
チームは今後、12〜17歳の青少年を対象に、内受容感覚と虐待歴の関係をさらに詳しく調べる研究を進めています。
「体を信じる力」を育むこと。
それは子どもを守るということ以上に、人間としての根っこを守ることなのかもしれません。
参考文献
Emotional abuse in childhood may erode trust in one’s own body
https://medicalxpress.com/news/2025-07-emotional-abuse-childhood-erode-body.html
元論文
A meta-analytic review of child maltreatment and interoception
https://doi.org/10.1038/s44220-025-00456-w
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部