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シュミット海洋研究所らは今回、南極圏に近い南大西洋に浮かぶ「サウスジョージア・サウスサンドウィッチ諸島」へと向かいました。
ここはチリのプンタ・アレナス港から8日間もかかるほどの孤立地であり、その深海底に人類の探査の手が届いたことは今までありません。
探査の目的は、深海に生きる未知の生物を記録することでした。
過酷な環境のなか、調査船ファルコー号がたどり着いたのは、南大洋最深の海溝と、まだ記録されたことのない熱水噴出口が眠る海底カルデラでした。
シュミット海洋研究所の遠隔操作探査機「SuBastian」が投入され、詳細な地形マッピングが開始されると、地形データに2つの“ポックマーク”と呼ばれる窪みが浮かび上がりました。
これがまさに熱水活動の兆候だったのです。
調査の結果、水深約700メートルという比較的浅い場所に、合計4つの熱水噴出口が発見されました。
最も高い煙突状の噴出口は高さ4メートル。
そこには、巻貝やフジツボ、エビなどが群れをなす、化学合成(ケモシンセシス)に依存する生命圏が広がっていました。
驚くべきことに、これらの噴出口のすぐそばには、朱色のサンゴが咲き誇る“深海の庭園”が広がっています。
通常、熱水噴出口は高温・高硫化物という過酷な環境で、他の生物の生息は困難とされてきました。
しかし今回の発見は、噴出口の熱とエネルギーを利用して、スケールの大きな生態系が形成されていることを示しました。
チームは、サンゴ、カイメン、ヒトデ、ウニ、クシクラゲ、巻貝など、多様な形態の生物を次々と採取しました。
その中には、これまで知られていなかった形態や色彩の個体も多く、分類学的に「新種の可能性が高い」とされています。
生物学者たちは、年内に正式な分類・命名を進める予定で、「この探査は、海洋生物多様性の理解を一気に前進させるものになる」と期待されています。
中でも目を引くのが、ドラゴンフィッシュの一種(Akarotaxis aff. gouldae)です。
これは2年前に存在が確認されたものの、これまで一度も映像に収められたことがありませんでした。
しかし今回、初めてその姿がカメラに記録され、長年の謎がようやく可視化されたのです。
さらに、海溝の底ではクロサンゴに産みつけられたヌルッとした深海魚クサウオ科の卵や、まったく新しいタイプのナマコの仲間も発見されました。
こうした生態的な発見は、深海における繁殖戦略や進化の適応を理解する重要な手がかりになると考えられています。
地球最後のフロンティアと呼ばれる深海。
私たちはまだ、その“入り口”に立ったばかりなのかもしれません。
参考文献
Deep-Sea Wonderland Found Thriving Where Humans Have Never Been
https://www.sciencealert.com/deep-sea-wonderland-found-thriving-where-humans-have-never-been
New Coral Gardens and Hydrothermal Vents Found in the Icy Depths of the Remote South Sandwich Islands
https://schmidtocean.org/new-coral-gardens-hydrothermal-vents-found-south-sandwich-islands/
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部