私たちにとって重要な技術には、貴重なレアメタルが使用されている場合があります。

スマートフォンやパソコン、自動車など、現代の便利な生活を支えるエレクトロニクス製品も例外ではありません。

しかし、それらレアメタルは高価で供給が不安定であり、環境負荷や資源枯渇の問題を引き起こしています。

そこでスピントロニクスの分野において、そんなレアメタルへの依存から脱却するための研究が日本の研究チームによって行われました。

慶應義塾大学、福岡大学などの共同研究グループは、シリコンとアルミニウムというありふれた元素を用いて、プラチナを超える性能を持つスピントロニクス材料の開発に成功しました。

研究の詳細は2025年5月9日付の科学誌『Science Advances』に掲載されました。

目次

  • 電子の性質「スピン」を利用した「スピントロニクス」とは?
  • シリコンとアルミニウムで「プラチナ超え」に成功

電子の性質「スピン」を利用した「スピントロニクス」とは?

スピントロニクスは「Spin(スピン)+Electronics(エレクトロニクス)」から生まれた言葉です。

通常のエレクトロニクスが電子の電荷だけを利用しているのに対し、スピントロニクスは電子の持つもう一つの性質であるスピンも活用します。

スピンとは、電子の持つ「小さな磁石のような性質」のことであり、これを利用することで、より速く、より効率的に情報を処理することが可能です。

電子のスピンを利用する「スピントロニクス」 / Credit:Canva

スピントロニクスの分野として代表的な例は、1988年の巨大磁気抵抗効果(GMR)の発見です。

これにより、ハードディスクドライブの磁気読み出しヘッドが開発され、記録密度が飛躍的に増大しました。

このように、スピントロニクスによって実現できる技術には、低消費電力、高速動作、高耐久性といった利点があります。

そして現代でも、人工知能やモノのインターネット化(IoT)の進化に伴い、情報処理の拘束か・大容量化・省電力化が求められており、これにスピントロニクスが役立つと考えられています。

しかし、従来のスピントロニクス材料には大きな課題がありました。

スピントロニクスの中核となるのが、「スピン流(電子の磁気の流れ。電気と違ってエネルギーロスが少ない)」ですが、高効率なスピン流生成のためにプラチナやタングステンといった重金属レアメタルが必要だったことです。

しかし、レアメタルは高価で産出国が限られている上、環境負荷も大きく、今後の持続的なデバイス開発には適さないと考えられてきました。

そこで研究チームは「レアメタルを使わず、なおかつ高性能なスピントロニクス材料を開発する」という野心的な課題に挑みました。

シリコンとアルミニウムで「プラチナ超え」に成功

研究チームが着目したのは、地球上に豊富に存在するシリコンとアルミニウムという身近な材料でした。

通常、これらの元素では効率的なスピン流は発生せず、スピントロニクス材料には不向きとされてきました。

ところが研究チームは、「ナノ傾斜構造」と呼ばれる特殊な構造を設計することで、これらの弱点を克服することに成功しました。

ナノ傾斜材料の軌道渦によるスピン流と磁気トルク発現の概念図 / Credit:慶應義塾大学

ナノ傾斜構造とは、原子レベルで成分比を徐々に変えた特殊な構造のことであり、性質が連続的に変化する特徴を持ちます。

今回研究チームは、シリコンとアルミニウムをナノメートルスケールで交互に積層し、その組成を徐々に変化させたナノ傾斜材料を開発。

この新しい材料では、材料内部で電子の回転運動が局所的に強化され、これが強力なスピン流を生み出すと分かりました。

この現象は、従来のスピントロニクス理論では考えられなかった「新しいスピン流生成メカニズム」として注目されています。

そして実験では、このナノ傾斜材料が最適化され、従来の材料であるプラチナを上回る性能を発揮することを示しました。

ナノ傾斜材料の性能指数。プラチナ超え / Credit:慶應義塾大学

今回の研究は、地球上に豊富に存在するシリコンとアルミニウムで、レアメタルであるプラチナを超えることができた点で、画期的な成果を示したと言えます。

この新しい材料は、MRAM(磁気を使った次世代メモリ)やスピントランジスタ(磁気を使った次世代トランジスタ)など、省電力かつ高性能なメモリや演算デバイスへの応用が期待されています。

レアメタルへの依存から脱却し、ありふれた材料に秘められた可能性を最大限に引き出す

今回の研究は、科学技術の限界を一歩押し広げた素晴らしい例となりました。

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参考文献

シリコンとアルミニウムでプラチナ超えるスピントロニクス材料を開発-レアメタルに依存しない次世代メモリへの応用に期待-
https://www.keio.ac.jp/ja/press-releases/2025/5/12/28-166914/

元論文

Nanometer-thick Si/Al gradient materials for spin torque generation
https://doi.org/10.1126/sciadv.adr9481

ライター

矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 【レアメタル不要】シリコン×アルミニウムの特殊材料がプラチナ超えの性能を発揮!【スピントロニクス】