視界がぼやけ、痛みを伴うことは、角膜の損傷を負った人々にとって日常の現実です。

角膜に一度深刻なダメージを受けると、従来の治療法では回復が難しく、多くの患者が視力低下に悩まされてきました。

ところが最近、「不可逆的」とされていた角膜の損傷が修復可能になるかもしれないという驚くべき研究成果が報告されました。

アメリカ・ハーバード大学医学大学院(Harvard Medical School)の研究チームが、幹細胞を用いた新たな角膜修復技術を開発し、その臨床試験が成功を収めたのです。

この研究成果は、2025年3月4日付の学術誌『Nature Communications』に掲載されました。

目次

  • 「角膜の損傷」の常識を覆す新しい治療法
  • 不可逆的な「角膜の損傷」が回復!

「角膜の損傷」の常識を覆す新しい治療法

角膜とは、目の最も外側にある透明な層です。

この角膜が一定以上のダメージを受けると、その回復は非常に難しくなります。

化学熱傷や外傷などが原因で、角膜に存在する幹細胞の能力を超えてダメージを負うなら、幹細胞が枯渇して再生できなくなるからです。

人の目の断面図。表面を覆う角膜 / Credit:Wikipedia Commons

そうなってしまうと通常の治療では改善が難しく、視力障害が進行してしまいます。

深刻な角膜の損傷は回復不可能で、失明に至るのです。

そこで登場したのが「CALEC(Cultivated Autologous Limbal Epithelial Cell)」という新しい技術です。

この治療法では、まず患者自身の健康な眼から幹細胞を採取します。

その後、研究室で数週間培養し、細胞を増殖。

この細胞を損傷した角膜に移植することで再生を促すのです。

患者自身の幹細胞を増殖させて戻す新しい治療法を開発 / Credit:John Earle Photography, Mass General Brigham

つまり、CALECは「自分の体の細胞を増やして、元に戻す自己修復技術」のようなものです。

この技術の最大の特徴は、完全に自家細胞のみを使用するため拒絶反応が少ないことです。

また、抗生物質や動物由来の成分を使わないクリーンな培養環境で製造されているため、安全性が高いとされています。

これにより、安全かつ効果的に視力の回復が期待されます。

では、この新しい治療は、どれほどの成果を上げたのでしょうか。

不可逆的な「角膜の損傷」が回復!

実際にアメリカで行われた臨床試験の結果は、驚くべきものでした。

研究チームは、14人の患者にCALEC移植を実施し、その後の経過を追跡しました。

新しい治療法により、92%の患者で角膜の損傷の修復に成功 / Credit:Canva

その結果、3か月後には50%(7人)の患者の角膜が完全に修復されました。

12か月後の時点では、その割合が79%(11人)にまで増加。

18か月後には、92%の患者が「完全または部分的成功」となり、角膜の透明度向上や症状改善が確認されました。

この「完全成功」とされた患者では、角膜の完全回復と視力の大幅な向上が見られました。

また、「部分的成功」とされた患者でも、光の認識や痛みの軽減といった改善が確認されています。

治療を受けた患者の中には、「光を再び感じることができた」「生活の質が劇的に向上した」といった喜びの声を上げる人も多く、安全性も高いことが確認されています。

これまで不可逆だと思われていた深刻な角膜の損傷を回復させることができたのです。

CALEC治療はまだ臨床試験の段階にありますが、その成功率の高さから、実用化への期待が高まっています。

「視力を失ったら二度と戻らない」——そんな常識が覆る日が近づいているのかもしれません。

 

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参考文献

Stem cell therapy trial reverses “irreversible”damage to cornea
https://newatlas.com/biology/stem-cell-therapy-reverses-irreversible-damage-cornea/

Novel Stem Cell Therapy Repairs Irreversible Corneal Damage in Clinical Trial
https://www.massgeneralbrigham.org/en/about/newsroom/press-releases/calec-stem-cell-therapy-clinical-trial-repairs-corneal-damage

元論文

Cultivated autologous limbal epithelial cell (CALEC) transplantation for limbal tem cell deficiency: a phase I/II clinical trial of the first xenobiotic-free, serum-free, antibiotic-free manufacturing protocol developed in the US
https://doi.org/10.1038/s41467-025-56461-1

ライター

大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 「不可逆的」な角膜の損傷が回復!幹細胞を増やして戻す新技術【成功率92%】