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泡は、炭酸飲料のシュワシュワや湯沸かしの際の気泡など、私たちの身の回りで頻繁に目にする存在です。
一見すると単純そうに見える泡の動きですが、実は何世紀にもわたって数多くの研究者を魅了してきました。
たとえば、ルネサンス期にはレオナルド・ダ・ヴィンチが泡の渦巻き運動を観察し、なぜまっすぐ上昇せずにらせんを描くのかを記録に残しています。
その後も流体力学や工学の発展とともに、泡のダイナミクスはさまざまな角度から研究が重ねられてきました。
現代では、泡は単なる“ふわふわ浮かぶ存在”にとどまりません。
たとえば電子機器の熱を逃がすために用いる冷却技術や、産業用の化学プロセス、宇宙空間での液体操作など、多方面で泡を活用・制御するニーズが高まっています。
具体的には、マイクロチップが発熱しすぎないように効率的に気泡を排出したり、洗浄や浮選(ふせん)技術で泡が運ぶ力を利用したりするなど、現代の産業や研究には欠かせない存在です。
しかし同時に、思わぬ場所で泡が詰まってしまいトラブルを起こすケースもあり、泡をいかに“いいところだけ利用し、不要なところでは排除するか”というのは長年の課題でした。
こうした「泡を自在にコントロールしたい」という要望から、さまざまな手法が開発されてきました。
超音波を使って泡を誘導したり、液体に電場をかけて泡を動かしたりする実験や技術もありますが、特定の装置や環境条件が必要となる場合が多く、使い勝手やコスト面での課題が残されています。
今回の研究チームは、もっとシンプルなアプローチ──つまり容器そのものを上下に振動させるという方法に着目し、「縦に振っているだけで泡が横へ移動するような現象は起きないのだろうか?」と試してみたのです。
すると常識をくつがえすような事実が明らかになります。
容器を縦に振ったら内部の泡はどうなるのか?
答えを得るため研究チームはまず、透明な液体(シリコンオイルなど)を満たした容器を、電磁式シェーカーで垂直方向に振動させる仕組みを用意しました。
振動の周波数と振幅を細かく制御しながら、容器の上部に浮かんだ気泡がどのように動くかを、上面および側面から高速カメラを使って追跡・撮影します。
気泡の大きさもいくつか変え、形や体積が異なる泡で同じような現象が起きるかどうかをチェックしました。
すると、振動の強さがある閾値を超えた瞬間、それまでほとんど上下方向に揺れていただけの泡が、突如横方向へ移動を開始することを確認しました。
驚くべきは、単に左右にフラフラ動くだけでなく、一定の方向に真っすぐ進む「直線走行」、あるいはぐるりと回る「円運動」、さらには突然向きを変える「ラン&タンブル」と呼ばれるランダムな動きが現れることです。
普通なら、縦方向の揺れが泡を上下に伸縮させるだけにとどまります。
しかし、その振動がある条件下で“ずれ”を起こすと、泡の左右両側の動きに微妙な非対称性が生まれ、周囲の液体を片側に押し出すようになります。
これが結果的に泡を“横へ”動かす力へと発展するのです。
振動の周波数や振幅、泡のサイズを調整すると、その切り替えが起こるパターンを制御できることもわかりました。
加えて、映像を解析しながら水流(液体の流れ)を可視化する実験も行ったところ、泡の動きに合わせて周囲の液体が巧みに前後へかき分けられている様子が確認されました。
これは泡が自力で起こす“推進”が単なる見かけだけではなく、液体に生じる慣性力によって実際に駆動されている証拠といえます。
つまり、この「縦揺れで横走り」という奇妙な運動は、泡の形状変化と振動のタイミングが噛み合ってはじめて成り立つ、新たな流体力学的メカニズムによるものだと結論づけられました。
一般的な水生生物が尾びれで渦を作って前へ進むのとは異なり、バブルが慣性力だけを利用して進むのです。
このような現象は、従来の泡研究ではほとんど想定されてこなかった新たな流体力学的メカニズムといえます。
今回の「ギャロッピング・バブル」現象は、泡の動きを制御する新たな手段として大いに注目を集めています。
まず実用的な観点では、マイクロチップなどの高発熱デバイスを冷却する際に、泡が原因で熱伝導が妨げられる問題の解決策として応用が期待されます。
振動条件を整えれば、泡を自動的に装置の端へ誘導し、冷却液の循環をスムーズにすることが可能になるかもしれません。
また、微小重力が作用する宇宙空間などでも、重力に頼らず泡を駆動できる手法として役立つと考えられます。
さらに、この現象には「壁や床を洗浄する」という意外な用途も見出されています。
ギャロッピング・バブルが表面を走り回ると、バウンド時に生じる局所的な流れが付着した微粒子や汚れを巻き取り、洗い流すような動きを見せるのです。
実験では、小さなゴミや塵を泡がランダムに走行しながら効率よく除去する様子が確認されています。
そうした基本原理を応用すれば、産業用の洗浄工程や汚染物質の除去、さらには生体内の微小流路での用途など、多彩な分野へと展開できる余地があります。
一方で、振動の周波数と振幅をどのように最適化すれば目的に応じた移動パターン(直線走行、円運動、ラン&タンブルなど)を再現・制御できるのか、また泡のサイズや液体の粘度との関係をどのように整理すればよいのかといった、詳細なパラメータ研究は今後の課題です。
理想的には、どの条件でどのモードが発現しやすいかを正確にマッピングできれば、用途に合わせた“ギャロッピング”操作が実現できます。
また、この現象がシリコンオイル以外の液体や、複雑な形状の容器、さらには多孔質媒体の中などでも起こり得るのかを検証することで、実際の産業や医療、宇宙利用などに広く展開できると期待されています。
何より、縦方向の振動だけで泡が自由自在に水平方向へ走り回るという事実は、流体力学の常識を大きく塗り替えるものです。
対称性の破れが新たな自己推進のメカニズムを生み出すという点は、泡だけに留まらず、他の流体や浮遊物質へも適用できる可能性があります。
今後の研究によって、同じ原理を使った新奇な現象やロボティクス的応用などが次々と提案されるかもしれません。
ギャロッピング・バブルの発見は、私たちが見慣れた“泡”という存在に、まだ見ぬ豊かな可能性を秘めていることを改めて示したと言えるでしょう。
元論文
Galloping Bubbles
https://doi.org/10.1038/s41467-025-56611-5
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部