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そんな中、研究チームはある一つの仮説を立てました。
それは「サイコパスが痛みに対して鈍感であるために、自らの過ちを正そうとする意思決定が阻害されているのかもしれない」というものです。
痛みはしばしば、私たちに自身の過ちを反省させて、思考や行動の修正を促すための媒介として機能します。
これは皆さんも昔から散々経験してきたことでしょう。
例えば、子供時代に悪いことをしたら親に引っ叩かれたでしょうし、大昔から古今東西、罪人は鞭や警棒で罰を受けるのが常でした。
もちろん、現代は倫理的に体罰が禁止されており、他人から罰として痛みを与えられる機会は少なくなっていますが、それでも最初の例で示したように、自らの「バカ」な行動の見返りとして痛みを受け、そこから学習することは今でも多々あるはず。
このように、痛みは生物学的にヒトに対して反省と学習を促す重要な役割があるのです。
その一方で、サイコパスは身体的な痛みに鈍感であることがいくつかの研究で示唆されています。
精神病質の傾向が強い人は一般の人々に比べて、電気ショックや熱刺激といった痛みに対し痛みを感じにくく、回避行動もあまり取らないのです。
皆さんも映画などで、サイコパスな殺人鬼がいくら殴られたり蹴られたりしても、ニタニタ笑いながら迫ってくるシーンを見たことがあるかもしれません。
これらを踏まえると、サイコパスは痛みを感じにくいがゆえに、過ちの反省と学習が阻害されている可能性があります。
そこで研究チームはこの仮説の真偽を実験で検証することにしました。
今回の調査では、一般集団から111名の参加者(平均年齢29歳、女性61名、男性47名、ノンバイナリー3名)を募りました。
まず参加者には最初に、専用の質問票に回答してもらい、精神病質(サイコパシー)特性のレベルを評価します。
ここでは対人関係における感情の安定性や共感能力、行動面での衝動性などを測定しました。
その後、参加者には軽度の電気ショックを与えるデバイスを装着してもらい、痛みの閾値(最初に痛みに気づいたときの最低レベル)と耐性(耐えられる最大の痛みレベル)を測定します。
その結果、事前の予想通り、痛みへの感受性が低い参加者ほど、精神病質(サイコパシー)の特性が強いことが確認されました。
そして次に、参加者が痛みを通じて自らの信念や学習をどのように変えるかを評価するテストを行います。
ここで参加者は一種のコンピューターゲームとして、画面上に提示される2色のカード(緑と黄)から1枚を選ぶよう指示されました(下図の左を参照)。
2枚のカードは当たりかハズレに設定されており、参加者がいずれかのカードを選択するたびに、金銭の報酬か罰則が与えられるようになっています。
全部で320回のカード選択セッションを行いますが、前半160回は当たりの場合に金銭の報酬を受け、ハズレの場合には金銭を失うペナルティーを受けます。
後半160回は当たりの場合に金銭の報酬を受けますが、ハズレの場合には電気ショックの痛みを受けました。
このゲームでは、参加者がカード選択における当たり・ハズレの確率を推測できるような法則は設定されておらず、研究者らはただ、参加者が罰則を受けたときに自らの意思をどのように変えるかのみに焦点を当てています。
例えば、参加者が緑色のカードを3回連続して選んで3回とも当たりだったが、4回目に選ぶとハズレだった場合、緑色のカードを選び続けるのか、あるいは黄色のカードに変更するのか、などです。
そしてデータ分析の結果、精神病質の特性が低かった人は金銭的ペナルティや痛みを受けた後に、自らの選択を変える可能性が高かったのに反し、精神病質の特性が高かった人は痛みを伴う結果を受けても、それを無視し、自分の信念に固執する傾向が強いことが明らかになりました。
特に興味深かったのは、精神病質の強い人が自らの信念に固執し続ける傾向は、痛みの罰則がない状況では起こらなかったことです。
どういうことか?
つまり、前半160回のセッションにおける「金銭的ペナルティ」が与えられた場合は、お金を得るために自らの考えを反省して変更したのですが、後半160回のセッションにおける「電気ショック」が与えられる場合は、痛みの罰則を無視して自らの考えに固執したのです。
このことからサイコパスに見られる「自らの過ちを反省しない学習障害」は、痛みを伴う経験に特有のものである可能性が示されました。
要するに、サイコパスを反省させようと痛みの罰則を与えても、効果が期待できないだろうということです。
以上の結果からチームの仮説通り、サイコパスは痛みに鈍感であるがゆえに間違いや罰則から学ばず、自分の誤った考えや行動を修正しない可能性があることが支持されました。
痛みの感受性の低さがサイコパスをして、反社会的な行動に駆り立てやすくしているのかもしれません。
ただしチームは、今回の調査が何の犯罪も犯していない一般集団を対象としたもので、極端な精神病質特性を持つ犯罪者は対象としていないため、同じ結果を犯罪者集団に一般化することはまだできないと注意しています。
チームは次のステップとして、精神病質が強いほど痛みに鈍感になる脳メカニズムの解明を目指していくとのこと。
それにより、精神病質者における反社会行動を抑制できるような治療のヒントが得られるかもしれません。
参考文献
People with psychopathic traits fail to learn from painful outcomes
https://www.psypost.org/people-with-psychopathic-traits-fail-to-learn-from-painful-outcomes/
元論文
Diminished pain sensitivity mediates the relationship between psychopathic traits and reduced learning from pain
https://doi.org/10.1038/s44271-024-00133-1
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部