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ただ肝心要の「黄身がヒヨコに変わるプロセス」を知ることは叶いませんでした。
最大の障害は、炭酸カルシウムから成る不透明な殻の存在です。
卵の殻がしっかりと黄身を覆い隠しているため、中で何が起こっているかは見ることができません。
しかし、古代ギリシャ時代から数千年かけて発達した現代科学の力により、人類はこの難点の大部分を解決することに成功しています。
これまでの研究で、ニワトリが産んだ卵を孵卵器(ふらんき※)で3日間置いた後、卵の殻を除去して中の胚を取り出し、透明なフィルム製の容器に移して人工培養し、ヒヨコになるまでの発生プロセスを見ることには成功しているのです。
(※ 孵卵器:産卵直後の卵を適切な温度と湿度のもとで保ち、一定間隔をおいて転卵することを「孵卵」といい、この一連のプロセスを自動で行う装置を孵卵器という)
この方法は「無卵殻培養法」と呼ばれています。
ところが、この「3日間」というのが大きな壁でした。
従来の無卵殻培養法では、産卵直後のニワトリの受精卵(0日胚)を人工培養しても、胚が正常に発生しなかったのです。
つまり今までのところ、産み落とされてから最初の3日間はブラックボックスとなっており、受精卵がどのように発生するかがわかっていませんでした。
そこで研究チームは今回、産卵直後の0日目〜21日目までの胚の発生プロセスを完全に可視化する方法の開発を試みました。
チームはまず、従来の無卵殻培養法で0日胚を培養すると、胚が正常に発生しなくなる原因を突き止めることに。
発生の停止した胚をよく観察したところ、3日目の時点で「胚盤葉(はいばんよう)」の表面を覆う膜が乾燥してしまっていることに気づきました。
胚盤葉とは黄身の中央にある白っぽい円形部で、直径はだいたい6〜13ミリあります(下図を参照)。
ニワトリの受精卵は、母親の体内でまだ卵の殻に包まれていない段階で、部分的な卵割(受精卵が細胞分裂して細胞の数を増やすこと)を始めます。
そうして約5万5000個の細胞の塊となったのが胚盤葉です。
この胚盤葉ができた後に卵の殻が作られて、体外へと産み落とされます。
チームの観察によると、卵の殻の外では、胚盤葉の表面を覆う膜が乾燥してしまうことで胚の正常な発生を妨げられていると考えられました。
そこでチームは、胚盤葉を覆う膜が乾燥しないように設計した人工培養の装置を開発。
具体的には、透明なフィルム製の容器を7度に傾けた状態で天板が回転する装置を開発し、容器内の湿度環境を適度に保ちながら、受精卵を定期的にやさしく振り動かしました。
こちらがその装置です。
その結果、見事に胚盤葉を覆う膜の乾燥が防がれ、3日胚の生存率が従来の4倍以上に向上し、0日胚から21日目までを完全に可視化することに成功したのです。
これまでブラックボックスとなっていた産卵直後の3日間の発生プロセスも解明され、黄身からヒヨコに変身するまでの全貌を丸裸にすることができました。
そのプロセスをまとめた写真がこちらです。
ちなみに右下のニワトリは、この方法で生まれたヒヨコが大人になった個体となります。
今回の成果により、古代ギリシャの時代から長く続く謎を完全解明することに成功しました。
まだこの方法で100%の孵化率を達成しているわけではありませんが、改良を進めることで、ヒヨコの発生プロセスの全貌を百発百中で可視化できるようになるでしょう。
この知見はニワトリ胚の発生プロセスの理解といった基礎研究だけでなく、遺伝子改変を加えたときの発生の仕方の変化や、奇形(形態異常)を引き起こす化学物質を与えたときの毒性試験など、幅広い応用が期待されています。
参考文献
卵からヒヨコまでのニワトリ胚発生をリアルタイムで可視化することに成功
https://www.tsukuba.ac.jp/journal/biology-environment/20241003180000.html
元論文
Real-time visualisation of developing chick embryos cultured in transparent plastic films from the blastoderm stage until hatching
https://doi.org/10.1038/s41598-024-72004-y
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部