アメリカのミシガン大学(UMich)で行われた研究により、ミトコンドリアが私たちの脳細胞に自分自身のDNAを送り込み続けていることが示されました。


送り込まれたDNAは核内のDNAに入り込み、脳細胞の遺伝情報を変異させてしまいます。


また研究ではこの現象と寿命の関係が調べられており、ミトコンドリアDNAが多く取り込まれている人ほど、早死にすることが示されています。


なぜミトコンドリアたちは自分たちのDNAを、人間の脳に送り込み続けていたのでしょうか?


研究内容の詳細は2024年8月22日に『PLOS BIOLOGY』にて公開されました。




目次



  • ミトコンドリアDNAはウイルスのように振る舞う
  • 前頭前野ではミトコンドリアDNAの挿入が頻繁に起きている
  • ストレスがミトコンドリアDNA断片の移行を加速させる

ミトコンドリアDNAはウイルスのように振る舞う


私たちの細胞に含まれるミトコンドリアは、古代の細菌の子孫であることが知られています。


いまから15~20億年前に、私たちの祖先は酸素呼吸能力を持ったミトコンドリアの先祖を細胞内に閉じ込め、自らも酸素呼吸ができるように進化したのです。


このようにミトコンドリアは他の生物種を起源にしており、ミトコンドリアは独自の37個の遺伝子を持つことが知られています。


しかし近年の研究により、しばしば自身のDNA断片を放出しており、その断片が人間のDNAに組み込む性質を持っていたことが明らかになりました。


ミトコンドリアDNA断片が核内に取り込まれる様子 / Credit:Martin Picard laboratory at Columbia University Vagelos College of Physicians and Surgeons.

自身のDNAをヒト染色体に組み込む性質は、ウイルスなどでよく知られています。


たとえばエイズウイルスなどでは、自身の遺伝子(RNA)をDNAに変換して、細胞のDNAに組み込み、増殖の効率化を図ります。


このような挿入された断片は核内ミトコンドリアDNA断片(NUMT)と呼ばれており、15~20億年前に共生が始まって以降、私たちの染色体内部に営々と蓄積され続けており、現在の私たちの染色体内部には、多くは先祖から受け継いだミトコンドリアDNA断片が何百個も存在しています。


ただ既存の研究では、このようなミトコンドリアDNA断片の移行は非常にまれだと考えられていました。


実際、新しいミトコンドリアDNA断片がヒトゲノムに組み込まれるのは4000回の出生につき1回程度だと考えられています。


親から子にミトコンドリア断片の移行が「遺伝」するには、生殖細胞内で移行イベントが起こらなければなりません。


さらにそのような移行に害があった場合、胎児の成長が失敗するなどして、排除されてしまいます。


多くの人々がミトコンドリアのDNA断片を抱えながら健康でいられるのは、挿入された断片の機能や挿入が起きた場所が無害だったからだと言えるでしょう。


ただミトコンドリアは生殖細胞だけでなく、全身の細胞に存在しています。


そのため遺伝に関係ない細胞(生殖細胞でない細胞)において、ミトコンドリアDAN断片の移行がどうなっているかは、あまり詳しくわかっていませんでした。


生殖に関係のない細胞であっても、脳細胞や肝臓の細胞は私たちの健康にとっては重要な細胞です。


そこで今回、ミシガン大学の研究者たちは、特に脳細胞をターゲットにして、ミトコンドリアDNA断片の移行がどれほど起きているか、そしてどんな影響があるかを調べることにしました。


前頭前野ではミトコンドリアDNAの挿入が頻繁に起きている


脳細胞ではどれほどのミトコンドリアDNA断片が移行しているのか?


答えを得るため研究者たちは、死亡した1000人以上の高齢者から脳サンプルを採取し、染色体内部に潜むミトコンドリアDNA断片の量を調べました。


すると、ミトコンドリアDNA断片の挿入は、人間の理性や認知にかかわる前頭前野のニューロンに最も多く起きていたことが示されました。


また被験者たちの死亡した年齢と比較すると、前頭前野へのミトコンドリアDNA断片が多い人は少ない人よりも早く死亡していたことが判明しました。


この結果から研究者たちは、ミトコンドリアDNA断片の蓄積が脳の老化や機能低下、寿命に関連している可能性があると結論しました。


Credit:Martin Picard laboratory at Columbia University Vagelos College of Physicians and Surgeons.

共生がはじまった直後は、ミトコンドリアの先祖も自分自身のDNAを多く保持していました。


しかし、長年にわたる共生により徐々にオリジナルの遺伝子を手放していきます。


このような遺伝子のパージは共生生物や寄生生物に広くみられる現象です。


生命維持に必要な栄養素などを宿主に頼ることができるならば、それを自作するための遺伝子を持っていることにメリットがなくなってしまうからです。


そのため現在のミトコンドリアのオリジナル遺伝子数は37個、総塩基も1万6600文字まで減少してしまっています。


(※一方、宿主であるヒトDNAの塩基数は60億文字に達します)


今回の研究結果は、ミトコンドリアから人間へのDNAの移行が現在も活発に進行中であることを示していると言えるでしょう。


ストレスがミトコンドリアDNA断片の移行を加速させる


最後に研究者たちは、ミトコンドリアDNA断片の組み込みを加速させる要因を調べました。


もしどの細胞でも等しく起こるならば、前頭前野だけで断片が多くなる理由が説明できないからです。


研究者たちは手掛かりを得るために、長期に渡り培養されている人間の皮膚細胞を調査し、ミトコンドリアDNA断片の移行を促す要因を調べました。


すると培養細胞は通常ならば1カ月あたり数個のミトコンドリアDNA断片を蓄積していったものの、細胞のミトコンドリアがストレスによって機能不全に陥ると、4~5倍の速さで蓄積していったことが判明しました。


この結果は、ストレスによりミトコンドリアはDNAの一部を放出しやすくなり、これらの断片が細胞核内部のゲノムに感染している可能性があることを示しています。


ストレスがミトコンドリアDNA断片の移行を加速させる / Credit:Canva

前頭前野は脳内の他の領域に比べて非常に活発にエネルギーを消費し計画、意思決定、問題解決、社会的行動、感情の調整など、複雑な認知機能を担っています。


もしかしたら前頭前野のミトコンドリアは脳内の他の領域に比べてストレスに晒されやすい状態になっているのかもしれません。


研究者たちは今後、ミトコンドリアDNA断片の移行が精神疾患のリスクとどのように関係するかを調べていくと述べています。


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参考文献

Mitochondria Are Flinging Their DNA into Our Brain Cells
https://www.cuimc.columbia.edu/news/mitochondria-are-flinging-their-dna-our-brain-cells

元論文

Somatic nuclear mitochondrial DNA insertions are prevalent in the human brain and accumulate over time in fibroblasts
https://doi.org/10.1371/journal.pbio.3002723

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 「まるでウイルス」ミトコンドリアは人間の脳細胞に自分のDNAを送り込んでいた!