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とはいえ、この研究におけるアカボウクジラの平均的な潜水時間は59分でした。
また1時間17分を超える個体は全体の5%に過ぎなかったといいます。
そのため、種として考えるとアカボウクジラはゾウアザラシやマッコウクジラには劣るという結論になります。
それでも学術的に記録された中では「個」としてのNo. 1はアカボウクジラに軍配が上げられます。
クジラやゾウアザラシを含む海洋哺乳類がこれほど長く水中に留まれるのは、「ミオグロビン」というタンパク質に秘密があります。
ミオグロビンには酸素を貯蔵する機能があり、筋肉中に存在して細胞に酸素を供給してくれるのです。
ミオグロビンは人間にもありますが、その濃度はクジラやアザラシに比べると遥かに低くなっています。
人間も水に潜る機会は多いので、そんな便利な物質があるなら人体にもたくさんあっていいじゃないかと思ってしまいますが、通常ミオグロビンは濃度が高いと凝集して塊となり病気の原因になる恐れがあるのです。
では、なぜクジラやアザラシでは大丈夫なのでしょうか?
研究者によると、海洋哺乳類が持つミオグロビンはすべて「プラス」に帯電しているという。
つまり、どのミオグロビンも同じプラスの極を持っているので、互いに反発し合って凝集することがないのです。
それゆえにミオグロビンが塊となって体に害を与えることがないといいます。
それでは、今度は人間が息を止められる限界について見てみましょう。
こちらも先と同じように、「種」としてのNo. 1と「個」としてのNo. 1は違うと考えられています。
人間は1種しかいないので「種」というのは適当でありませんが、ここでは「種=民族」と考えてください。
人類の中で最も長く息止めができる民族は、インドネシアの島々に暮らす先住民「バジャウ(Bajau)族」です。
彼らは”海の遊牧民(Sea Nomads)”と称され、素潜り漁によって生計を立てています。
一般人が水中で息を止めていられるのはせいぜい2〜3分ですが、バジャウ族は水深70メートルまで軽々と潜り、そこで15分以上も滞在できるのです。
デンマーク・コペンハーゲン大学(University of Copenhagen)が2018年に調査したところ、バジャウ族は民族全体が遺伝的に「潜水に特化した体」へと進化していたことが判明しています。
しかし、まずそもそも人間は、どうやって息を止めて水中で活動しているのでしょう?
私たちは誰でも、冷たい水中に潜ると反射的に「潜水反応」が起こります。これは心拍数が低下し、脾臓(ひぞう)が収縮する反応です。
脾臓が収縮すると、酸素を含んだ赤血球が血中に放出され、体内の酸素量が最大9%も増加し、水中環境で長く息を止められるようになります。
よって私たちは脾臓が大きいほど、水中に長く潜水できると考えられています。
これを踏まえて、バジャウ族を遺伝的に近しい陸上生活者のサルアン(Saluan)族と比較したところ、バジャウ族の人々の脾臓はサルアン族に比べ平均して50%も大きいことが判明したのです。
これはヒトが水中生活に遺伝適応したことを示す世界初の事例となっています。
詳しくはこちらの記事をご参照ください。
その一方で、バジャウ族とは別にとんでもない大記録が打ち立てられています。
クロアチアのダイバーであるブディミール・ショバット(BUDIMIR ŠOBAT)さんが2021年に、24分37秒36という驚異の記録により、「最も長く息を止められた人間」としてギネス世界記録に認定されたのです。
しかもショバットさんがダイビングを始めたのは48歳で、ギネス認定されたのは56歳のときでした。
よって、世界で最も長く息止めができる人間の栄誉はショバットさんに与えられるでしょう。
こちらは実際にショバットさんがギネス世界記録に挑戦したときの映像です。
参考文献
Which Animal Can Hold Its Breath The Longest?
https://www.iflscience.com/which-animal-can-hold-its-breath-the-longest-74186
Longest time breath held voluntarily underwater (male)
https://www.guinnessworldrecords.com/world-records/longest-time-breath-held-voluntarily-(male)
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部