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その一方で、初対面のような社会的つながりがないペアについては、ほとんど注目されてきませんでした。
しかしながら社会学の研究者たちは「弱いつながり同士の方が強いつながり同士より、相互に伝達される情報が多様であり、新たなアイデアを生むイノベーションにつながる可能性がある」と考えています。
これはおそらく、初対面ペアにおいては互いのやり取りが習慣化・固定化されておらず、相互に知らない情報を教え合ったり、角度の違うコミュニケーションができるためでしょう。
研究者たちは、これを「弱いつながりの強さ」(Strength of Weak Ties:SWT )理論と呼んでいます。
実際、私たちの日常生活では、親しい人(家族や恋人)と過ごす時間より、見知らぬ人(店員さん)や社会的つながりが弱~中程度の知人(職場の同僚や先輩)と交流する時間の方が多くなりがちです。
そこで早稲田大学の研究チームは今回、初対面や知り合いレベルのペアに焦点を当てた調査を行いました。
本実験参加者の平均年齢は22歳で、男女それぞれで同性のペアが用いられました。
そして実験参加時に初めて知り合った「初対面ペア」14組と、実験参加者が自分のパートナーを連れてきた「知り合いペア」13組を分析しています。(加えて過去の研究で集められた19組のペアのデータも分析に用いられています)
ペアに取り組んでもらったのは「交互タッピング課題」という共同作業です。
これは2人が交互に指を使ってリズムを刻む協力タスクであり、タッピングすると実際に音が鳴るように設定しています。
はじめにお手本となるリズムをメトロノームで提示し、その直後にペアの2人がお手本通りにリズムを奏でるようにタッピングしてもらいました。
実験中には、脳活動を測定するキャップを装着してもらい、ペアの脳波を記録しました。
キャップには下図のように29個の電極が設置されており、それぞれの点同士のネットワークのつながりを調べられます。
チームは、この脳波を個人内およびペア間で分析し、初対面ペアと知り合いペアで脳波ネットワークのシンクロ率にどのような違いが見られるかを比較しました。
その結果、直感に反して、初対面ペアの方が知り合いペアよりも、脳波の同期ネットワークが密につながっていることが明らかになったのです。
この結果は、これまで考えられてきた「社会的つながりが強くなるほど、脳活動のシンクロ率も高くなる」という知見に反します。
この理由についてチームは、社会的つながりがないペアではおそらく、初対面ゆえにお互いに気を配り合いながら協力している可能性があるため、共同作業を行うときの脳波のシンクロ率が知り合いペアよりも高くなるのではないかと述べています。
要するに、初対面ペアでは「相手をおもんばかる力が働いている」と考えられるのです。
以上の結果からチームは、2人の人物の間の「社会的つながり」と「脳波のシンクロ率」との関係は、右肩上がりの線形的(比例関係)なものではなく、カーブを描く非線形的なものとなる可能性があると指摘しました(下図を参照)。
より分かりやすく言えば、
・初対面などの社会的つながりが最も弱いペアでは脳波のシンクロ率が高くなる
・知り合いレベルの社会的つながりが中程度のペアでは脳波のシンクロ率がいったん下がる
・そして親子や恋人、親友など社会的つながりが最も強いペアでは脳波のシンクロ率が再び高くなる
ということです。
初めて会う人とは何かと緊張して、コミュニケーションがぎこちなくなり、知り合い同士の方が円滑に進む印象があります。
しかし、実際の状況を思い浮かべてみると、確かに初対面の人と何か作業をするより、特に仲が良いわけでもない中途半端な知人や同僚と一緒の方が、作業がやりづらいと感じることは多いかもしれません。
他者との共同作業は、半端な知り合いより初対面の人とした方が捗るのかもしれません。
新社会人となった人も、新入社員を迎える人も、この時期は誰もが初対面の人と一緒に仕事をする機会が多いでしょう。もし、今後職場の人間関係に慣れてきた辺りから、人と作業することにやりづらさを感じることがあったら、この脳はシンクロの曲線を思い出してみるといいかもしれません。
参考文献
社会的なつながりの強さと脳波の密な関係を発見 ― 初対面ペア同士の脳波は同期する ―
https://www.waseda.jp/inst/research/news/76986
元論文
The topology of interpersonal neural network in weak social ties
https://doi.org/10.1038/s41598-024-55495-7
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。