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近年の医学の進歩により、がん細胞と戦わせるように免疫細胞(T細胞)を改造する治療法(CAR-T療法)が実用化されています。
がん細胞には免疫から姿を隠すステルス能力が備わっており、普通の免疫細胞では攻撃することすらできません。
しかし改造された免疫細胞「CAR-T細胞」は、がん細胞のステルス能力を見破る力を備えており、がん細胞を倒すことが可能となっています。
例えるならば、正義を愛する青年が改造手術によって、悪の怪人と戦う能力を得た状態と言えるでしょう。
ですが悪の組織が正義のヒーローに対抗するために新たな怪人をうみだずように、がん細胞も改造に対抗してきます。
CAR-T細胞はがん細胞特有の目印を発見する能力を持ったことで、がん細胞のステルス能力を無効化していますが、がん細胞のなかにはその目印さえもなくしてしまうものも存在するのです。
このようなCAR-T細胞からも見えなくなってしまったがん細胞は、標的とされないことから、バイスタンダー(傍観者)細胞と呼ばれており、CAR-T細胞で治療することは困難となっていました。
戦うべき悪の怪人がみえなければ、どんな優れたヒーローも活躍できないのと同じです。
そこで今回、カリフォルニア大学の研究者たちは、CAR-T細胞をパワーアップする新技を授けられないかを検討しました。
その新技とは、がん細胞に存在する「自爆スイッチ」を突く方法です。
私たちの免疫システムには、深刻なエラーが発生した細胞を発見すると、免疫システムが細胞表面に設置されている「自爆スイッチ(Fas受容体)」を起動させ、自爆を引き起こすことが知られています。
細胞の自殺にはさまざまな種類がありますが、Fas受容体を介する自爆は外部からの命令によって行われるタイプとなっています。
そのためFas受容体は「死の受容体(デス・レセプター)」とも呼ばれています。
(※以降わかりやすさのため、Fas受容体(死の受容体)を自爆スイッチと表現します)
これまでの研究により、私たちの細胞からうまれたがん細胞にもこの自爆スイッチの遺伝子が残されていることが判明しています。
実際、以前の研究では自爆スイッチに結合し起動させられる「極めて効果的な」2種類の人工抗体が開発されています。
そこで研究者たちは、がん細胞と戦うように改造された免疫細胞「CAR-T細胞」に自爆スイッチを起動させる機能を追加装備する方法を提案しました。
もしこの方法が実現すれば、CAR-T細胞の目の前で、がん細胞を攻撃して目の前で自爆させることが可能になります。
そしてこの「攻撃した」あるいは「目の前で破壊した」という事実は、CAR-T細胞にとって非常に重要になります。
先に述べたように、改造免疫細胞(CAR-T細胞)は患者のがん細胞の特定の目印を認識して攻撃を行います。
たとえばある患者のがん細胞が特定のタンパク質Aを発現しているとします。
CAR-T療法では、このタンパク質Aを標的とするように改装されたCAR-T細胞が攻撃を行うことになります。
しかし、がん細胞の中にはタンパク質Aを少なく発現しているものや全く発現していないものも存在し、バイスタンダー細胞(標的とされていない細胞)となります。
そのためCAR-T細胞は直接的には、バイスタンダー細胞を認識できません。
しかし自爆スイッチを起動させる追加武装をCAR-T細胞に組み込むとバイスタンダー細胞を認識し、CAR-T細胞からサイトカインなどの免疫物質が放出される可能性があります。
サイトカインが分泌された部分では免疫の活性化と感度の上昇が起こり、バイスタンダー細胞を敵として認識できる可能性が高まります。
またバイスタンダー細胞が破壊され内容物が放出されることも、周りのバイスタンダー細胞も敵として認識される可能性を高め、CAR-T細胞による攻撃が誘発されます。
このような間接的な影響によってCAR-T細胞が活躍することは(CAR-Tの)バイスタンダー効果と呼ばれ、日本語では「心中効果」あるいは「もらい泣き効果」と呼ばれることもあります。
研究者たちはCAR-T細胞に自爆スイッチを起動させる装備を追加することで「がん細胞に対する2連撃になる」と述べています。
ただこれで全てのがん細胞を死滅させられるかというと、残念ながら違うようです。
がん細胞の中には、自爆スイッチを簡単に起動させれないように細工できるものも存在するからです。
実際、今回の研究では、自爆スイッチの特定の2カ所に変異が起こると、CAR-T療法も自爆スイッチの起動も両方とも行えなくなることが示されました。
一方でこの発見は、どの患者がCAR-T療法から恩恵を得られるかを事前に知る検査につながる可能性があります。
具体的には、CAR-T療法を行う前に患者のがん細胞の自爆スイッチの状態を調査し、変異がなければCAR-T療法の有効性が高いと事前に判断できます。
がん細胞との闘いは3歩進んで2歩下がるといった苦しいものであり、革新的な手法でも万能の治療薬にはなり得ません。
しかし小さな1歩を積み重ねていけば、やがて克服できる日が来るでしょう。
研究者たちは将来的に、自爆スイッチが変異してしまった場合でも強制的にがん細胞を自爆させられるような抗体が開発されるだろうと述べています。
参考文献
Researchers identify ‘switch’ to activate cancer cell death
https://health.ucdavis.edu/news/headlines/researchers-identify-switch-to-activate-cancer-cell-death/2023/10
元論文
Characterizing the regulatory Fas (CD95) epitope critical for agonist antibody targeting and CAR-T bystander function in ovarian cancer
https://www.nature.com/articles/s41418-023-01229-7
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。