人間は時に、地震、津波、虐待、交通事故など心に傷を負う恐ろしい出来事に遭遇することがあります。

そしてそれらの体験が個人では対処できないほどの深い心の傷「トラウマ」を負わせることもあります。

しかし同じ体験をしたとしても、「トラウマを抱える人」と「そうでない人」がいます。

最近、スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)生命科学部に所属するカルメン・サンディ氏ら研究チームは、ラット実験の結果、トラウマを抱える原因の1つが「特定のホルモンレベルの低下」にあると報告しました。

追加の実験では、ラットのトラウマを治療することに成功しており、将来的に人間のトラウマ治療に役立つ可能性があります。

研究の詳細は、2023年9月22日付の科学誌『Biological Psychiatry』に掲載されました。

目次

  • 「PTSDになる人」と「ならない人」の違いを探る
  • ラットにPTSDを発症させるホルモンを特定

「PTSDになる人」と「ならない人」の違いを探る

Credit:Canva

心的外傷後ストレス障害(PTSD:Post Traumatic Stress Disorder)は、トラウマとなるような圧倒的な体験をした人が、その後で抱える精神疾患です。

例えば、地震、洪水、火事、病気、交通事故、戦争、虐待、暴行などを経験した人は、後の人生でその経験によって苦しめられることがあります。

PTSD患者は、生活を送る中で急に当時の記憶がフラッシュバックしたり、不安や緊張が高まったりします。

また感情が麻痺したように興味や関心が乏しくなり、疎外感や孤立感に苛まれます。

さらに睡眠障害や集中困難、ちょっとしたことでイライラしたりビクビクしたりするケースもあるようです。

しかし、トラウマ体験をした人でPTSDを発症するのは、わずか25~35%です。

そのため、PTSD患者を効果的に治療するためには、「なぜ一部の人たちがPTSDを発症し、他の人たちは発症しないのか」という点を理解する必要があります。

これまでの研究によって、ストレス時に血流に放出されるステロイドホルモン「糖質コルチコイド」のレベルの低下とPTSDの関連性が示唆されてきました。

Credit:Canva

この糖質コルチコイドは副腎で生成されるホルモンであり、ストレスに応答して分泌され、ストレスに適応するための様々な生体反応を引き起こすことで知られています。

そして糖質コルチコイドには、コルチゾールコルチコステロンなどが含まれます。

サンディ氏によると、「糖質コルチコイドのレベルはかなりの個人差があり、特にトラウマ体験をしたPTSD患者では、糖質コルチコイドレベルの低下がよく観察されている」ようです。

では、糖質コルチコイドレベルの低下がPTSDを引き起こすのでしょうか?

その可能性はありますが、因果関係を証明することは簡単ではありません。

PTSD患者の、トラウマ体験以前の糖質コルチコイドレベルを測ることはできませんし、糖質コルチコイドレベルが低い人間に恐怖体験を与えてPTSDになるか調べるわけにもいかないからです。

そこでサンディ氏ら研究チームは、糖質コルチコイドレベルが低い人間を模倣したラットで因果関係を確かめることにしました。

ラットにPTSDを発症させるホルモンを特定

最初に研究チームは、「コルチゾール(糖質コルチコイドの一種)に対する反応が鈍くなったヒト」の模倣を、動物であるラットで行いました。

ラット版のコルチゾールである「コルチコステロン(こちらも糖質コルチコイドの一種)」への反応が鈍くなるよう、遺伝子操作したラットを作り出したのです。

Credit:Generated by OpenAI’s DALL·E,ナゾロジー編集部

次にチームは、この遺伝子操作ラットの脳領域の体積を測定しました。

さらに特定の合図で恐怖反応を起こす(怖い体験が脳に刻まれる)ようラットを訓練し、睡眠パターンや脳活動なども測定。

これにより糖質コルチコイドレベルがPTSDの症状とどのように関連しているか分析しました。

その結果、糖質コルチコイドに対する反応性の低下が、「恐怖をいつまでも思い起こすこと(今回はオスのみ)」「海馬(長期記憶と記憶の想起に関連する脳領域)体積の減少」「レム睡眠における睡眠障害」などを引き起こすと判明しました。

これらすべてはPTSDと関連付けられてきた障害です。

(例えば、レム睡眠は記憶の定着と関連しており、PTSD患者はレム睡眠中に悪夢を見るなど睡眠障害を抱えることがあります)

Credit:Canva

加えて研究チームは、実験体ラットが抱える恐怖を軽減させるために、人間の認知行動療法に相当する治療をラットに施し、「コルチコステロン(糖質コルチコイドの一種)」を投与しました。

その結果、過剰な恐怖とレム睡眠における睡眠障害が後退し、脳内ストレス関連の神経伝達物質レベルも正常に戻ったようです。

これらのことから、ラットにおいて、糖質コルチコイドレベルの低下とPTSD症状は互いに関連しており、因果関係があると言えるでしょう。

今回の研究は、人間が患うPTSDの治療や予防の新たな可能性を開くものとなりました。

私たちは、トラウマ体験を完全に避けることはできません。誰もがその症状に悩まされる可能性があるのです。

しかし、今回の研究成果はトラウマ体験後の措置によって、つらい体験で長く苦しむことがないよう、人々を解放してくれるかもしれません。

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参考文献

Why we don’t all develop posttraumatic stress disorder https://actu.epfl.ch/news/why-we-don-t-all-develop-posttraumatic-stress-diso/ Study reveals why some people develop PTSD and others don’t https://newatlas.com/medical/why-some-people-develop-ptsd-after-trauma/

元論文

Blunted Glucocorticoid Responsiveness to Stress Causes Behavioral and Biological Alterations That Lead to Posttraumatic Stress Disorder Vulnerability https://www.biologicalpsychiatryjournal.com/article/S0006-3223(23)01590-1/fulltext
情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 「トラウマを抱えてしまう人」と「そうでない人」の違いが明らかに