- 週間ランキング
人間や動物、植物などすべての多細胞生物は、様々な役割を持った細胞によって構成されています。
もともとは1つだった生物たちの細胞は、分裂して数が増えるとそれぞれ役割を持った細胞に変化します。
この細胞の変化を「分化」と言い、分化した細胞たちはそれぞれの役割に合わせた機能を持っています。
淡水産の刺胞生物であるヒドラは体の構造が単純であり、飼育も容易である上、その再生力の強さから細胞分化のモデル生物としてよく用いられています。
ヒドラには岩などに体を固定するための足盤とエサをとらえるための触手があり、足盤と触手では同じ表皮細胞であっても全く機能が異なります。
例えば、周囲の環境に付着できるようにする粘液を分泌するという機能は足盤の表皮細胞にしかありません。
再生力の強いヒドラは足盤が欠損しても新たな足が形成され、再生します。
その際、触手の表皮細胞が役割を替えて、足盤の表皮細胞へと変化するのです。
ジュネーブ大学とフリードリッヒ・ミーシャー生物医学研究所の共同研究チームは、このヒドラの表皮細胞の役割の変化がどのように起こっているのか調査しました。
ヒドラの触手の表皮細胞が本来の触手としての役割を手放して足盤の表皮細胞へと変化するように、すでに役割を持った細胞がその役割から別の役割に変化することを細胞の「分化転換」と言います。
ジュネーブ大学とフリードリッヒ・ミーシャー生物医学研究所の共同研究チームはヒドラの触手の表皮細胞が分化転換する際に影響を及ぼす転写因子を特定しました。
細胞の中にはその細胞の設計図であるゲノムDNAがあり、ゲノムDNAの一部がRNAとして転写されます。
そのRNAをもとにタンパク質が作られて、新たな細胞が生まれるのです。
転写因子とは、ゲノムDNAのどの部分を転写するか決めるもので、細胞の役割の維持や分化転換に大きく関わっています。
同研究チームは、転写因子Zic4の発現を減少させると触手の表皮細胞が足盤の表皮細胞に変化していくことを発見しました。
つまり、転写因子Zic4が触手の表皮細胞の役割を維持するものだとわかったのです。
同研究論文では、ヒドラの表皮細胞において、足盤のものが「デフォルト」であり、それが転写因子によって分化していった可能性があるとされています。
触手の表皮細胞も元は足盤のものと同じ役割を持った細胞で、Zic4の発現により触手の役割を持つように分化したということです。
Zic4が属するZicファミリーと呼ばれる一群の中には、神経系細胞への分化を促進するものや筋肉や骨格形成に影響を及ぼすものなど細胞の分化に関わるものが多くあります。
なお、Zic4を含むZic1~5は哺乳類の中にもあるものです。
それでは、ヒトを含む哺乳類においても欠損した部分が細胞の分化転換によって蘇る可能性があるのでしょうか?
残念ながら同研究の中では「分化転換に重要な調節因子は他にもある可能性があり、Zic4が他の生物の中でも同じ役割を果たすとは限らない」とされています。
しかし、Zicファミリーの1つであるZic3はすでに細胞の初期化を促進することがわかっており、再生医療に役立つ転写因子として注目を集めています。
今後、転写因子の研究が進み、細胞の分化転換のメカニズムが明らかになれば、失った体の一部を再生できるようになる日が来るかもしれません。
参考文献
How to turn a tentacle into a foot https://phys.org/news/2023-01-tentacle-foot.html元論文
The transcription factor Zic4 promotes tentacle formation and prevents epithelial transdifferentiation in Hydra https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.abo0694 脊髄動物Zicファミリーの形態形成における役割 https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-12026242/ Hybrid Cellular Metabolism Coordinated by Zic3 and Esrrb Synergistically Enhances Induction of Naive Pluripotency https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28467928/