- 週間ランキング
その一方で、陸上の空気が肌に合わなかったのか、再び水の中に戻ったグループがいます。
「水草」です。
水草の多くはクチクラ層や気孔を持ちませんが、水の中にわずかに溶け込んだ二酸化炭素を葉表面から取り込み、拡散することでガス交換を行います。
これによって、水草も水中で光合成ができるのです。
私たちには植物が陸上でも水中でもあまり変わらないように見えますが、実際は動物のエラ呼吸と肺呼吸のような違いがあり、通常の植物は陸でも水中でも暮らせるようにはできていません。
ところが驚くことに、そのどちらの環境でも生き延びられる植物が存在します。
⽔陸両⽣植物 (amphibiousplant)と呼ばれるグループです。
これらは河川や湖沼などの水辺に自生し、水没すると水草のように、干上がると陸上植物のように適応することができます。
中でも、アブラナ科の一種で北米を原産とする「ロリッパ・アクアティカ(Rorippa aquatica)」(以下、ロリッパと表記)は、水に沈むと葉っぱを細くし、気孔を閉じて、水中に適した体に変化するのです。
そもそも陸上で生まれ育ったロリッパは気孔を持った葉(気中葉)を作ります。
反対に、最初から水中で育ったロリッパは気孔のない葉(水中葉)を持ちます。
そこで研究チームは今回、陸上で育てたロリッパを水没させて、葉がどう変化するかを観察しました。
すると成長中の若い葉では、水没の直後に気孔の発生が抑制され始め、気中葉から水中葉の転換が起こったのです。
だいたい4日後には葉の気孔が大きく減少していました。
植物においては普通、一度できた気孔がなくなることはありません。
ロリッパにおいても、気中葉として成熟した葉は、気孔を減らして⽔中葉になることがありませんでした。
ところが、未成熟の葉では水没に反応して水中モードへと変化できたのです。
そこでチームは次に、気孔の抑制がどのように生じて、水中モードに変化するかを解明することにしました。
チームは、ロリッパの水没後にどのような遺伝子が働いているかを調査。
これまでの研究で、気孔の発生メカニズムは詳しく解明されており、若い葉の表皮細胞において、SPCHやMUTEなどの遺伝⼦が発現し、これによって細胞が気孔に分化することが分かっています。
今回の遺伝子解析の結果、ロリッパは水没1時間でこれらの遺伝子の発現を抑制し始め、24時間後にはほとんど発現しなくなっていました。
これが、水中での気孔がなくなる直接の原因でした。
では、ロリッパはどうやって水没を感知しているのでしょうか?
それを調べてみると、植物ホルモン「エチレン」に関連して遺伝子発現が変化することが判明しています。
そこで陸上で育てているロリッパにエチレンを作用させてみると、気孔の発生が抑制されたのです。
エチレンは果物の熟成などに関わっていて、エチレンガスを充満させた保存庫に入れておくとバナナの熟成が早く進んだりします。
このようにエチレンは気体として働くホルモンなので、植物からはどんどんガスとして放出されていきます。
しかし気体であるエチレンは、ロリッパが⽔没すると逃げ場を失って体内に蓄積されていきます。
この体内に蓄積されるエチレン量が水中モード切り替えのスイッチになっていたようです。
エチレンが体内に蓄積すると、ロリッパは気孔の発生に必要な遺伝子が抑制され始め、⽔中葉へとすばやく変化していたのです。
今回の研究は、水中葉の形成メカニズムを遺伝子レベルで解き明かした世界初の成果となります。
このように、植物に備わっている環境変化への応答のメカニズムを知ることは、気候変動から植物を守る方法や、環境が変化しても生産性が落ちない農作物を実現させる上で貴重な手がかりとなるでしょう。
参考文献
水陸両生植物の気孔の謎 –水没しても生き延びる仕組みを解明! https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2023/01/---2.html元論文
Rewiring of hormones and light response pathways underlies the inhibition of stomatal development in an amphibious plant Rorippa aquatica underwater https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0960982222020012?via%3Dihub