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これで胎児はお腹の中ですくすくと成長することができますが、その一方で、胎盤内を満たしている羊水には母親が摂取した食物の化学物質が溶け込むことが知られています。
胎児が発達中の口から羊水を飲み込むことを踏まえると、以前から「胎児は羊水を通じて母親が食べた物の味を感じ取っているのではないか」と考えられていたのです。
しかしこの仮説を証明する研究はこれまでなされてきませんでした。
その中でダラム大学は2022年に「胎児の表情を読み取る」という大胆な方法でこの謎を解き明かすことにしたのです。
この研究では、18歳から40歳の妊婦100人を対象に、妊娠32週目と36週目に一度ずつスキャンを行い、野菜の中でも甘味が強い「ニンジン味」と、アブラナ科で苦味の強い「ケール味」に対する胎児の顔の反応を観察しました。
妊婦には各スキャンの20分前に、400mgのニンジンパウダーかケールパウダーを含むカプセル1個を服用してもらいます。
またスキャンの1時間前からは、その他の食べ物や飲み物を一切摂らないよう指示。
加えて、スキャン当日にはニンジンおよびケールを含む食物を摂取しないようお願いしています。
これらの準備が完了した後、4D超音波スキャンにより胎児の反応を記録し、いずれの味覚にもさらされていない胎児の顔と比較しました。
その結果、胎児はニンジンとケール味のどちらに対しても、十分な表情の変化を指し示したのです。
具体的には、ニンジン味にさらされた胎児は「笑い顔」の反応が多く、ケール味にさらされた胎児は「泣き顔」の反応が多く見られました。
やはり胎児は全体的に、ニンジン味のような野菜の中でも甘味の強いものに好意的な反応を示し、ケール味のような苦味の強いものには嫌悪感を抱く傾向があるようです。
こちらはケール味を感じた胎児の表情ですが、上のニンジン味のときと違って、明らかに口元が歪んでいるのが見て取れますね。
この研究成果は、人間の味覚や嗅覚の発達に関する理解を深めると同時に、母親が妊娠中に食べていたものが、出生後の赤ちゃんの味覚嗜好に影響を与えて、健康的な食習慣の確立につながる可能性を示唆します。
アストン大学のジャッキー・ブリセット(Jackie Blissett)氏は、次のように述べました。
「胎内で繰り返し同じ味に触れることで、出生後に、それらの味への嗜好性が高まると考えられます。
たとえば、胎児があまり好んでいないケール味を与え続けることでその味に慣れ、出生後もケールを無理なく食べられるようになるかもしれません」
これは離乳期に発生する”食わず嫌い”を回避する方法として役立つ可能性を秘めています。
次のステップは、胎児が時間とともに好みでない味に”否定的”な反応をしなくなり、その結果、出生後にそれらの味をスムーズに受け入れるようになるかを明らかにすることです。
この方法が確立されれば、生まれる前から子供の好き嫌いをなくすようにできるかもしれません。
※この記事は2022年9月に掲載したものを再編集してお送りしています。
参考文献
First direct evidence that babies react to taste and smell in the womb
https://medicalxpress.com/news/2022-09-evidence-babies-react-womb.html
元論文
Flavor Sensing in Utero and Emerging Discriminative Behaviors in the Human Fetus
https://doi.org/10.1177/09567976221105460
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。