VWの電動車の新ブランドが「ID.」である。そのトップを切って登場するのが「ID.3」。現行のICE(内燃機関)を搭載するVWの多くが使う「MQB」ではなく、電動車両用の新しい技術基盤である「MEB」を使うID.3。発表資料と写真から、その中身をジャーナリスト、牧野茂雄が読み解く。その後編。



TEXT◎牧野茂雄(MAKINO Shigeo)PHOTO◎VW

自動車の街・ツヴィッカウで「ID.3」は造られる

ドイツ東部ザクセン州ツヴィッカウ(Zwickau)にあるVW(フォルクスワーゲン)車両工場で「ID.3」のパイロット生産が行なわれている

 ドイツ東部ザクセン州ツヴィッカウ(Zwickau)にあるVW(フォルクスワーゲン)車両工場で「ID.3」のパイロット生産が行なわれている。この地にはかつて、のちにアウトウニオン(現アウディ)の一角を占めるホルヒが工場を構えていた。東西ドイツ分断の時代には東ドイツ領となり、ホルヒの工場を接収した政府がVEBザクセンリンク社に工場を貸与しここでトラバントの生産が行なわれていた。昔からの「自動車の街」で「ID.3」は生産される。

 写真(15)は工場外観。写っているのは全体の半分程度だ。ここにIDブランド用の生産ラインが2ライン敷かれる予定で、1本目のラインで「ID.3」のパイロット生産が行なわれている。すでに200台以上が生産されたという。

 写真(16)は床下収納されるメカだ。画面左が前方で。前輪まわりにはストラットサスペンション、ステアリング、コンプレッサーなど空調関係、前輪用油圧ブレーキ関係などがまとめられる。中央は電池モジュール。後輪まわりはドライブシャフト、パワーエレクトロニクス関係などがまとめられる。前輪まわり/電池/後輪まわりがそれぞれモジュールであり、サブアセンブリーステーションで組み立てられてからこの写真のように連結される。



 興味深い点は、青い矢印で示したステアリングロッドが前軸よりも前側に位置する「前引き」である点だ。通常、前輪駆動車は「後ろ引き」と言って前軸よりも後ろ側にステアリングロッドがある。「前引き」を使うのは後輪駆動車である。「ID.3」は後輪駆動なので前引きステアリングだ。そしてエンジンのような大物がステアリング機構の周囲にないということは、インターミディエイトシャフトの通し方も楽になる。コキコキと折れ曲がったステアリングにはならない。この点はハンドリング面で有利になるはずだ。

写真(17)

 写真(17)(18)はボディ。通常のモノコック構造であり、プレス成形した大小さまざまな形状の薄板を接合してボディが構成される。写真(17)はフロントボンネットからバルクヘッド(車室隔壁)、フロントフロアであり、赤い矢印で示した部品がサイドシルだ。おそらくサイドシルはアルミ合金製と思われる。そう考える理由は、黄色で囲った部分がセルフピアシングリベット(SPR)、青で囲った部分が抵抗スポット溶接と、接合方法が異なる点だ。鋼製ブラケットを共有し、上側は鋼と鋼、サイドシル側は鋼とアルミという接合に見える。緑の矢印の部分が前輪ホイールアーチ内のフロントサイドメンバーである。

写真(18)

 写真(18)はリヤフロアから後輪ホイールハウスにかけてのボディ後半部分。緑の矢印はリヤサイドメンバーであり、写真(17)のサイドシルの延長が写真(18)の赤い矢印部分である。サイドシルの内側にある鋼板はほかと比べて色が黒っぽいが、おそらく熱間成形(ホットスタンピング)材と思われる。熱間成形は鋼板を高温に熱した状態で金型で成形する方法であり、もとの鋼板の強度を3倍程度に高めることができる。手間はかかるが効果は大きい。写真(18)に緑の矢印で示したリヤサイドメンバーの中間まで熱間成形材が使われていると考えてよいだろう。その後ろに接合された色の薄い鋼板は通常の冷間成形であり、おそらく強度も低い。後部衝突時に「つぶれる」ことで衝突エネルギーを吸収する役割を負う部分である。



 また、写真(18)に筆者が書き込んだ青いワクと矢印は後席シートの座面の下であり、ここが電池容量77kWh仕様の追加電池収容スペースと思われる。この真下が後輪まわりモジュールの前端部分であり、追加電池のスペースとしては都合がいい。黄色い矢印で示した部分は、車室内に張り出すダンパー(ショックアブソーバー)のトップマウント部分である。ダンパーとコイルスプリングは後方側ロワーアームの上に別べつに配置され、ダンパーは車室内で、スプリングはリヤサイドメンバーで、それぞれ受ける構造と思われる。

 写真(19)は車室の床部分である。画面下側が車両前方だ。緑色の矢印で示した部品、床幅いっぱいに2本並んでいるのが前席シートレールの取り付け部分を兼ねたクロスメンバーだ。側面衝突の際に車室床の変形を防ぐ、横方向の突っ張り棒である。また、この写真に写っているのはインナーと呼ばれる「内側」部分であり、青い矢印の部分を見ていただければ「鋼板の薄さ」がおわかりいただけると思う。この外側にアウター(外側)とボディ外板が接合される。赤い矢印は写真(17)(18)で示したサイドシルである。



 組み立て中のボディを見るとき、注意すべきは素材の色だ。色の違いが素材の違いと言ってもいい。日本では薄い鋼板に亜鉛めっきを施したGA(合金化溶融亜鉛めっき)鋼板が多用されるが、欧州はほとんどGAを使わない。逆に欧州は重要な部位に熱間成形を使うが、日本は使用頻度が欧州よりずっと低い。

 日本は接合のほとんどを抵抗スポット溶接で行なうが、欧州はレーザー線溶接や構造接着剤も使う。という違いが自動車ボディ製造工程に見ることができる。ただし、この「ID.3」と通常のゴルフとの間に何か大きな使用素材の差があるかというと、それは確認できない。

 IDシリーズのボディ溶接ラインは、ロボットがすべてKUKA製、溶接制御装置はLEONI製、スタッド溶接ヘッドはTUCKER製である。写真(20)がスタッド溶接設備。黄色い枠で囲ったようにねじを立てて平面に溶接する。写真(21)はクランプ式の抵抗スポット溶接ヘッドを持ったロボット。黄色く囲った部分で鋼板を両側からつまみ、圧力をかけながら電気を流して溶接する。

写真(22)

写真(23)-1

 写真(22)(23)はアンダーボディのメカ部分。写真(22)は画面左が車両前方。赤い矢印で示した「とんがり棒」はボディと合体させるときのガイドだ。電池モジュールの下、青い矢印で示した棒は電池モジュールを持ち上げているスペーサーであり、このままの状態でボディに合体され、この棒の高さ分の空間を利用してねじ留めロボットが腕を伸ばし、ボディへの締結を行なう。もちろんこの棒は車体側には残らない。写真(23)は駆動系とリヤサスペンション、モーター制御系をまとめたモジュールで、赤い矢印で示したとんがり棒はボディとの合体のときの位置決め用だ。

写真(23)-2

 リヤサスペンションは、基本的にはアッパー側2本、ロワー側2本の合計4本アームで前後/左右4方向の動きを規制するダブルウィッシュボーンと考えてよいと思うが、後方側のアッパーアームとロワーアームをつなぐリンク(写真23の青い矢印)と、前方側アッパーアームとロワーアームの中間位置にトーコントロールリンク(写真23-1/23-2の緑の矢印)があり、マルチリンクという解釈も成り立つ。トーコントロールリンクは極端な片持ち支持であり、ほかのVW車の設計方法と照らし合わせれば圧縮(左右)方向の力だけを受ける配置ということなのだろう。

写真(24)

写真(25)

 写真(24)はボディとアンダーフロア部分の合体、いわゆるマリッジ工程である。とんがり棒が所定の位置に来ると下からアンダーフロア部分が持ち上がりボディに接近していく。写真(25)は合体最終時点の前方部分クローズアップ。青い線で囲った前側部分は、オレンジ色の台座やガイドボルトなどがそのまま組み立てジグを兼ねていると思われる。電池モジュール下で支えているスペーサーの様子がよくわかる。

 合体が終わるとハンガーに吊り下げられたまま次のステーションへ向かう。黄色い線で囲った部分がエアコンのコンプレッサー、青い線で囲った部分が電動パワーステアリングのモーターと思われる。青い矢印で示した部分がステアリングロッド。さらに近寄ってみると写真(27)のようになっている。ステアリングはピニオンドライブと思われる。ハンガーで運ばれる写真(28)を見るかぎりは「普通のクルマ」だ。写真(29)はフロントサスペンションのダンパートップマウントをボディにねじ留めする工程。同時に赤い線で囲ったロボットが電池モジュールの下に入り込み、電池モジュールをボディにねじ留めする。

 写真(30)はボディの歪みを見るセンサーによる完成検査ライン。ただし、フロントガラス手前のボンネット上には未装着の部品がありワイパーもエンブレムもまだ着いていない。この後の工程は、VW提供の動画ではかなり省略されており、写真(31)のフロントエンブレム装着で製造工程の動画は終わる、写真(32)はボディ右側後方にある充電口。最後の写真(33)は塗装検査ラインだ。

情報提供元:MotorFan
記事名:「 発電LCA(ライフ・サイクル・アナリシス)の重要性を主張するフォルクワーゲン:「ID.3」仮想分解