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マツダの水素RE(ロータリーエンジン)の可能性を再び考えてみる


自動車はぜんぶ電気で走らせればいい……こんな声が聞こえてくる。水力発電だけで国中の電力をほぼまかなえるノルウェーなど、一部の国ならできるかもしれない。しかし、全世界が「電気」一本槍になるのは危険すぎる。電気プランAとして電動化をメインで推進するにしても、プランB、プランCくらいは用意しておく必要がある。では、なにが有効か。ひとつは水素=H2だ。水素を燃料として「燃やす」ICE(内燃エンジン)は、すでに20年前に実用レベルに達していた。その最適解がRE=ロータリーエンジンである。


TEXT◎牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

水素がガソリンと同じように簡単に手に入るようになったら、H2エンジンは成立するのか

水素をエネルギーとして使う——真っ先に思い浮かべるのはFCEV(フューエル・セル・エレクトリック・ビークル=燃料電池電気自動車)だ。水素を使って発電し、その電力で電動モーターをまわす。排出物は水だけ。日本国内ではトヨタ「MIRAI」やホンダ「クラリティ」が走っている。路線バスも実用化されている。




課題は水素を「どうやって作るか」だ。ひとつは改質。ガソリンと軽油の成分は半分以上が水素分子であり【図1】、これを分解して水素を取り出す方法が「改質」である。触媒を使って水素を取り出し、これをICEでの燃焼に利用しようという研究が進められている。

【図1】 黒い丸が炭素原子、白い丸が水素原子。ガソリンや軽油はこのように炭素と水素が連なった分子が成分のほとんどを占める。この図はC7H16=ヘプタン。Cが3つに場合はプロパン、Cが4つの場合はブタン。この分子に酸素が高温下でくっつき、炭素と水素の連鎖を分解するのが「燃焼」である。

現在のICEでも、燃焼済みの排ガスを使ってガソリンから一定量の水素を取り出して使うことができる。また、燃料電池車の燃料にガソリンを使い、このガソリンの中から水素を分離し、発電に使うという方法もある。ただし、改質は残った炭素=C成分が「ほかの何か」と反応してしまい、完全なクリーン燃料とは言えない。




これとは別に、太陽光発電など再生可能エルギーによる発電で得た電力を使って水を電気分解してH2を得る「e-fuel」や、同様に再生可能エネルギーを使ってCH4(メタン)燃料を生成する「e-gas」などが実証実験の段階に入っている。これは炭素とは無縁のクリーンエネルギーであり、これは「グリーン水素」と呼ばれている。

炭素成分を発生してしまう水素は「グレー水素」と呼ばれ、欧州はファンドや欧州企業を使ってグレー水素を排除しようとしているが、厳密に言えば完全なグリーン水素など存在しない。人間が何らかの道具を使ってエネルギーを得るとき、そこでは必ず別のエネルギー消費や廃棄が発生する。グレーで始めてグリーンに近付ける努力を惜しまなければ事態は徐々に改善されるはずだが、欧州(具体的にはEU委員会)はそれもNOという。その割には、自動車からのCO2(二酸化炭素)排出は「走行段階でゼロならよろしい」という二枚舌を使う。

では、水素がガソリンと同じように簡単に手に入るようになったら、H2エンジンは成立するのか。




日本の産業技術総合研究所が中心となり川崎重工、海上技術安全研究所、東京都市大学、早稲田大学などと共同研究した大型商用車向けのPCC(Plume Ignition and Combustion Concept:過濃混合気点火方式)=【図2】は、内閣府が主導した戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の中の「エネルギーキャリア」部門で実現した。2018年のことであり、乗用車用ガソリンエンジンの「革新的燃焼技術」と同時期の研究だった。

【図2】 産業総合研究所のホームページより。着火しやすい水素の火炎をできるだけピストン冠面およびシリンダー壁面に触れさせないための工夫である。将来は定置用発電エンジンへの応用も計画されている。

これは燃焼室内に水素インジェクターを置き、その近傍に点火プラグを置く方式だ。ピストン冠面はディーゼルエンジのように大きくえぐられ、水素が拡散する前に着火させることで水素の「欠点」を克服しようというアイデアだ。




水素の欠点は「着火しやすさ」だ。最小点火エネルギー(最小限これだけのエネルギーがあれば周囲のO2=酸素と反応して燃焼を始めるというエネルギー量)は0.02J(ジュール)。ガソリンは0.24Jだから、ガソリンより12倍も着火しやすい。燃料を噴射するとすぐに燃えてしまう。だから扱いが難しい。




PCCは筒内直噴ディーゼルエンジンのように、インジェクターから噴霧された水素を拡散前に燃やしてしまう。だからシリンダー壁面やピストン冠面に火炎が直接ぶつかる量が少なく、冷却損失を抑えられる。ラボ(研究室)段階ではあるが、正味熱効率は最大54%に達している。

【図3】 この図はモーターファンイラストレーテッド編集部がVMS主催者に料金を支払って購入した論文集からの抜粋であり、転用はご遠慮願う。水素供給系統以外は通常の排気量2.0ℓの直4ICEである。

2020年には独・ボッシュが第41回VMS(ウィーン・モーター・シンポジウム)で水素ICEの研究論文を発表した。【図3】がその概要である。λ(ラムダ=空気過剰率。λ=1が理論空燃比)=2以上、つまり水素の理論空燃比の2倍の空気を使って燃焼されるリーンバーン(希薄燃焼)であり、こうすることで水素の「着火しやすさ」を抑えるという方法だ。




【図3】からわかるように水素はポート噴射(PFI)と筒内直噴(DI)の両方を使う。ターボチャージャーで過給し、空気を大量に供給し、PFIで一定量の水素を噴いておき。吸気バルブを閉じたあと、圧縮行程の終端でDIを行なう。ただしNOx排出や冷却損失に配慮すると正味熱効率は37%止まりだった。ボッシュはλ=3.5までの広い領域と大量EGRの利用も含めたで研究を続けており、大型商用車での実用化をめざすという。

ロータリーなら弱点がメリットになる

シリンダー内でピストンを上下させるレシプロICEの場合、水素の「着火しやすさ」は非常に厄介だ。運転中のICEの筒内はつねに高温であり、水素を噴くそばから着火してしまう。しかし、ロータリーエンジン(RE)は違う。




【図4】はREの作動を示したものだ。吸気行程で吸い込んだ新気(燃焼前の新しい空気)がローター(B)の回転によってローターハウジング(A)内を移動しながら圧縮される。レシプロエンジンでは吸気行程と圧縮行程は明確に分かれているが、REには吸気バルブがなく、ローターと平行な部分のローターハウジングに開いた穴から空気が入ってくる。

【図4】 レシプロICEで言うピストンがREではローター(B)、シリンダーがローターハウジング(A)である。ローターハウジングはローターを左右から挟む面と、ローターの厚みに対応する面(ここがレシプロICEではシリンダーヘッド))とがある。ローターを2個使う2ローターの場合は、このローター/ローターハウジングを横に並べる。

点火・燃焼(図には爆発と書いてあるが、筆者は爆発という表現が嫌いなので燃焼とする)行程では、点火プラグの火花がによって着火され、燃焼が始まり、燃焼済みのガスが排気行程でローターハウジングの外に排出される。排気バルブはなく、ローターの回転によって「掃き出される」という感じだ。そして、この排気行程の反対側ではつぎの吸気行程が始まる。




レシプロICEとREの決定的な違い。それは「吸気」「圧縮」「燃焼」がそれぞれ別の場所で行なわれるということだ。ローターはつねに燃焼の熱にさらされるから、運転中は熱い。しかし、吸気が行なわれる場所は燃焼が行なわれる場所とは違う。そのため、ローターハウジング内に吸い込まれた新気がいきなり高温にさらされることがない。

このことは、ガソリンを使うREでは「欠点」だった。熱効率が良くない。しかし「着火しやすい」水素を使ううえでは、じつに都合がいい。レシプロICEの場合、吸気、圧縮、燃焼は同じシリンダー内で行なわれる。前行程での「燃えかす」を排気行程で追い出し、カラになったシリンダーに吸気行程で新しい空気を入れる前に燃料と空気をあらかじめ混ぜておくPFIか、あるいは圧縮行程で混ぜるDIか、いずれかの方法で混合気を作る。水素の場合、まずはこの選択が難しい。ボッシュは両方を使った。




DIの場合、燃焼しやすい水素は、前行程の排気を追い出した直後のシリンダー内に入れた途端、筒内の「熱を帯びた場所」に触れて自然に発火してしまう。これが異常燃焼=バックファイアである。バックファイアを防ぐ手段のひとつはリーンバーンであり、これもボッシュがチャレンジした。しかし、実験エンジンではλ=1.8でも2000rpmやや下で18bar程度のBMEP(正味平均有効圧)にとどまり、λ=2.2の場合は低回転側でさまざまな制御を行なってもBMEPは15bar弱がやっとだった。

いっぽう、λ=1.5まで水素濃度を濃くするとNOx(窒素酸化物)が多く出てしまうほか、バックファイア領域に近くなる。空気中のN(窒素)と、燃料中の水素と反応しないで残っていた酸素がくっ付いてNOxになるという現象は、ガソリン/軽油の場合と同じである。しかしNOxに気を遣うとトルクの薄いエンジンになってしまう。




ところが、吸気/圧縮/燃焼のそれぞれの行程がべつの部屋で行われるREの場合、バックファイアが起きるような「熱い場所」がない。レシプロICEでは排気バルブの周辺が筒内でもっとも温度が高くなるホットスポットになるが、REには排気バルブもない。

かつてBMWが1990年代に開発した水素ICEは、ホットスポット対策に苦労した。REはその心配がない。新気を吸い込んだ部屋が移動するため「熱が逃げてしまう」というガソリンREに欠点は、水素利用では大きなメリットに変わるのである。




もうひとつ、水素そのものを燃焼に使う場合の共通メリットがある。水素をFCEVで使う場合は99.99%という高純度が求められるが、ICEなら70〜80%で充分なのだ。おそらく、最適な制御をすれば水が混ざっていても問題ないだろうと思う。

マツダが1991年に発表したHR-Xに搭載していた水素ロータリーエンジン
それ以降もマツダは水素REの開発を続けていた。

筆者がマツダの水素RE研究を初めて取材したのは1991年だった。製鉄所で出る余剰水素を分けてもらい、1989年から研究を重ねていた。さまざまなデータを取り、燃焼の速さにも1991年の時点で気付いていた。測定技術が進歩した結果、水素は前述の最小点火エネルギーが極めて小さいだけでなく、空気と混ざって混合気になったときの層流燃焼速度もガソリンと空気を混ぜた混合気よりすこぶる速いことも突き止めた。ガソリンはλ=1で40cm/秒だが水素はλ=1で265cm/秒という燃焼速度だ。2008年時点でマツダは、これを確認していた。




現在、マツダでの水素RE研究がどうなっているのだろうか。継続されているようにも聞いているが、詳細はわからない。しかし、水素を「燃料」として使うICEは、有望なパワープラントである。そして、そのなかでもREはマツダが知見を蓄積した「実用化最短候補」である。車載用としてだけでなく定置用発電エンジンとしても使える。

【図5】 ル・マン24時間を闘ったREは3プラグだった。↓の部分に水素インジェクターを置くと、レシプロICEで言うポート噴射とDIの中間のような性格になるのでは?(素人発想です)

さらに夢をふくらませると、【図5】のようなインジェクター配置(↓)の3プラグ方式も考えられる。マツダがル・マン24時間レースを制したときのマシン「787B」に搭載されたエンジンは3プラグだった。高エネルギー点火ではなく点火後の火炎の「流れ」をコントロールするための3プラグ時間差点火で水素直噴REを作る。筆者の素人発想に過ぎないが、なにせ、燃焼室部分のローターハウジング面は場所が豊富にあるのだ。

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