吾輩はスズキ・ジムニーである。1986年の生まれで、型式はM-JA71Cだ。金属のルーフもエアコンもない、切替え式のパートタイムの四輪駆動車である。錆も進み、あちこちがへこんでいるので、ゆっくりと余生を送ろうとしていたが、週に1回、旅に出ることとなる。最近は木製カヌーを積んで出掛けることが多くなった。まだ春前だと言うのに。
TEXT &PHOTO◎伊倉道男(IKURA Michio)
このカヌー、カヤックで水をかく道具が「パドル」だ。「春のうららの隅田川」で始まる滝廉太郎作曲の「花」。「櫂の雫も花と散る」のカイである。「知ってるよ!」と言われるだろうが、では「パドル」と「オール」はどう違うのか? これは「ボート」と「カヌー、カヤック」の違いに由来すると同じで、舟の生まれた場所の違いであろう。進行方向に背を向けて漕ぐタイプの舟がボート、その櫂が「オール」。進行方向を向いて漕ぐのが「カヌー、カヤック」でその櫂が「パドル」と吾輩は理解している。
この「パドル」にも2種類ある。水をかくプレートが「パドル」の両側に有る物を「ダブルプレートパトル」。片方がプレート、もう一端はグリップとなっているものを「シングルプレートパトル」と言う。よく目にするカヤックの競技で見られるパドルは、「ダブル」である。「パドル」で、例えば左を漕ぐと舟の進行方向は、右を向いてしまう。次に右を漕げば左に振れる。「ダブルプレートパドル」の場合、この左右の振れの中央に進むべき方向を設定してやれば良いことになる。風や水流があり、舟の方向が定まらない場合は、左を2回漕ぎ、右を1回と変化をつけて舟の進行方向を決めていく。
では、「シングルプレートパドル」の場合はどうなのか、左を漕いで次に「パドル」を右に移し、交互に漕ぐということはしない。ほとんど同じ側を漕いでいるのに、舟はまっすぐに進んでいるように見える。本来、左だけを漕いでいるのなら、舟は右回転で弧を描いてしまうはずである。
「シングルプレートバトル」の場合、漕いだ後に「パドル」をすぐに水面から上げず、プレートを水に当てておき、方向蛇として舟の向きを調整する。ただ漕いでいると思われるが、「ダブルプレートパドル」、「シングルプレートパドル」、どちらも多くのテクニックが存在している。水の流れや風の状況に合わせて、テクニックを使い、進んでいるのである。
クルマの世界にもレースやラリーなど、競技の分野があるように、「カヌー、カヤック」の世界にも競技が存在している。そのなかのひとつに「カヌーフリースタイル」がある。45秒間で、波や高低差のあるコースのなかで、点数の決められた「技」をどのくらいで達成できるかだ。採点方法はフィギアスケートに近いかもしれない。
実は先日、この「カヌーフリースタイル」を楽しんでいる人を見かけたのである。パドルの扱いと体重移動で、カヤックは空中で回転、水中で回転する。少し時間を頂いてお話をさせて頂いた。ところがなんとそのお話をして頂いた人は、「カヌーフリースタイル」の日本代表である「高久瞳」さん。ワールドカップチャンピオン、2019世界選手権金メダル・銀メダル。そう、世界一の「カヌーフリースタイル」のテクニック保持者である。お願いをして、その驚きのテクニックをカメラに収めさせて頂いた。
揺れ動く東京2020オリンピックではあるが、そのなかでアスリート達は、開催される前提で練習をしている。アスリート達の笑顔の後ろには、一時も気を抜かず、自らを高める努力が隠れている。これは、クルマの競技の世界も同じである。一流のレーシング・ドライバーが、朝、徒歩でコースの路面状態を確認する。そう言えば、映画「トップガン」でも、パイロットであるトム・クルーズが、機体をチェックするシーンがあった。メカニックを信頼していない訳ではない。確認を怠らないことが重要なのだ。
人を惹きつける華やかなシーンにスポットを当てることはもちろん大切だ。だが、朝焼けの中でコースをチェックするレーシングドライバー。マシンを調整するメカの指先、そんな映画のようなオープニングも魅力的である。
最後に貴重な練習時間を割いて、お話をして頂いた「高久瞳さん」。心より感謝いたします。
ー吾輩はスズキ・ジムニーである。型式はM-JA71C。名前はまだない。ー
現在のように外出自粛が呼びかけられている時代は、「なるべく自分のことは、自分ですること」が注目を浴びる。ソロキャンプが注目を浴びているのも、その理由のひとつだろう。
だが、「プロのテクニックを知る」ことも重要であり、実は今、そのチャンスでもある。「基地の街」福生にある(株)大多摩ハムの技術を、手を加えずに味わってみる。ソーセージ、ベーコン、ロースハムを買い込んだ。