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サスペンション・ウォッチング | スバル1000:温故知新の「センターピボット方式」はいかなる発想で生まれたのか


日本車における本格的な前輪駆動車の嚆矢・スバル1000。その懸架装置には多くの工夫が凝らされている。現代にも通じるその設計思想を実車から眺めてみよう。


STORY:國政久郎(KUNIMASA Hisao) TEXT:松田勇治(MATSUDA Yuji) PHOTO:住吉道仁

 この連載でも過去にとりあげたが、プジョー407や、ルノー・メガーヌやトゥインゴのルノースポール・バージョンは、フロントに「実存転舵軸型」サスペンションを持っている。これらは、転舵軸(上下アームの外側ジョイントを結ぶ線。キングピン)とタイヤ断面中心線がほぼ一致する「センターピボット方式」でもある。




 ハブ側の操舵/転舵に関する機構と緩衝のための機構を物理的に分離し、サスや車体の動きによる舵への影響を排除して、舵の正確さを保つことが目的だ。そして、このようなサスペンションの祖といえるのが、1966年に登場したスバル1000である。




 1990年代から「マルチリンク式」と呼ばれるサスペンションが増加してきたのはご存知の通り。最初に「マルチリンク」を名乗ったのは、リヤサスの構成要素をすべてリンクとした1982年のメルセデス・ベンツ190E(W201型)。その基本構成は、現在に至るまでのメルセデスに受け継がれている。

マルチリンク構成の狙いは、動的アライメント変化においてゴムブッシュなど弾性体の影響を排除し、リンクによって精緻に制御することだ。さらに分割リンクによって仮想化された転舵軸と、リンク構成ゆえの配置自由度の高さを活かし、トーやキャンバー制御の自由度が高い点もメリットとされてきた。ちなみに本連載でも、仮想転舵軸を持つことを「マルチリンク」の定義としている。




その後、多くのメーカーが追随し、特にスポーティ系車両への採用が進んだことで、マルチリンク式サスは高性能サスペンションの代名詞的なイメージを持たれるようになった。しかし、その半面でネガティブ要因も浮き彫りになってきた。簡単にまとめると、複雑に配置されたリンク間の力の干渉や、ボールジョイント増加によるフリクション増大がサス全体の作動へ及ぼす影響、ブッシュ点数増加による剛性低減から来る位置決め精度の問題などだ。




昨今は強化された衝突安全基準への対応のため、車体が大きく、重くなっている。それを支えるタイヤ/ホイールも大径化が進み、ばね下重量の増加に応じたタイヤの保持剛性が要求されるようになってきた。最近、アッパー側をリンクではなくアームとするものが増加傾向にあるのは、この影響である。




対して、異なるアプローチによって時代の要求に応えようとしたものが、プジョー407などの転舵軸実存型サスである。そして文頭にも記したように、これは40年以上も前にスバル1000が採用していた、まさに温故知新の構成なのだ。

今回、富士重工業の協力によって、社内でレストアされたスバル1000の見学・試乗が実現したのだが、あらためてじっくりと観察したスバル1000が、実に論理的な構成であることを再認識させられた。パワーアシストがなかった当時の必然的帰結とも言えるが、前輪に駆動力を持つクルマのサスとして、これ以上のものはない、とさえ思わされた。




センターピボット式のメリットは数多い。まず、転舵軸周囲の質量の配分が良好な状態になる。正面視での転舵軸の傾きが強いと、転舵軸の接地点を境にした内側と外側のタイヤ/ホイール質量の差が大きくなる。このアンバランスは、路面からの入力が来るたびに反対側の車輪にも振れが伝わるモーメントを生じさせる。つまり、タイヤ/ホイール自体のまっすぐ転がろうとする動きに外乱が入る。




当然、直進性は悪化するし、タイヤ接地面も安定しないから、保舵に必要な力が大きくなる。また、質量の不均衡は、転舵に要する力も増大させる。質量の差分が、転舵の行程でウエイトの役割を果たしてしまうためだ。




久々に運転したスバル1000からは、やはりセンターピボット式のメリットをいかんなく発揮している印象を受けた。タイヤサイズを考慮したとしても、操舵に要する力が、パワーアシストなしのFF車としては例外的に小さい。車庫入れなど、極低速での取り回しもごく自然に行なえる。

記憶を上回って好印象だったのが、走行中にクルマから伝わるしっかり感だ。車体だけではなく、細部まで局所的剛性感が高く、サスの作動が実感しやすい。4つのタイヤが不要な動きを見せず、ひたすらまっすぐ転がっていく感覚がダイレクトに伝わってくる。ドライバーとクルマの間の情報交換が密だからクルマを信頼できるし、自信を持って操作できる。この感覚こそが、スバル車に熱烈なファンを生み出してきたポイントではないだろうか。




それにしても、はたして現代のFF車で、このレベルに達しているものがどれだけあるか......と考えさせられてしまった。アシストや制御を前提とするのではなく、やはりすべてのベースとなるものは「理にかなった構造」であるべき、との思いを強くした。

フロントサスペンション:ダブルウィッシュボーン

ロワー側がAアーム、アッパー側はリンクによるダブルウィッシュボーン構成。ダンパーのロワーマウントはアッパーアーム上に設けられ、ばねはトーションバーをアッパーアーム根元に接合、前方に伸ばした先にカム式の姿勢調節部でフレームに固定される。

フロントサスペンションの部品構成

センターピボット方式で、キングピンオフセットは5.5mm、キングピンとCVJ中心のオフセットは15.5mm。行き場のなくなったブレーキドラムは、トランスミッション横に配するインボード構成とした。ドライブシャフト長さを長く確保でき、CVJの振れ角を小さく抑えることができた。ボールジョイントが石はねや泥はねから保護されることも、当時の道路事情では大きなメリット。

写真右上が車両進行方向。インボードブレーキドラムの前を横切っているのがサブフレームのパイプで、パワーパッケージ、駆動系、サスペンションはすべてこのフレームにマウントされる、モジュール構造となっている。灰色のパイプはエキゾーストマニフォールド。

写真右下が車両進行方向。ダブルオフセットジョイントの配置、ダンパーの上下取り付け位置などが見て取れる。ロワーアームのハブ側端にはキャンバー/キャスター調整用の偏芯六角カムがボルトで固定されている。ハブキャリアや各部ジョイントの剛性も高そうだ。

写真左が車両進行方向。登坂時などの前輪荷重確保のため、エンジンはパイプフレームより前に搭載。エンジンならびにトランスミッションのマウント方法が見て取れる。また、パイプフレームの太さも理解できるだろう。

フロントセクション

パワーパッケージと駆動系、さらにサスペンションをパイプフレームに載せた「フロントユニット」。写真上方が車両進行方向。車体との結合は4点で、シトロエンDS19、パナールPL17などと似た構成となった。当初はプレスフレームで構想していたが、うまくまとまらなかったため、空間占有率が少なくて済むパイプフレームを採用した。パイプの材質はSTK48で、外径50.8mm、肉厚2.6mmのもの。このパイプを横方向にほぼ水平に置き、エンジンコンパートメント側端部で垂直方向に折り曲げてU字形としている。その頂点には車体側にゴムを介してサスの上下荷重を伝え、その隣にダンパーのアッパーマウント用ブラケットを設けた。アッパーアーム根元でトーションバーを結合して前方に伸ばし、カム式の姿勢調節部でフレームに固定される。

リヤサスペンション:トレーリングリンク

リヤセクションとサスペンション

トレーリングリンク式で、左右を連結する中央部に「センターアーム」を持つ構成。居住性と荷室スペース確保のため、非常にシンプルかつコンパクトにまとめられているが、フロントと同様、ユニークかつ凝った構成である。写真上方が車両進行方向。独特の構成で話題になることが多いフロントサスペンションに比べて、リヤサスはあまり話題に上らない印象があるが、ここにも開発陣の知恵がいかんなく発揮されている。

基本はトレーリングリンク式で、左右間を連結する「リヤクロスメンバー(写真で燃料タンク下に見えるアクスル、下図12)」内部にトーションバー(下図7、8)を仕込み、トレーリングリンク根元に締結している。つまり、機構としてはトーションビーム・アクスルに近いものだが、左右独立懸架となっていることが特徴。またクロスメンバー中央部にはセンターアーム(右図21)ならびにセンターコイルスプリング(下図22)を備える。リヤサスの構造的にロールセンター高さがアクスルと同じになるので、フロントとのロール剛性のバランスを取るためにセンターコイルスプリングを採用した。また、センターアームを備えることで車高調整を可能としている。アンチロールバーは採用していないが、内蔵トーションバーとセンターコイルスプリングによって同等の効果が得られる点も強調しておきたい。機構的には、最初期のポルシェ911が採用していたフルトレーリング式サスとまったく同じ構成といえる。

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