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「隣に座っている人」を傷つけない。VWのEV、ID.3に採用されたセンターエアバッグとは何モノか?


VW(フォルクスワーゲン)の電動車「ID.3」が、欧州の自動車安全性アセスメントであるユーロNCAPで衝突安全性最高評価の★5つを獲得した。★5つそのものは珍しくはないが、その試験ムービーを見て目を引かれたのは、運転席と助手席の間に開いたセンターエアバッグだった。ファーサイド・オキュパント・プロテクションという新しい乗員保護要件への対策である。


TEXT◎牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

2020年のユーロNCAPでは、側面衝突の際に運転席乗員と助手席乗員が接触するケースを想定したファーサイド・オキュパント・プロテクション(日本語に直訳すると反対側乗員の保護、以下=FSOP)について参考値の収集を始めた。現時点では「オマケ」であり、より進んだダミーが普及し始めた時点で正式項目に加えることが検討されている。

ダミーとは衝突実験に使う人体を模した人形であり、骨格はほぼ人体に忠実に作られている。とくに頭部、頚椎(けいつい=背骨の最上部、首の部分)、胸部は精巧に作られており、腰部、大腿部(太もも)、下肢、足首の精巧なパーツも開発されている。内蔵されるセンサー類は、最新のTHOR(ソア)と呼ばれるダミー(写真1)では144チャンネル以上におよぶ。

(写真1):開発が終了したばかりのTHOR(ソア)ダミー。現在の主力であるハイブリッドIIIに比べて計測できる項目は圧倒的に多く、首・肩・肋骨の部分の構造は「ほぼ人体に忠実」と言われる。ただし価格はセンサー類抜きのベース価格で1体1億円以上だ。

計測装置であるダミーの進化によって、従来は観察できなかった衝突試験時の人体影響がいくつも解明されてきた。THORダミーの性能は「画期的」と言われており、より多くの人体損傷データをもたらしてくれることが期待されている。また、側面衝突試験に使われるSID(サイド・インパクト・ダミー)の改良も進められており、これが実用化されると側面衝突時に「隣の乗員」に与える影響をかなり正確に計測できるようになると言われている。




改良型SIDの登場を前に、ユーロNCAPではFSOPの観察を始めている。どのようなデータを収集しているのかは明らかにされていないが、欧州でもっと権威のある「一般公開を目的とした自動車の安全性評価プログラム」であるユーロNCAPがFSOPに注目しているということは、いずれはEUの衝突安全基準にこの項目が追加される可能性が高いと見るべきだ。

今回、ユーロNCAPが公開したVW「ID.3」の衝突試験ムービーは、側面衝突のとき運転席・助手席の乗員が互いに「隣に座っている人」にどのような影響を与え、それを防ぐにはどのような対策が有効なのかを知るヒントを与えてくれた。そのムービーを紹介する。

今回のテスト車であるID.3は車両重量1857kg。バッテリーを大量に積むBEV(バッテリー電気自動車)は、ゴルフと同じCセグメントながら車両重量は通常盤ゴルフ7代目の1240〜1320kgよりかなり重たい。重たいと思ったゴルフR7速DSG仕様は1510kg、日本仕様のe−ゴルフは1590kgだった。車両重量の2乗に比例して衝突エネルギーは大きくなる。




ムービーから抜き出した静止画をご覧いただきたい。まず(写真1)は前面5対5(50%)オフセット衝突だ。対向車がセンタラーンを超えて突っ込んできた、あるいは自車がセンターラインを超えて対向車へと突っ込んでいった。そういう場面を想定している。EU、アメリカ、日本ともに車両全幅のうち運転席側40%を前方の丈夫な固定壁に取り付けたDB(デフォーマブルバリア=衝撃を受けると変形するバリア)にぶつける6対4(40%オーバーラップ)オフセット試験が法規で義務付けられているが、ユーロNCAPではちょうど車両中心線までをオーバーラップさせる5対5試験を導入した。

(写真2):スウェーデンのイエテボリ市にあるボルボ・カーズ本社の衝突実験設備。さまざまな方向からの衝突に対応できるよう設計された施設であり、供用は2000年から。床がガラス張りになっているのはムービー撮影のためだ。筆者は6回ここを訪れたが、つねに世界中の自動車メーカーや行政当局、医療関係者などが見学の予約を入れており、その間をぬっての取材だった。

この5対5試験実施に合わせ、MPDB(モービル・プログレッシブ・デフォーマブル・バリア)が採用された。昨年までは(写真2)のように重量のある固定壁にDB(デフォーマブル・バリア)を取り付けていた(写真はボルボ・カーズの設備)。このDBは旅客機の床材に使われているもので、アルミハニカムを縦にして、その上下に薄いアルミ材を貼り、ある程度の重量物を乗せられる床材を流用している。この床材の構造・強度がたまたま「クルマの前部に似ている」との理由でずっと使われてきた。

(写真3):5対5オフセット衝突の直後。エアバッグはフル展開の状態でダミーの頭部が突進してくることに備えている。すでにテスト車両には助手席側への回転モーメントが作用し始めている。

これに対しPDB(プログレッシブ・デフォーマブル・バリア)は、圧壊強度の異なる3種類のDBを重ねたもので、潰れるに連れて潰れにくくなるという特徴を持つ。より実際のクルマのつぶれ方に近いという。このPDBを4輪台車の前面に取り付け、台車が「走れる」ようにしたのがMPDBである。




(写真3)は衝突直前速度50km/hでの5対5オフセット(50%オーバーラップ)試験だ。EUと日本の前面オフセット衝突基準はいずれも56km/hでぶつけるが、ユーロNCAPは重量1400kgのMPDBを試験車とは反対側から50km/hで走行させ、反対方向から50km/hで走ってくる試験車にぶつける。互いに50km/hだから相対速度100km/hという厳しい試験である。

6対4前面オフセット衝突と同様、5対5前面オフセットでも試験車両は運転席側の前方骨格だけですべての衝突エネルギーを受け止めなければならない。そのときにキャビン内に乗員のための生存空間が残されるかどうかを見る試験だ。近年の乗用車はかなり成績がいい。衝突エネルギーを床、サイドシル、Aピラー経由でルーフへと多方向に分散させるマルチ・ロード・パスという設計手法を採り入れているためだ。




この前面衝突試験で計測されるおもな項目は、運転席に座らせたダミー(計測用の人体模型)の頭部・胸部・腰部に加わる加速度(G)、大腿部(太もも)・ひざ・脛骨に加わる荷重である。自動車メーカーによっては足首・下肢への荷重も計測する。乗員にダメージを与えるような大きな力がかかるかどうかをダミーに内蔵したセンサーで測り、その値をベースに安全度を判定する。

(写真4): MPDBが試験車の車両中心線に対し直角に、運転席側へぶつかった直後の模様。運転席・助手席ダミーの身体はMPDB方向に傾いている。ドアと乗員との間の距離が決定的に短いため、カーテンエアバッグが即座に展開して頭部を保護する。センターエアバッグも展開を開始している。

(写真5):(写真4)よりも数ミリ秒だけあとの状態。ドア方向に傾いていた運転席ダミーは反動でほぼ当初の着座姿勢に戻っているが、助手席ダミーは大きく運転席ダミーにもたれかかっている。この状態の数ミリ秒後には、両ダミーは助手席ドア方向に傾くことになる。

つぎの(写真4)は運転席と助手席にダミーを座らせた状態で運転席側の真横にMPDBを60km/hでぶつける側面衝突試験の様子だ。上から見たときにMPDBの中心がちょうど試験車のBピラー位置になるような状態で直角にぶつけている。




この側面衝突試験では、MPDBがドアにぶつかって急激な荷重を与えた瞬間にルーフ(屋根)側からカーテンエアバッグ、座席に内蔵されたサイドエアバッグ、それと運転席と助手席の間のセンターエアバッグが展開した。運転席に座ったダミーの頭部はカーテンエアバッブの効果で運転席ドアの窓ガラス(すでに粉砕されているが)に接触しないで済み、同時にサイドエアバッグの効果で運転席ドアへの接触も避けられた。そして助手席乗員の頭部は、センターエアバッグの効果で運転席乗員を強打しないで済んだ。(写真5)がその模様である。

(写真6):側面に突っ込んできたMPDBはまだ前進している。試験車両の車内では運転席・助手席ダミーが助手席ドア方向に傾いている。しかも、助手席ダミーの肩と胸を見ると、シートベルトのショルダー部分が見えない。助手席ダミーの身体は、とっくにシートベルトをすり抜けてしまっているのだ。側面衝突ではこうした現象が起きやすい。

さらに数ミリ秒の時間を経過した(写真6)では、MPDBが突っ込んできた方向にいったんは傾いた運転席ダミーと助手席ダミーが、こんどはその反動で反対側へと傾いている。しかし、ここでもまだ展開した状態にあるカーテンエアバッグが助手席ダミーの頭部を受け止め、とセンターエアバッグは運転席ダミーの頭部を受け止めている。

FSOPとは、このように「隣の席の乗員に危害を加えない」ための手段であり、側面衝突時には乗員が横方向に大きく動かないように対処する手段を評価する。このとき役に立つのが、左右座席の間に展開するエアバッグだということは、今回のID.3の衝突試験からも推測できる。運転席・助手席のドアガラス側にカーテンエアバッグ、ドアに対してはサイドエアバッグがあるが、さらにセンターエアバッグを追加することで隣座席の乗員との接触機会を減らすことになった(写真7)(写真8)。

(写真7):胸部への横方向荷重を正確に測定するために開発されたSIDは、このように腕の部分が上腕だけになっている。生身の人間では、もっと複雑な動きになるだろう。助手席ダミーの身体はすでにシートベルトからすり抜けている。

(写真8):MPDBの突進によってドアガラスは砕かれ、カーテンエアバッグが車外にまで飛び出している。シートベルトのショルダー部分に拘束され、同時にカーテンエアバッグに守られた運転席ダミーは、かろうじて窓の外まで頭部が傾くのを阻止されている。助手席ダミーは運転席方向への突進を始めている。

ただし、センターエアバッグの効果を正確に測定するためには、SIDの頭部に横方向を中心とした全方位対応の荷重計や加速度計を内蔵しなければならないはずだ。それが行なわれているかどうかは定かではない。ムービーで「それらしい効果」を確認するだけでは、ただの参考に過ぎず、科学的・医学的なエビデンスは得られない。この分野についての論議はこれからである。

運転席と助手席の間に展開するセンターエアバッグを世界で最初に開発・実用化したのはGMだった。技術発表は2011年9月29日で、2013年モデルから市販車に採用することを明らかにした。また、このエアバッグの開発には日本のタカタ(当時)が参画したことも明らかにされた。技術発表を受けて保険業界の団体であるIIHS(Insurance Institute for Highway Safety)は「GMとタカタの安全性向上への取り組みを賞賛する」とコメントした。

ちなみに現在議論されている衝突安全基準の追加および強化は、保険業界や医学界からの提案が出発点であるものが多い。保険業界は「保険金の支払いを抑える」ことが目的であり、医学界は「死者数の減少とケガ人の早期社会復帰促進、それにともなう社会的コスト負担の軽減」が狙いである。

(写真9):トヨタ自動車が実用化した後席センターエアバッグ。センターコンソールから真上に展開し、左右乗員の接触を防ぐ。

いっぽう、トヨタ自動車と豊田合成は、後席センターコンソールから真上に展開するSRS後席センターエアバッグ(写真9)を2009年3月11日に技術発表した。最初に装備されたのは同年3月26日発売の5代目「クラウンマジェスタ」だった。後席にセンターコンソールを備えた「Fパッケージ」の専用装備であり、このセンターエアバッグとセットで衝突直前に後席背もたれの角度を衝撃吸収の最適位置に強制的に起き上がらせるプリクラッシュシートバックが装備された。

近年では、ドイツの大手サプライヤーであるZFフリードリヒスハーフェンが2017年06月06日に発表したアドバンスド・ファーサイド・センターエアバッグがある。自動車向けSRSエアバッグで世界トップシェアのオートリブ(スウェーデン)も2019年11月に同様のフロントセンターエアバッグを開発したと発表した。




VWが「ID.3」に採用したフロントセンターエアバッグのサプライヤー(供給元)は公式発表されていないが、サプライヤーでの開発および製品化が進んでいることは間違いなく、いずれ標準装備化されるように思える。

たとえば7〜8年後はどうなっているだろう。乗用車1台の中に、運転席・助手席の正面エアバッグ、運転席のヒザ用ニーエアバッグ、運転席・助手席のサイドエアバッグとセンターエアバッグ、左右側面ガラス部分を覆うカーテンエアバッグ、後席用サイドエアバッグ……10個くらいのエアバッグの装備が「すべての乗用車」に義務付けられ、その作動状況が車載の5G通信端末を使って外部ネットワークに通報され、すぐに緊急車両が駆けつける。こんな姿かもしれない。




で、そのコスト負担はだれが?

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