80年代の量産車はボンネット内にかなりの余裕があったが、現在はまったく様子が違う。エンジンルーム容積が縮小しているにもかかわらず処理しなければならない熱量は圧倒的に増え、高い排熱効果が求められている。
TEXT:牧野茂雄(Shigeo MAKINO)
エンジンルーム設計は日増しにタイトになっている。正面オフセット衝突の要件を盛り込む動きが活発化した90年代は、エンジン全長を短くしてクラッシュストローク(潰れしろ)を稼ぐため、直列6気筒のようなクランク軸の長いエンジンが姿を消し始め、2000年代に入ってからは歩行者保護要件の導入で車両前端部に置くラジエーター、それを固定するラジエーターサポートまわりの設計が変わった。同時に、排ガス規制の強化によりガソリン車では三元触媒の体積が増加、ディーゼル車にはDPF(ディーゼル・パーティキュレート・フィルター)の装着が始まった。エンジンルーム内に収用される部品やユニットは増えている。
そのうえ、キャビン容積の確保が優先されるため車両全体に占めるエンジンルーム容積が減少傾向にある。しかし、車両重量が増加の傾向にあるため、その重量を支えるためサスペンションの許容荷重が増えタイヤ径も大型化しつつある。いまやストラット式サスペンションのコイルスプリングは、伸び/縮みで軌跡が違うことも珍しくない。今後はCO2排出抑制の目的で車両サイズそのものが小さくなると思われるが、キャビン容積は最大限に確保しなければならず、ますますエンジンルームの設計は難しさを増すだろう。次世代モデルのエンジンルーム設計は複雑な立体パズルを解くかのごとく、である。
三菱・ランサーエボリューションX:高出力高発熱をいかに冷やすか
走行中の自動車の周囲を流れる気流の3分の1はボディ下面へ流れる。これまではボディ側の空力特性改善が燃費や操縦安定性上のテーマだったが、ここ数年はボディ下面へと設計領域が広がった。上3分の2を工夫するだけでは満たせない要件があるためだ。
たとえば、ランサーエボリューションXの例では、高出力過給エンジンの熱をうまく逃がすためエンジンルームは下面を含めた4面を利用している。最高出力時の発生熱量にも負けない排熱量を計算し、それを得るためにあらゆる部位を利用するという考え方だ。しかし、ほかの部分の気流を乱さずに熱をうまく逃がすことはなかなか難しい。ボディの造形作業と同時に熱対策を進め、風洞実験とシミュレーションを繰り返しながら目標値を達成させるという地道な作業が行われた。開いている「穴」のすべてに意味がある。
トヨタ・iQ:超コンパクトなエンジンルームでの方策
ヴィッツよりエンジンルーム長が120mm短いiQだが、欧州仕様にはDPF1.4ターボディーゼルの設定があり、対応しなければならない熱量は大きい。整備性に必要な空間を確保するため、部品の集積度は非常に高い。放熱は「空気が淀む場所の熱を他の場所の気流を利用して引っ張り出す」ことと「淀みが出来る場所には熱に弱い部品を置かない」ことで対応した。
難関はディーゼルエンジンのターボの位置と高い位置に置いたステアリングラックのボールジョイント部が接近することだが、これは気流を改善したうえで熱遮へい板を置くことで解決した。同様に、エンジンに近い位置に来るドライブシャフトのブーツは形状を特注して対策している。
日産・ティアナ:横置きV6エンジンをいかに収めるか
ランエボXやiQに比べるとティアナのエンジンルームは大きさに余裕があるが、搭載エンジンは3.5ëのV6まであり、熱対策はそう簡単ではない。しかも、サイドシルエットを美しく保ちながらボンネットフード前側直下に歩行者保護のためのクラッシャブルゾーンを設ける必要がある。この対策にあたっては、エンジン搭載位置を従来モデルより30mm下げたことが大きく寄与した。
エンジンを下げれば車両重心が下がり、同時にフロントサイドメンバーを直線化することができた。エンジン上部には空間が生まれ、歩行者保護にも熱対策面でも有利になった。車両パッケージングの細かな詰めがいかに重要かを物語る開発事例だと言える。