期待のコンパクトSUVキックスのパワートレーンは、日産自慢のe-POWERのみ。ライバルひしめくBセグSUVで勝ち抜くための戦略を車両開発主管の山本陽一さんに訊いた。「キックスにコンベのエンジン搭載モデルをなぜ作らなかったのですか?」
Interviewer◎鈴木慎一(SUZUKI Shin-ichi)
キックスがe-POWER専用である理由
MF:今回のキックスは4WDの設定がありません。これも多分同じ理由で、とくに北関東以北から4WD作ってよ、という声があったと思います。そのあたりは今後追加されるのですか?
山本:まずはこのクルマは早くe-POWERを載せて世の中の皆さんに乗っていただきたいという思いがあって2WD仕様に集中させていただいています。確かに東北の方からかなり強い声を聞いているので、4WDについてはいま前向きに検討し始めているところです。
MF:リヤに小さなモーターを積むe-4WDですか?
山本:いま簡単にやろうと思ったらe-4WDです。
MF:それ以上のことをやったら、すごく時間がかかってしまう?
山本:そうですね。かなり大がかりに改修しないといけなくなるので時間はかかりますね。ご存じかもしれませんが、じつはe-POWERってかなり雪道でも強いので、開発としては2WDで積雪地でもアピールできるんじゃないかな、という思いもあって、まずは早く出したいので2WDに集中してやらせてもらいました。
e-POWERの弱点を克服
MF:ノートe-POWERはEVで走っていると気持ちいいのですが、エンジンがかかるとがっかりする。やっぱり3気筒のエンジンがかかったらすぐに気がつくし……。
山本:そこはかなりキックスにフィードバックを入れていますそそもそもエンジンの充電の定点回転数をノートe-POWERより400rpm下げてますノノートは2400rpmで回るんですが、キックスは2000rpmまで抑えています最初にエンジンがかかる音のインパクトが大きいのですが、それを400rpm下げられたのが非常によかった。まず街中で低速の時にかかったときに静かに感じるんじゃないかな。
MF:そうか、ノートの時はいきなりエンジンが2400rpmにガンと上がるから……正確には2370rpmでしたっけ。それがいきなりくるとみんなびっくりしちゃう。
山本:それをキックスでは400rpm下げられたのは、かなりインパクトが大きい。
MF:それはパワートレーン開発陣に「こういう理由だから下げて」って言ったわけですね。
山本:そうです。みんなにがんばってもらいました。じつはあのくらいの回転数にすると少しエンジンが振動をし始めて下手をすると乗り心地が悪くなるのですが、そこはエンジンにいろいろ工夫を入れてもらって2000rpmでも振動しない、車体側も2000rpmで共振しないような設定をあちこちに詰め込んでいます。
MF:ノートe-POWERはヒットしてすごくたくさんお客さんがいらっしゃって、たぶんいろんなフィードバックがあったと思うんです。一番のコンプレインは「エンジンがかかってときにうるさい」っていうのだと思うんです。今回はそれはビシッとクリアしましたね。
山本:もうひとつ言われたのは「すぐにエンジンがかかってしまう」ってことでした。うるさいエンジンがすぐにかかる。バッテリーで走る時間がすごく短いのはノートのいまの弱点なのです。今回、キックスではそこも勉強してなるべくEVで走れる時間を長くしたいということでいろいろ制御を見直してもらいました。ノート出したときには、どのくらいのお客さんがこのあと加速するかとか、掴みきれないところもあったので、バッテリーがなくなってしまうのが非常に心配なので、なるべく充電勝手な制御をしていました。しかし、市場の運転の仕方を分析してみたら、街中ではずーっとすごい加速をしている時間はそんなにないということがわかってきたので、どちらかというと充電側もエンジンをかけずに電気がいっぱいあるときはなるべくぎりぎりまでEVで走れるようにぎりぎりまでバッテリーを使う制御に変えました。そこでも静かなクルマになっていると思います。
MF:そういう意味ではバッテリー容量はノートのままで大丈夫だと確認できたということですか?もっと積んだ方がいいとかじゃなくて、ギリギリまでも使えばこれで充分だと。
山本:そういうことですね。充分使っても充電する時間がとれる。あともうひとつ、エンジンをかけたら、今度はかかっている時間を長くしています。それは電流収支を合わせるためになるべく遅くかけ始めてなるべく遅く切るようにして、エンジンはなるべく高速道路を走っている時にかかっている。なるべく低速はかからない。エンジンがかかっているタイミングを後ろにずらしている。で、それでバッテリーが減るのを防いでいるという勉強をしてパワートレーンの開発をしてもらいました。
燃費の数字は過度に追いかけない
MF:燃費に関しては、多分いろんな考え方があって、このくらいあったもう良いじゃんという燃費値があると僕は思っているんです。でも、みんな意外と30km/ℓいったら35km/ℓがほしくなるのかもと最近は思っています。キックスは、おそらく普通に走っていると16~17km/ℓくらいですよね。なんの不自由もないし燃費が悪いなんてけっして誰も思わない。でも、ヤリスハイブリッドだと25~30km/ℓ走ったりするじゃないですか。とはいえ、1カ月半に一度ガソリンスタンドへいくか、2カ月に1度いくかくらいの違いで、その時払う金額は3000円とか4000円です。携帯電話代の方が高い。今後の発展性として山本さんがおっしゃったe-POWERのモーター駆動で気持ちいいだけじゃなくて燃費ももうちょっと上げていかなきゃいけないんだよね、と開発の方では思っているのか、もっと走る歓びに振っていこうか。両方いくのがもちろん一番いいとは思うのですが、それは難しいじゃないですか?
山本:そうですね。正直言うと、いまは燃費よりは運転性を狙おうとしています。とはいっても燃費はある意味、ライバルとの比べるものになるので周りが上がっていくと、これをやっぱり追いかけていかなければいけないので、そこは状況を見ながらやりたい。私個人的にも運転性を少し我慢してまで燃費に振るのはあんまりよくないかなと思っています。キックスには、ドライブモードが3つあるんです。エコとノーマルとスマート。ここをうまく棲み分けられたらいいと思っています。例えば、エコはすごく本当にエコにする。動力性はもっと我慢してもらう。スマートモードにするともっとスポーティに走れるとかですね。まだ私見ですけど。そういったのが気持ちいい、メリハリがあるほうがいいと思っています。
MF:ところで、ああいうドライブモードっているのはみんな切り替えて使っているんですか?
山本:……あまり切り替えないって聞いてます(苦笑)。お客さんはエコにしたらエコ、スマートにしたらスマートで使っている。ノートe-POWERのお客さんはそうだと聞いています。
MF:たくさんモードがあっても切り替えないかな。そうであれば、ベストなモードがひとつあればいいと思うんです。買うときはモードがいくつかあって切り替えられる方がうれしいと思うですけど。買ったら切り替えない。
山本:キックスでモードをひとつにすると、ワンペダルのモードになるので、あのワンペダルがどうしてもいやだというお客さんもまだいらっしゃるので。
MF:まだいらっしゃいますか?
山本:はい。ただ、馴れてくるとあれが非常にいいのですけど。ワンペダル(e-POWER DRIVE)、ちょっとだけ乗るとあまり気持ちよくないかもしれませんが、少し馴れてくると非常にいいんですよ。踏み替えの迷いみたいなのが、1ペダルだとないので楽ですし。今回キックスのe-POWERはブレーキ制御がかなり進化しているんです。ノートのeペダルとはまた違って自然な止まり方をするんです。そこはかなりブレーキ制御の性能設計チームに頑張ってもらいましたね。キックスでは人間がブレーキペダルを踏んだような止まり方をしてくれるので気持ちいいですね。
MF:今回、開発期間は3年くらいですか? 日本仕様のキックスでいうと。
山本:最初の本当に企画し始めたところからはそのくらいです。実際、モノを作り始めてからはそんなにかけてないんですけど。2年ちょっとくらいですかね。
MF:それで済んだのは、やっぱりリーフがからずっとやっているモーター駆動のノウハウがあったら?
山本:リーフも含めて、e-POWERも3代目(ノート、セレナ、そしてキックス)になりますから、制御の考え方はキックスに搭載する用というよりは先行開発でずっとやっています。そういう意味ではその途中のものをもってきたということですかね。
MF:冒頭お話したとおり、僕は1週間ほどお借りして、キックスをとても気に入ったんです。だけど少し気になるところもありました。もうちょっと内装が高級になんないかしらというのが正直なところです。気になったのはドアのインサイドハンドル、あそこがバシッと打ち抜いただけのところに填まっているように見えたり、シートレールのボルトが見えたりとか、ああいうところがもったいないな。せっかくモーター駆動で気持ちよくて上質なのに、手に触れるところやりクルマに乗るときにふっと見えるところにボルトがあると買った人ががっかりするだろうな、と。そのあたりはどうお考えですか?
山本:そこはICEのクルマ、ノートと同じなのですが、ノートをベースに作っているところでそこにまだ手を回せる余裕がなかったのが正直なところです。同様のフィードバックをいただいているので、そこは次期型に向けてはなにか考えないといけないかなと思っています。次期型というかこのキックスのライフ中にカバーをつけるとか少し考えていかないといけないと思っています。
MF:それだけでもずいぶん印象が変わると思います。300万円近くのクルマは、みんな300万円払った満足感がほしいと思います。
キックスの進化の方向性は?
MF:ちょっと答えにくい質問をします。先日、e-POWERのエンジニアの方のインタビューをした際に「これはe-POWERのジェネレーション1の完成形なんです」と。「ノートe-POWERのいろんなコンプレインは全部これで消しました」と。実際、キックスは音も静かだし走りも気持ちいい。でもおそらくジェネレーション2が待っているわけじゃないですか? 次のノートには新しいe-POWERが載ると噂されています。なにもおっしゃれないと思うですが(笑)タイミング的にはもうちょっと待ったら第Ⅱ世代の頭出しをキックスにできたんじゃないか。開発主査としては第一世代の完成形を載せるか、第二世代の頭出しにするか。それを選べたのか選べなかったのか? 選べるならどっちがよかったのか?というのはどうですか?
山本:キックス(e-POWER)の開発を始めた当時には、その第二世代という話はまだまったくありませんでした。当然かなり先行開発という意味ではあったんですけど、それを商品に載せる目途はまだなかったので、最初にお伝えしましたとおり、とにかく早くキックスe-POWER・2WDを出したかった。そこで、当時あったノートの仕掛けで積み上げていった次第ですね。
MF:まずは無事に船出をして、評判もよくてフィードバックも入ってきて、じゃあこれをどう育てていくか。山本さんとして、これからキックスのお客さんになってほしい人、こんな人に乗って欲しいとか、こんな楽しみ方だったりキックスがあるとこんなに楽しいカーライフが送れますよというよなメッセージをお願いします。
山本:このクルマ、EVネス、EVで走れる気持ちのいいクルマになっているので、ひとりで運転していても非常に楽しいですし、家族で乗って荷物も積んでというシチュエーションも考えて開発してきたので、あらゆる世代の方、家族構成の方でも乗っていただけます。いろんな人に勧めていただきたいなと思っています。EVで走れるので、そこはハイブリッドとはかなり違います。まだ一般の方はハイブリッドのe-POWERの区別がつかない方が多いと思いますが、我々は、e-POWERはEVだと思っていますし、その走りをぜひ乗っていただきたい。乗らないとなかなかわかりづらいと思うので、ぜひディーラーさんへ行って乗っていただければな、と思っています。
MF:そういえば、山本さんの義理の息子さんもキックスを購入されたとか。発表会の山本さんのプレゼンテーション(YouTubeで生配信された)に感動して、キックス、ご購入なさったんですってね。しかも、人生初のクルマとして!
山本:人生初クルマなんです。うれしいですね。先日納車されて、おっかなびっくり乗り始めてます。こっちはドキドキです。息子は6/24発表で30日に注文したので2ヵ月で納車されました。
MF:発売開始6日で注文したんですか? 素敵な話ですねぇ。試乗せずに注文してくれたんですね。お義父さま、信頼してもらっていますね。
山本:はい。信頼してもらいました(笑)。だからその信頼を裏切ったらまずいな、と。
日産キックス X(FF)
全長×全幅×全高:4290mm×1760mm×1610mm
ホイールベース:2620mm
車重:1350kg
サスペンション:Fストラット式 Rトーションビーム式
エンジン形式:直列3気筒DOHC
エンジン型式:HR12DE
排気量:1198cc
ボア×ストローク:78.0mm×83.6mm
圧縮比:12.0
最高出力:82ps(60kW)/6000rpm
最大トルク:103Nm/3600-5200rpm
過給機:×
燃料供給:PFI
使用燃料:レギュラー
燃料タンク容量:41ℓ
モーター:EM57型交流同期モーター
定格出力:95ps(70kW)
最高出力:129ps(95kW)/4000-8992rpm
最大トルク260Nm/500-3008rpm
最終減速比:7.388
バッテリー容量:1.47kWh
駆動方式:FF
WLTCモード燃費:21.6km/ℓ
市街地モード26.8km/ℓ
郊外モード20.2km/ℓ
高速道路モード20.8km/ℓ