トヨタが満を持してBセグSUV激戦区に投入するヤリスクロス。日本では1.5ℓ直3+CVTと1.5ℓ直3+THSⅡの2種類のパワーユニットを用意するが、欧州仕様は当初は1.5ℓ直3+THSⅡだけでスタートするだろう。では、PHEV(プラグインハイブリッド)仕様はあるだろうか?
TEXT◎牧野茂雄(MAKINO Shigeo)
ヤリスクロスにはPHEV仕様が存在する!?
トヨタが4月23日にオンライン発表したヤリスクロス。本来ならジュネーヴ・ショーで華々しくデビューするはずだったが、欧州でのCOVID-19感染症蔓延によりショーそのものが中止になってしまった。誠に残念なデビューではあるが、このモデル、トヨタによっては極めて重要である。すでに同クラスライバルがひしめく激戦区に投入されるのだ。はっきり言って投入は遅すぎた。ヤリスのフルモデルチェンジを待たず、とりあえず「あり物」で小型SUVのHEV(ハイブリッド・エレクトリック・ビークル)を仕立てる陽動作戦を展開できなかったのだろうか。それともC-HRに続き満を持して投入するヤリスクロスに何か隠し球があるのか。いま、欧州自動車市場では内燃機関エンジン車への逆風が一気に強まっている。果たしてヤリスクロスは、この逆風に打ち勝つだけの戦闘力を備えているか。筆者はヤリスクロスにはPHEV仕様が存在すると見る。
日産・ジュークは2010年。ジュークの流れを汲むルノー・キャプチャーは2013年。いすれもジュネーヴ・ショーで市販車が発表された。奇しくも同じく2013年のジュネーヴで三菱自動車OEMではないプジョー2008が発表されている。めずらしく新ジャンル展開でスランス勢が先頭に立った。BセグメントにクロスオーバーSUVが存在しなかった時代に初めて商品を送り込んだのは日産、ルノー、PSAだった。その後、2010年代の欧州はまさにSUV百花繚乱の時代を迎える。
いまやBMWは1〜7シリーズまでずらりとSUVを揃え、ダイムラーはGL車名群にA/B/C/E/Sを、アウディはQシリーズに2/3/5/7/8を投入している。ドイツのプレミアムブランドがSUVにここまで商売っ気丸出しになるとは夢にも思わなかった。欧州のSUVといえば、昔は「デカいクルマ」だった。それがCセグメントへ降り、ついにBセグだ。韓国勢では2017年7月にBセグの起亜・ストニックが投入されている。
直近の話題は、VW(フォルクスワーゲン)が投入したT-CROSSクロスとT-ROCだ。かなり遅れての投入であり、後出しジャンケンで負けられないとばかりにVWは開発に気を吐いた。T-ROCKにはコンバーチブルも設定されている。そして、まるで真打ちであるかのようなヤリスクロスの登場だが、ウェブでの発表のあと、ドイツとフランスがBEV(バッテリー・エレクロトリック・ビークル)への補助金積み増しを発表した。COVID-19からの再起を図る経済対策に自動車のスクラップ・インセンティブ(新車に買い替えてくれた人への国または自治体による補助金)を含めるのは当然だが、何と両国政府は通常のガソリン車/ディーゼル車は無視した。HEVも無視した。つい先日のことである。
ドイツでは先月、BEVおよびPHEV(プラグイン・ハイブリッド車)、欧州で近年ECV=Electrically Chargeable Vehicle(外部充電車)と呼ばれるカテゴリーへの政府補助金が2021年末まで倍増された。車両価格4万ユーロ以下のBEVに対し1台当たり6000ユーロの政府補助金交付である。地方自治体の補助金と合わせると合計9,000ユーロになる。1ユーロ=121円換算で108万9000円。破格の補助金である。さらに環境ボーナスやVAT(付加価値税)と自動車保険の優遇もある。
COVID-19対策の景気刺激予算約1.1兆ユーロ(約133兆円)とは別に追加される今回の自動車支援予算は1300億ユーロ(15兆7300億円)だが、当初はプログラムに含まれていたHEVも含めた内燃機関エンジン車への支援はメルケル政権内で却下された。現地での報道を読むかぎりでは「政権中枢のキリスト教民主同盟(CDU)と中道左派のドイツ社会民主党(SPD)は、緑の党などからの政権批判を回避する決断を下した」とのことだ。通常のガソリン/ディーゼル車にスクラップインセンティブを交付しないという不公平を市場はどう受け止めるだろうか。
フランスでは年末までECV補助金が増額された。車両価格4万5000ユーロ(544万5000円)以下でCO2排出20g/km以下(BEVしかあり得ない)の個人購入車には上限7000ユーロ(84万7000円)が給付される。車両価格5万ユーロ(605万円)以下でBEV航続距離50km以上のPHEVには2000ユーロ(24万2000円)が交付される。
今秋発売のVW・ID.3ピュアのEU内市販価格はジャスト3万ユーロになる模様だが、期限付きとはいえ、手厚い補助金はBEV普及の追い風になるだろう。言い換えれば今後の補助金減額が極めてむつかしくなるわけだが、この点について筆者が長年にわたって情報交換してきたフランスやドイツのジャーナリスト諸氏は「来年以降、自動車メーカーから徴収するCO2罰金でECV普及基金を作り、これを補助金の原資にする可能性がある」という。やっぱりね、だ。
欧州はずっとHEVを無視し続けてきた。トヨタが初代プリウスを発売した1997年12月以降、一時期は各社がHEV開発へとなびいたが、結局はクリーン過給ディーゼルとガソリン過給ダウンサイジングへと舵を切った。両方とも燃料をシリンダー内に直噴するDI(ダイレクト・インジェクション)システムとターボチャージャーを備えるエンジンである。NEDC(ニュー・ヨーロピアン・ドライビング・サイクル)という排ガス・燃費モードへの対応に特化したこの手段は見事に成功を収めた。しかし、いまやEUはECV礼賛へと様変わりした。
まだBEVは内燃機関エンジン車と真っ向勝負できるだけの低コスト化を実現していない。しかし、A/Bセグメントの実用的エンジン車はCO2規制によってコスト増を強いられている。IHSマークイット、JATOダイナミクスやLMCオートモーティブといった世界的な調査・コンサルティング会社のデータやレポートを集めて読み漁ると、A/Bセグメント商品が置かれた立場がよくわかる。
たとえばドイツでは、ことし第1四半期(1〜3月)の価格帯別販売比率に異変があった。売れ筋である車両価格1万8000〜2万ユーロ(217万8000円〜242万円)の商品は、2016年の第1四半期に比べて構成比で5%下落し20%ギリギリになった。「エンジンや排ガス後処理関係への投資が増え、逆に装備が簡略化されて商品的な魅力が削がれた」との分析もある。逆に2万〜2万4000ユーロ(242万円〜290万4000円)の価格帯は2016年の14%から37%へと大きく躍進した。最大の理由はBセグメントSUVの台頭である。売れなくなったのはBセグのHB(ハッチバック)車や安価なCセグ車である。
Bセグ車はBEVの登場により平均車両価格が上昇した。環境ボーナスを加味すると、プジョー・e-208のドイツでの小売価格は3万ユーロ(363万円)を切る。同じくグループPSAのオペル/ボグゾール・コルサのBEV仕様も3万ユーロ(363万円)弱。たしかにBEVの車両価格は下がっているが、本来BセグHBの「そこそこの仕様」は1万7000ユーロ(205万7000円)程度。廉価仕様なら1万4000ユーロ(169万4000円)で買える。1万8000(217万8000円)〜2万ユーロ(242万円)の価格帯が減ったという事実は、BEVの投入という影響も受けた結果である。利幅の小さいグレードを、自動車メーカーは整理し始めた。
一方、SUVは小型から大型まで全体的に好調であり、ユーザーはSUVへの出費は惜しまないという傾向にある。「床下地上高が高く、そこそこの悪路でも走れる」ことも好まれる原因のひとつのようだ。しかし、SUV流行の結果、2017年以降はEUで自動車由来のCO2排出が増えている。VWのディーゼルゲート問題でディーゼル車への市場の支持が減りガソリン車が増えたこともその理由であり、ガソリンSUVが増えてCO2レベルを少し引き上げたのだ。
2021年からEUでは、自動車メーカーごとに平均95g(グラム)/kmというCO2排出規制をクリアしないと罰金を徴収される。95g以上の1gにつき95ユーロの罰金である。メーカーごとの平均だから、95g超過分の罰金に販売台数をかけた額が徴収される。JATOの試算では、2018年実績のCO2排出平均でそのまま2021年を迎えるとしたら、VWグループの罰金は91.9億ユーロ(1ユーロ=121円で1兆1120億円)、ダイムラーは30.1億ユーロ(同3642億円)になる。トヨタはEU域内での販売モデル数の約半分をHEVに切り替えた結果、罰金は5.5億ユーロ(同665億円)である。
ヤリスクロスのCO2排出値は、5ドアHBのEU向けHEV仕様がNEDC計測で84g/kmだ。EUが特例として設けたスーパークレジットの対象は50g/kmであり、ここに潜り込むと、2020年は「1台売ると2台分の勘定」になる。つまり1台としての実質CO2排出量が半分になる。2021年は1台=1.67台、2022年は1台=1.33台だ。スーパークレジット取得車が増えればメーカー全体としてのCO2計算がラクになる。
ヤリスHEVの場合、スーパークレジット対象ではないが、COs排出量95g/km以下だからトヨタとして平均95g/kmを達成するには有利な車種ではある。ただしWLTC(ワールドハーモナイズド・ライトビークル・テスト・サイクル)/WLTP(最後のPはプロシージャー)で測ると最大114g/kmになってしまう。2023年以降はWLTC/WLTPでの計測になる。一方、ヤリスのEU向け非HEV仕様、通常エンジンの仕様では、もっともCO2排出が少ないグレードで104g/kmだ。Bセグ車でも100gを切るのは難しい。Bセグ車の開発・製造コストが上昇し、以前は売れ筋だった価格帯から外れつつある理由はここにある。
ヤリスクロスについてHEV投入のスケジュールはまだ明らかにされてないが、Automotive News Europe などの報道によると「一部の国ではHEVを先行発売」するようだ。今後EU市場ではHEVが増えるとの予測がすでに支配的であり、BセグでもP1/P2と呼ばれるHEVは増えるだろう。その意味でヤリスクロスHEVはライバル各社にとってベンチマークである。
ちなみにJATO Dynamicsのレポートには「Bセグメントでは3ドアとステーションワゴンが激減した」と書かれているが、そのためだろうか、スコダ(チェコのVWグループ企業)はBセグ唯一のステーションワゴンになったファビア・コンビを継続させる方針だ。ライバルがいなければ、Bセグ全体のステーションワゴン需要を独り占めできる。トヨタのストロングHEVは、いまのところファビア・コンビのようにライバル不在だ。
ヤリスクロスの戦闘力を占うとき、HEV仕様を持つことは大きなアドバンテージになる。BセグSUVにはまだ、欧州勢の48VマイルドHEVがないし、ストロングHEVはもちろん存在しない。もっとも、欧州勢のHEV仕様追加は時間の問題だ。ルノーは日産設計の直1.6ℓ直4エンジンに電動モーターと発電機を組み合わせたE-Techシステムをキャプチャーに搭載すると発表している。発売はことし8月の予定だ。しかもキャプチャーにはPHEV仕様が設定されているらしく、そのCO2排出量が気になる。ひょっとしたらスーパークレジット対象かもしれない。
ルノーに限らず、B/CセグメントへのPHEV投入計画は欧州メーカーで着々と進んでいる。エンジニアリング会社に丸投げのケースもあるようだ。各社とも明言はしないが状況証拠は少しずつ増えている。ということは、ヤリスクロスにもPHEV仕様があるだろうか。筆者は「ある」と見る。
かつてトヨタの技術幹部は「PHEVはアンビバレントだ」と言った。「どっちつかず」という意味である。
「PHEVのバッテリー搭載量は慎重に選ばなければならない。30kmプラス少々を電動走行させるとなると、そこそこの量のバッテリーを積むことになるが、そのぶん車両重量が増える。かと言って、20km程度に電動走行を抑えるとHEVと大差がない。できれば通勤での仕様では発電おためのエンジンをかけたくない。エンジンで走るPHEVはデッドウェイトを抱えている」
この発言は、まだLiB(リチウムイオン電池)が高価だった時代であり、トヨタがプリウスPHEVを発売される前である、しかし、まさにPHEVの姿を言い当てている。その後EUではPHEVに大甘な恩典を与え、CO2排出は「電動で50km走行可能」ならHEV走行時排出量の3分の1になり、「電動で25km走行可能」だと同2分の1、「電動で75km走行可能」の場合は同4分の1にそれぞれ割り引かれるようになった。これは欧州伝統の高級車メーカーを救済する措置だと言われている。
LiB価格がそこそこ安くなったいま、BセグSUVでPHEVを仕立てる場合は電動走行の50kmが目標になるだろう。50kmならCO2勘定は3分の1だ。これを狙わない手はない。HEV走行でのCO2排出が135g/kmでも、電動50kmが可能だと3分の1、約45gとなりスーパークレジットの対象になる。ヤリスクロスならWLTC/WLTP計測でも10kWh以下のLiBで間に合うだろう。
このスーパークレジット制度が2023年以降も継続されるかどうかはわからないが、トヨタが来年中にヤリスクロスPHEVを追加すれば、通常HEV仕様とあわせてライバルへの武器になる。HEVとPHEVの車両価格は、トヨタならかなり思い切った価格設定ができるはずだ。ヤリスの1.5ℓエンジン用HEVシステムは、コンポーネンツ構成と作動は1.8ℓ用と同じだが、オイルポンプの位置変更やIGBT(パワートランジスター)の改良で効率がアップしている。システム価格は量産でシ吸収するだろう。
ヤリスクロスには隠し球のPHEVがある……私はそう考える。おそらくBEVは作らないだろう。現在のTHS II(トヨタ・ハイブリッド・システムII)はモーターと発電機を並列に起き、両方のモーターを駆動に使うときにエンジンの逆回転を防ぐワンウェイクラッチの追加で2モーターPHEVになる。このソリューションを広範囲に展開しない理由はない。問題があるとすればLiBの調達量確保だが、ここは手当てしてくるだろう。
振り返れば、アメリカがシェールガス/シェールオイルという資源の開発に乗り出し、富と軍事力とエネルギーの3つを手にするという有史以来最強の国家への道を歩み始めたとき、欧州は脱石油社会、循環型社会へと舵を切った。自動車をBEVに切り替え、石油資源依存から少しずつ離脱し、産業界を再生可能エネルギー中心に作り直す。EUが狙ったのはここだ。しかし、BEVを売り出しても、EUでは発電量全体の61%が原子力と火力(石炭/泥炭/ガス)に依存している。再生可能エネルギーの比率は34.6%まで上昇したが、NEV補助金大盤振る舞いのフランスは70%を原子力に頼っている。
ECVを普及させたい。しかしECVを走らせるために当面は火力発電と原子力に頼る。ECVに価格競争力がつくまでは各国の税金から拠出する補助金で助ける。それはいいとして、EUには有力なLiBメーカーがなくLiB供給は日本、中国、韓国の企業に頼っている。欧州の自動車メーカーが「電池は安い会社から買えばいい」と言い続けてきたため、欧州のサプライヤーのいくつかはLiBパッケージ化ビジネスから撤退した。同時に、量のLiBを資源リサイクルするシステムがEUにはない。中国勢によるLiB価格のダンピングは資源化再生のコスト競争力を完全に削ぐだろう。これこそアンビバレントではないのか?
ECV推進派は「それは時間が解決する」と言う。しかし、Bセグ車は利益率低下を避けようと少しずつ車両価格が上がっている。生活必需品としての安価なグレードのA/Bセグ車は確実に減っている。ヤリスでさえ、通常エンジンではCO2排出100g/kmを切れない。果たしてEUのCO2規制は何のために存在するのだろう。そこさえも疑問に思えてくる。