2009年4月に刊行されたMotor Fan illustrated Vol.19「ロータリー・エンジン 基礎知識とその未来」の特集の掉尾を飾った牧野茂雄氏の「キーノート」を再録する。12年前、マツダのロータリーはここまで来ていたのだ。リーマンショックがなければ、あるいは我々は新しいロータリーを体験できていたのか……?
以下は12年前の「マツダ ロータリーエンジンへの期待」である。
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次世代REである16Xの市場投入は2010年代初頭が予定されている。
最初の搭載車は、その存在がウワサされている次期RX-7になるのだろうか。
「主流になれないエンジン」と言われるREだが、けして「未来のないエンジン」ではないことを強調しておきたい。
PHOTO &STORY : 牧野茂雄(Shigeo Makino)
マツダでロータリーエンジン(RE)の設計および生産、その搭載モデルの企画・開発に携わっているエンジニア諸氏にお話をうかがった。聞けば聞くほど、REがまだ「発展途上」にあることを強く感じる結果になった。
現在、マツダでRE開発に携わっているスタッフは約200人だという。そして現在は、モデルライフでの想定販売台数30万台ほどのRX-8にだけ、このエンジンは積まれている。そこに200人のエンジン開発スタッフを投入し、専用の生産設備を稼働させているのだから、REは贅沢なエンジンである。
しかし、REが置かれた現状を考えると、200人のスタッフでも手薄と言わざるを得ない。全世界で1年間に6800万台の4輪自動車が生産されるとして、REはそのなかのわずか2~3万台でしかないのだ。生産しているのは、世界中でマツダだけである。自動車用REを継続的に開発してきたのもマツダだけだ。しかも構成部品とその製造方法が特殊であり、レシプロエンジンのようにサプライヤー側から新技術を提案したり共同開発に参加するというケースもないだろう。独立独歩。孤立無援。REはマツダがオンリーワンであると同時に、マツダはスタンドアローンでもある。本特集の冒頭に述べたように、この点がREの幸運であり不幸でもあると感じる。
トラックやバスにREは使われていない。おそらくは秘密裏に設計・製造された戦車や装甲車にも使われていないだろう。純粋に「走り」を楽しむRX-8にだけ、REは載せられている。現在、RX-8は新車を購入できる地上で唯一のRE車である。REはマツダの存在理由のひとつであり、かつてのようにマツダはRE搭載モデルを幅広く展開しようとはしていない。1995年に3ローターREを搭載したユーノスコスモの生産が終了して以降は、特別なスポーツモデルだけに搭載を限定している。そして3ローターはやめ2ローターだけに絞った。
現在、鋭意開発が進められている次世代RE「16X」。おそらくは「16C」を名乗るであろう新エンジンは、これも復活が期待されている次期RX-7に搭載されてのデビューになると信じたい。この組み合わせが、REの第4章である。第1章は、10Aから13A、12Aまでの試行錯誤の時代。第2章はターボ過給や3ローターなど、654ccローターでさまざまな試みを具体化した時代。そして第3章はRENESISの時代である。
16Xの開発はまだ道半ばであり、さまざまな技術的挑戦が行なわれているという。そのなかのいくつかは特集本編で紹介したが、あらためて16Xのアウトラインをまとめておく。
まず、トロコイドフォームを一新したこと。現在の13B型REは、レシプロエンジンで言えばショートストローク型である。マツダは、10A/12A/13Bの各型をRE(偏心量÷創成半径)=6という同一トロコイドフォームでつくった。変更したのはローターの厚みであり、これはストロークを固定しシリンダーボアで排気量を変えるという方法と同じだ。唯一、ルーチェ・ロータリークーペに搭載された13A型だけがRE=6.857…(約7)というフォームだった。このエンジンはわずか8カ月間の短命に終わった。16Xは、それ以来のトロコイドフォーム変更である。
「これで、レシプロで言うスクエアになる」と、あるエンジニア氏は分析する。マツダでは「13Bとの比較でS/V比が20~30%改善される」と聞いた。燃焼室の表面積(S)と燃焼室容積(V)が大きいということは冷却損失が大きいことだ。20~30%の改善は得るものが大きい。ローター幅を拡大する方での排気量拡大では、高回転側の有効ポート面積が減ってしまう。偏心量(e)と創成半径(R)の関係を変えてロングストローク化すると、同じ排気量だとしてもポート面積を大きく取れる。13Bの排気量を拡大するなら、ローター幅の拡大では高回転域で吸入空気量が足りなくなる。ロングストローク化するとローター周速が増し、そのぶんだけシールの慴動抵抗も増えるが、そこは「技術革新でカバーする」とマツダは言う。
つぎに、筒内ガソリン直噴の採用。現状のポート内燃料噴射では、吸気ポートの壁面に燃料が付着してしまい、これが未燃HCとして排出される。仕事に寄与しない燃料がある、ということだ。同時に、ポート噴射だと点火直前の作動室内では空燃比分布が均質にならない。どうしても燃料が濃いリッチゾーンと薄いリーンゾーンができてしまう。筒内直噴ならば、噴射方向や噴射圧の工夫で混合気の空燃比分布は均質に近付き、未燃分はほぼゼロになり、さらに燃料霧化時の気化潜熱で混合気の温度を下げられるため充填効率も上がる。REの弱点である燃費の改善には、筒内噴射はかなり効果があるだろうと予想される。さらに一歩、考え方を進めれば、燃料の最適噴射によって積極的にスロットルレスポンスをつくり込むことができる点もプラスだ。
公表されているイラストでは、水素RE同様にトロコイドフォームのトップにインジェクターが位置している。また、マツダのインターネット・ホームページ内にある「16X」の解説動画(http://www.mazda.co.jp/philosophy/rotary/16X/)では、ロータ ー回転方向とは反対側、すなわちトレーリング側に向かってやや斜めに噴射されているが、実際の噴射口がどの方向を向いているかは分からないし、噴射口がいくつあるかもわからない。当然、多孔式インジェクターを使い、それなりの燃圧で吹いてくるだろう。「燃焼室近傍での噴射ではなく、基本的には吸気工程噴射により気化時間を稼ぐ」とマツダのエンジニアは語るが、作動室内のねらった位置に燃料を「置く」ような考え方をすれば、圧縮工程噴射という選択肢もあるだろう。このあたりもまだ開発途上だという。
3つめはアルミサイドハウジングの採用。公表されている16Xのトロコイドフォームは、13B型のローターハウジングにすっぽり納まるように描かれているが、エンジンブロックであるローターハウジング内の冷却水流量を充分に確保するとなれば、エンジン外寸の大型化は避けられないだろう。それは重量増につながる。サイドハウジングをアルミ化できれば重量増を抑え込むことができ、同時に、熱容量が低下するから冷間始動時の暖機性が改善され、排ガス中の規制成分抑制にも有利だ。
もちろん、16Xでのチャレンジはこれだけではないだろう。本誌の質問に対しエンジニア諸氏が「それも検討課題のひとつです」と語ったものは多い。トロコイドフォーム一新というチャンスを、それぞれの部分の担当エンジニア氏が性能に活かそうと考えている。まさに千載一遇のチャンスなのだ。
本誌がマツダのエンジニア諸氏に尋ねた項目を掲げると、まず3プラグ化である。
ル・マンを制したR26Bには、1ローター当たり3つの点火プラグが採用されていた。燃焼室内のトレーリング側(ローターの回転方向に対し最後尾)に第3の点火プラグを置き、作動室内のトレーリングエンドにたまりやすい未燃燃料を燃やして仕事に換えるためだ。レース用は全開トルクで点火タイミングを決めていたから3プラグ同時点火だったが、これをエンジン回転数に応じた熱効率やプラグ周辺の温度、排ガス成分などから最適プログラムを組んで点火位相差を制御するとどうなるだろうか。現在の市販REでは、アイドリング時だけがトレーリング側先行点火で、それ以外の条件ではリーディング側先行点火になっているが、もっとキメ細かく制御する手はあるだろう。
エンジニア氏は「3プラグ化するかどうかも検討課題」と語っていた「現状の13Bを基本にして筒内直噴の検証をしているから、テストベッドが16Xのフォームに切り替わったところで点火系を見直すこともあり得る」と。すでにレースで実績のある技術だけに、16Xに入ってくるかもしれない。
次に、吸排気のバルブタイミングを可変式にするのはどうか。
かつて80年代にマツダは、6PIという吸気側2段切替え方式を実用化し、現在は2~3段階の制御を行なっている。連続可変ではないが、切替え式の導入は早かった。しかし、排気側の可変は、まだ手付かずだ。この点については「現在はディメンションを変えるという行為の現象変化を追っている段階なので、まだそこまでは考え方がまとまっていない。もちろん、想定の内に排気系も入ってくる」との回答だった。
吸気については、R26Bがトロンボーン式の吸気管を使い、管長を変えることでエンジン回転数に応じた慣性過給効果を得ていた。あのような長大な吸気管を市販車のエンジンルームに直線のまま押し込むことは不可能だろうが、管そのものを折り返したり曲線形状にして、なにがしかの効果を得ることは可能のように思う。エンジニア氏もそこは否定しなかった。
吸気系で言えば、ポンピングロスの低減もテーマとしてあるだろう。レシプロでは部分的ながらノンスロットリング機構の採用が始まっている。REのノンスロットル化については過去に「マツダ技報」に論文が掲載されたことがある。2つのローターを吸気還流ポートで連接し、その中に制御用のバタフライバルブを置き、吸気遅閉じ効果を得るというものだった。
「あらゆる手を試しています。ノンスロットル化も視野には入っています」とエンジニア氏。本誌アドバイザーでありレシプロエンジンがご専門の畑村エンジン研究事務所・畑村耕一氏は「ノンスロットルにして温度が下がると燃焼悪化の問題が出るのかもしれない。レシプロエンジンのノンスロットリングでも低負荷域では流動強制などの対策が必要になる場合がある。REではレシプロ以上に難しいのかもしれない」と語る。
エンジン部品の素材は変わるだろうか。鋳鉄ハウジングをアルミに変えるのだから、ローター素材の置換も検討材料に入っているはずだ。
「もちろん入っている。ローターを軽量化する必要があり、素材と製造方法の両面で手当てする可能性もある。ただ、ローターをアルミ化すると、回転体が軽くなるメリットは享受できるが、REはローター表面積が大きいから熱が逃げてしまう。メリットとデメリットのバランスをどこで取るか、だ」とエンジニア氏。それと、製造現場のことも考えなければならない。
鋳鉄を使うとなれば、レース用REのローターのようにロストワックス鋳造法を採用する手があるだろう。手間がかかり歩留まりも悪いが、マツダの生産技術部門は過去にもさまざまな難題を解決してきたから、アルミに置換しなくても薄肉軽量の鋳造で克服してくれるかもしれない。
ふたたび過給にチャレンジする考えはないのだろうか。
マツダでは「REはNA(自然吸気)路線で行く」との回答だった。ターボの過給遅れが問題だというが、低回転側の機械式過給と高回転側のターボ過給を組み合わせる手はある。筒内ガソリン直噴になるのだから燃料制御は問題ないだろう。ただし、エンジンルーム内のレイアウトが複雑になり、REならではのエンジンをダッシュパネル側の奥まで押し込んだレイアウトとの整合性は、相当な苦労を迫られるだろう。もちろんコスト面の懸念もある。
では、NAで行くとして、圧縮比はどうなるのだろう。現状のRENESISは10.0:1だ。「現状よりは高くしたいと思っている。ただし、上げればいいというものではない。圧縮比を上げれば初期の等容度は上がるが、その後の熱効率低下が懸念され、このあたりのバランス取りはレシプロと同じだ」
16X担当のエンジニア氏はこう語る。10.0よりは高くなるというサインと受け止めたい。トロコイドフォームを変え、エンジン素材の置換まで行なうのだから、ローター側のリセス形状は当然、見直されるのだろう。どのようなリセス形状と圧縮比の組み合わせが最適なのかはシミュレーションしていると いう。筒内直噴により空燃比偏在が格段に解消されることも含めて、圧縮比アップに期待したい。
エンジン全体の設計で言うと、補機類の小型化がテーマだ。補機類を含めたREの全高は、それほど低くはない。さきごろ登場した改良型RENESISでは、オイルポンプが機械駆動式からエンジン回転と同期しない電気式に改められたが、周辺技術の進歩を吸収しながらREは進歩している。補機類の素材置換も含めて、この部分にはまだまだ期待できると思う。
最終的には、レスポンスがよく全運転領域でトルク感を味わえて、燃費と排ガスが良ければいい。エンジニア諸氏の目標もそこにある。スペックありきではなく、REの実感性能を高める。16Xの意義はそこにある。
では、我われは16Xでどのような体験をできるのだろうか。
まず、低中速トルクの向上には期待できそうだ。RENESISのトルクカーブは排気量アップ分だけ確実に太る。さらに熱効率改善で中高速域を持ち上げ、シール性改善で低速側を持ち上げる。ここまではエンジニア諸氏のコメントを総合すれば想像がつく。
スロットルレスポンスは設計側の考え方次第だ。筒内ガソリン直噴による燃料制御で「空燃比のいいかげんな部分」が相当改善されるから、理論空燃比できちんと仕事をするエンジンという性格に期待でき、これはレスポンスにも効く。最近の欧州の直噴レシプロエンジンは、まるでディーゼルエンジンのように燃料噴射量の厳密な制御で「トルクを作り込む」「走行状態に応じてトルクを演出する」という方向だ。ドライバーのスロットル操作に対して俊敏に反応する。これはエンジン側だけでできることではないが、16Xとその搭載車に対する大きな期待である。
ドライバーは「加速させたい」という意志でスロットルを開ける。少しアクセルペダルを踏み込む。このとき、いきなりトルクが立ち上がってしまうのは「俊敏」ではなく「過敏」だ。巡航状態からつぎの加速に移行する前段階として、まず機械系の「あそび」を取り除いて、いつでも路面にパワーを伝えられるような用意をする段階が必要と考える。駆動系全体を緊張させるスタンバイ状態を「燃焼」が作り出してくれるとありがたい。
これは応答遅れではない。「加速の準備はできている。いつでも加速できるから指令をくれ!」というエンジンからの回答であり、ドライバーとエンジンの交信である。本当に緊急トルクが必要なら時間軸方向に交信を短縮すればいい。しかし、この段階がないと、ドライバーは経験則でクルマを操ることができなくなるはずだ。
REならば、ローター1回転少々でドライバーにスタンバイを伝えられるだろう。その先は電子制御スロットルと直噴の制御で「トルク感」はいかようにも作り出せる。そこは設計者のセンス次第だ。問題はトランスミッションだが、やはりツインクラッチのロボタイズドMTだろうか。クラッチペダルがなくなる分、パッケージング面でも有利なはずである。あるいは、クラッチペダルの位置をしっかりと確保したうえでトランスアクスル式ツインクラッチか。このあたりの話になるとマツダのエンジニア諸氏と話が大いに弾むが、すべて「検討中」である。
REをセンタートンネル側にもっと押し込むとなれば、もはやトランスミッションと三元触媒とクラッチペダルの場所取りは成立しないでしょ。出力軸もです。今度はドライサンプにして出力軸をさらに20mm下げられるかな。エンジン補機類は延長シャフトで駆動してもいいんじゃないですかね。それでトランスアクスルにして……
などと素人の浅智恵を披露していると「我われはプロ集団ですから、いろいろなことを考えていますよ」と一喝される。朝から晩までREのことばかり考えているエンジニア諸氏が、マツダにはたくさんいるのだ。
最後に、パッケージング担当エンジニア氏の明言をご紹介しよう。
「衝突安全性と歩行者保護の要件で、クルマの前半分のシルエットはだんだん似てきました。RE搭載モデルは異次元感を演出します。安全性なり社会性能を満足させたうえでREの小ささを活かしたい。見た人が『昔のクルマって、こうだったよね』と感じる異次元感です。違和感と言ってもいいかもしれない。そういう、アッと驚くパッケージングを考えています」
次世代のRX-7にアッと驚くのは、2011年東京モーターショーだろうか。
※2008年4月に発行されたMotor Fan illustrated Vol.19「ロータリー・エンジン 基礎知識とその未来」より
編集部注: この記事が書かれた2009年3月には、マツダ ロータリーエンジン復活への期待が確かにあった。しかし、同年秋のリーマン・ブラザースの経営破綻に端を発するリーマンショックもあってか、2011年の東京モーターショーにロータリーエンジン搭載車は現れなかった。
その後、2015年の東京モーターショーでロータリーエンジンを搭載すると言われた流麗なコンセプトカー「RX-VISION」が披露され、「遅くともマツダ創立100周年の2020年にはデビューするのではないか」と噂された。
レンジエクステンダーの発電用ロータリーエンジンの開発は明言されているが、いまだ姿を見せない。
次回は、ロータリーエンジン特集の最終回として、これからのロータリーエンジンへの期待を込めた牧野茂雄さんの「ロータリーエンジンは『主流になれなかったエンジン』ではない」をお送りします。お楽しみに。