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グッドイヤーが戦闘機を作っていた! そしてGMは人工呼吸器を作る——アメリカの「国防生産法」とは?


アメリカ合衆国でトランプ大統領が国防生産法を発動したのは3月20日だった。GMとフォードには人工呼吸器の製造を命じた。GMは医療機器メーカーのヴェンテック・ライフ・システムズ(Ventec Life Systems=VLS)との間で、フォードは総合電機メーカーであるGE(ジェネラル・エレクトリック)および化学メーカーの3Mとの間で、それぞれ人工呼吸器生産のためのライセンス契約を結んだ。GMのインディアナ州ココモ工場の生産ラインからは4月16日に人工呼吸器出荷が始まった。国防生産法発動からわずか25日後である。GMは4月中に600台の出荷を予定しており、6月中旬までに1万5,000台が出荷される予定だ。


TEXT:牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

 国防生産法(Defence Production Act Program)は朝鮮戦争が始まった1950年に成立した。戦争継続のために必要な兵器・物資の増産や調達先の拡大、それにかかわる企業の賃金、さらには広く一般消費財への物価統制まで、幅広い権限を合衆国大統領に認める法律だ。すでに50回近く発動され、アメリカは戦争や自然災害と闘ってきた。今回の発動は新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の拡大を阻止することが目的だ。




 自動車業界への人工呼吸器製造打診の段階ではGMが難色を示したと伝えられている。トランプ大統領は「GMは時間を浪費している」と批判していた。しかし、3月29日までに態度は一変し、「GMは懸命に取り組んでいる。良い報告を受けている」と賞賛している。ちょうどこの日、GMはProject Vと名付けられたインディアナ州ココモの工場に人工呼吸器生産ライン設置が始まった画像を公開した。




 今回、GMやフォードが製造する人工呼吸器は、すでにFDA(Food and Drug Administration=米食品医薬品局)の認可を受けていて産実績のある機種だ。納入先はFDAである。アメリカでも多くの医療機器は少量生産である。製造工場は大規模増産を受け入れられる規模ではない。国防生産法の発動に合わせ、人工呼吸器を構成する約700点の部品の生産手配が行われ、GMとフォードは最終組み立てラインを構築した。生産手順と注意点、完成検査の方法などは医療機器メーカーから開示された。

3月20日・医療機器メーカーのVLSとGMが人工呼吸器製造で協力。GMコンポーネンツ・ホールディングスLLC所有のこの建物に製造ラインが設置されることになった。

3月27日・VLSの技術担当副社長が人工呼吸器VOCSNについて説明を行う。

3月29日・いよい生産ラインの設置が始まる。床に防振カーペットが敷かれ、必要な資材の搬入が始まる。

 国防生産法ができる前にも、じつはアメリカの自動車産業は防衛産業に大々的な協力を行なっていた。第二次大戦のときである。GMはグラマン設計の雷撃機アヴェンジャー、戦闘機F4FワイルドキャットおよびF6Fヘルキャットなど小型海軍機を、フォードはコンソリデーテッド設計の大型爆撃機B-24を、クライスラーはM4シャーマン戦車などを、アメリカ政府の要請を受けて生産した。また、タイヤメーカーのグッドイヤーは海軍と海兵隊で使われたチャンス・ヴォート設計の戦闘機、F4Uコルセアの生産を請け負った。




 自動車産業の民間企業が持つ量産能力は軍需産業を確実に上回っていた。フォードが担当したB-24は、本家のコンソリデーテッドが1日1機の生産だったのに対し、フォードの最盛期には1日17機を生産した。あまりに量産が順調なので、米陸軍は欧州戦線と太平洋戦線の両方に大量のB-24を振り向けた。




 グッドイヤー製のF4Uも同様だった。チャンス・ヴォートは海軍からF4Uの制式名称を得ていたが、グッドイヤーが設立したグッドイヤー・エアクラフト・カンパニー製の機体にはFG-1の制式名称が個別に与えられ、1944年1月から生産が始まった。太平洋戦線で日本軍との激戦を闘うための戦闘機だった。




 筆者は以前、ミシガン州ディアボーンのフォード本社で当時の写真を見たことがある。端から端まで全長1kmはありそうな工場で、右から左へと爆撃機が流れ作業で製造される光景だった。生産ラインの右側に部品ステーションがあり、必要な部品はステーションに運ばれる。それを組み立ててゆけば、最終的にB-24になる。1機がラインアウトすると、いちばん右端のステーションで新しい機体の生産が始まる。しかも、尾翼や旋回式機銃座など大物部品はサブステーションですでに組み立てられている。完全に自動車の生産方式である。

3月30日・各フロアで既存設備の撤去と生産ライン設置が同時並行で進む。

3月31日・生産ラインの設置と並行してVLSからGMスタッフへの人工呼吸器の構造説明が始まる。

4月6日・生産ラインスタッフによる生産習熟訓練が続く。

4月7日・試験的に組み立てたVOCSNのテスト、量産への準備は着々と進む。

4月13日・最初の量産機の組み立てが終了。さっそくテストにかけられる。そして次々に完成する。生産ラインは順調に動いている。

 GMがココモ工場に人工呼吸器の生産ラインを敷く模様は、3月29日からGMの報道向けウェブサイトにアップロードされた。写真の日付は3月25日から始まっており、生産ライン設置風景やVLSによる組立手順の説明、作業習熟のためのトレーニングの模様などが披露された。GMはFDAとの間で人工呼吸器3万台の納入契約を結んだ。




 アメリカではトヨタなど日系企業も医療現場で使われるフェイスシールドやサージカルマスクなどの生産で協力を行なっている。トヨタは「人工呼吸器と人工呼吸器を生産する、少なくとも2つの会社に協力を行うための合意を最終化した」と表明した。BEV(バッテリー電気自動車)専業のテスラ・モータースは「モデル3」に使われている部品を流用し独自に人工呼吸器を設計した。当初はニューヨーク州にある同社の太陽電池工場で量産を開始し、ニューヨーク市の病院に寄贈すると語っていたが、最新の情報では「一部のユニットの生産だけを行う」方向に修正されている。




 普段は人工呼吸器の生産とは縁のない自動車メーカーが短期間のうちに量産体制を整えられる理由は、国防生産法が「命令権」を持っているためだ。人工呼吸器の仕様や製造に関する基準は、米国医療機器振興協会(AAMI)が急遽ガイドラインを作成し公開した。こに作業は実に早かった。同時にFDAは人工呼吸器の製造に関する規制を大幅に緩和し、量産しやすい素材や部品仕様への変更をスピーディに行えるようにした。

4月14日・GMのメアリー・バーラCEO(左)とVLSのCEOが工場を訪れる。

4月16日・完成しテストを終えたVOCSNの箱詰めが始まる。スタッフは箱に思い思いのメッセージを書き込み、最初のロットがトラックに積み込まれた。

 EU(欧州連合)でも人工呼吸器の増産は急務であり、本来はことし5月に施行される予定だった医療機器の規制強化案を凍結し、医療機器メーカーとしての認可を受けていない企業でも緊急増産支援ができるようにした。同時にEU加盟25カ国で共同調達体制を敷き、人口呼吸器の奪い合いや配送遅延がないよう交通整理を開始した。




 EUを離脱したイギリスでは、政府が人工呼吸器の製造仕様および生産ラインに必要な非常用電源や検査設備などの条件を開示した。最低2週間以上は人工呼吸器の製造に携わることなどの参入条件も開示し、ホンダやダイソンなどに生産協力を呼びかけた。




 では、日本はどうか。国内には現在、約2万8,000台の利用可能な人工呼吸器があると伝えられている。しかし、感染者数の急増により直近では「全国で1万台が不足する」との声もあがっている。しかし、医療機器メーカーには緊急増産に対応できる能力はほとんどない。4月10日に自動車業界が医療機器メーカーに協力する用意があることを発表したものの、欧米のようにライセンス生産を開始するには規制の壁がある。




 規制とは、厚生労働省が所管する医薬品医療機器法だ。医療機器の専門家によると、人工呼吸器の場合「新規参入には最低でも1年はかかるだろう」と言う。それに「少量生産で需要も限られているから単価も高い」そうだ。ここへ来てようやく厚生労働省は規制緩和の方針を打ち出し「既存の医療機器メーカーとのライセンス契約で異業種が参入できるようにする」と言い出した。国や都道府県の承認や医療機器製造事業者としての登録については「4か月程度かかるものを数日に縮める」という。




 同時に、国内の医療機器メーカーやリース会社などが持つ在庫5,000台を政府が買い上げまたはリース契約で押さえる方針も一出した。7,000台を輸入と緊急増産で確保できれば、合計2万台を確保できるという。これを政府が主体となって医療機関に届ける作戦だ。




 それにしても、欧米では自動車産業が人工呼吸器や医療現場での必需品の生産にすでに協力している。日本では厚生労働省が規制を盾に何も動かなかった。アメリカの国防生産法発動は3月20日、日本で厚生労働省が人工呼吸器製造の規制緩和を打ち出したのは4月14日。25日間もの差がある。奇しくも4月14日は、GMが人工呼吸器を最初のロットを出荷した日だった。アメリカもEUもイギリスも政治が動いた。日本では政治が動いていなかった。単純にこの差である。25日間で製品を送り出したアメリカ。やっと規制緩和の方針が決まった日本。これが本当の武力衝突なら、日本は負ける。

4月17日・医療現場に到着したGM製人工呼吸器。使い方の説明が行われ、入院患者のもとへと運ばれた。

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