40年に渡る歴史のなかで、REはたゆまず細部の改良を重ね続けてきた。
その集大成として、現時点の到達点である「RENESIS」13B-MSPエンジンに投入された新機軸と、その歴史的意義をひもといてみよう。
TEXT:牧野茂雄(Shigeo MAKINO)
PHOTO&ILLUSTRATION:MAZDA
RE黎明期から存在したサイドポート排気というアイデアの実現
1996年の春、フォードがマツダへの出資比率を33.39%まで増やし経営の実権を握った。巷でも社内でも真っ先に「これでRE(ロータリーエンジン)はなくなる」と言われた。実際、RE開発部門の人員は、最低のときには8人まで減らされた。しかし、フォードから派遣されていたマーチン・リーチ常務と、彼のボスでありフォードの技術担当責任者であるリチャード・パリー・ジョーンズ副社長が最終的にRE継続を承認した。
リーチ常務はRX−01の素性に惚れ込み、ジョーンズ副社長はFD型RX-7に搭載された改良型REの性能を認めた。ふたりとも技術を見極める確かな目を持っていたと同時に、プロのレーシングドライバーだった。このふたりがいなければREは消滅していただろう。FDに搭載されていた13B型REを、トロコイドフォームとローター/ローターハウジング形状だけを残して徹底的に改良する計画が動き始めたのは1998年の末だった。これがのちにRX-8に搭載されるRENESISエンジン開発プロジェクトとして99年に本格化し、RE開発部はふたたび最盛期並みの大所帯になったのである。
上:ペリフェラル排気ポート:作動室(レシプロエンジンで言う燃焼室)の移動により燃焼済みのガスはそのまま穴から出される。三角おむすび状のローターの各頂点にはアペックスシールがあり、これが燃焼済みガスを外に掻き出す。簡潔な構造である。しかし、排気が終わる前にリーディング側の作動室は吸気行程に入ってしまい、吸気ポートと排気ポートが連接してしまう。
下:サイドハウジング面に排気ポートを開ければ、ポート形状の工夫で吸気ポートと排気ポートのオーバーラップ(同時に両方が開いている状態)は解消できる。左の図で赤く示されている未燃ガス(未燃HCを多く含む)が排出される量も激減し、未燃ガスは次の行程での燃焼に持ち込まれる。これがサイドポートのメリットだ。ただし、今度はローター側面のシール性要件が厳しくなる。
排気ポートインサートの採用(触媒早期活性化とカーボン推積量の低減)
RENESISの最大の特徴を挙げるならば、排気ポートを従来のローターハウジング面(ペリフェラルポート)排気からサイドハウジング面のサイドポート排気へと変更したことだろう。じつは、サイドポート排気というアイデアそのものはRE開発当初から存在し、何かの拍子でこの機構に着目するエンジニアが出現するということを繰り返してきた。
それがふたたび浮上したのは、91年に市販された3代目RX-7(FD)の燃費改善作業がきっかけだった。吸排気ポートのオーバーラップをなくすための手段として、である。
ペリフェラルポート排気の場合、排気が完全に終わる前にローター側は吸気行程に入ってしまう。バルブもなにもなく、ただ吸気/排気ポートがぽかんと口を開けているのだから、三角おむすび型のローターの頂点がポートを通過している最中は、その頂点の両側に位置する作動室がつながってしまう。かたや「燃えかす」を捨てようとしているのに、その燃えかすの一部はリーディング側(ローター回転方向前方)の作動室に拾われてしまう。そのぶんだけ新しい空気を導入できなくなる。
最近のレシプロエンジンだと、わざとオーバーラップを大きくしてシリンダー内を新気で掃除(掃気)し、そのあと排気バルブを閉めてさらに新気をたっぷり入れるというバルブタイミング制御が可能だが、REはそれができない。しかし、サイドポート排気にすればオーバーラップをゼロにすることはできる。
とは言え、実用化までの問題は多かった。ローターとローターハウジングの間に慴動(互いに擦り合う)面の多いREは『シールと冷却とでなんとか回っている』と言っても過言ではない。レシプロエンジンはシリンダーボアとピストンとの隙間だけをシールすれば事足りるが、REは両側面と作動室を形成する面をすべてシールしなければならない。慴動面であるサイドハウジングに排気穴を開けるとなれば、サイドハウジング側のシール性も問題になる。温度の低い新気を導入する吸気ポートならまだマシだが、高温の燃焼済みガスを外に追い出すサイド排気は問題が多かった。
試作段階での最大の問題点は、サイドポートにオイルの燃えかすであるカーボンが堆積し、ポート面積がどんどんと縮小してしまうことだった。サイドポートがホットスポットになり、熱せられたフライパンのように「焦げ」を堆積させる。最終的には排気ポート付近に極細の冷却水通路を設けてカーボン堆積を激減させたが、量産化に当たってはサイドハウジングの精密鋳造技術を、もうワンランクアップさせる必要が生じた。
もちろん、それは克服されたのだが、マツダのスタッフを取材していると、RE開発は設計、試作、実験、設計変更、実験、確認、量産手配……という単純な流れではなく、すべての部門が同時並行的に問題解決に当たるという場面が多いという印象を持つ。それだけ「発展途上のエンジン」ということでもあるが、解析や制御、素材、製法など周辺技術の進歩があると、かつてはNGだった手法を利用できるようになるという点は、RE研究者にとっても興味の尽きないところだろう。
サイド排気によりアイドリングも安定した。これは排ガスにも効き、マツダのデータでは1500rpmでBMEP(正味有効圧)が0.1〜0.5という微小出力時のHC排出はほぼ半減している。「燃費」と「排ガス」というREの苦手部分は、大勢のスタッフの努力によって徐々に克服されたのである。