単に移動することが役割ではなく、目的地ですんなりと次の予定に入っていけるよう、大人数のVIPが不要な疲労を感じることなく、快適に過ごせる空間を提供するパッセンジャーカー。そんな特殊任務をこなせる3台の実走比較レポートをお届けする。
REPORT●石井 昌道(ISHI Masamiti)
PHOTO●井上 誠(INOUE Makoto)
※本稿は2020年3月発売の「グランエースのすべて」に掲載されたものを転載したものです。
トヨタ・グランエース Premium:高級セダンをも凌ぐレベルの静粛性と滑らかな走り
圧倒的なサイズと豪華な室内を持つ高級ワゴンとして登場したグランエース。ボディサイズは全長5300×全幅1970×全高1990㎜でアルファード/ヴェルファイアの全長4950×全幅1850×全高1950㎜を大きく上回る。トヨタのミニバン/ワンボックス系におけるトップの座も入れ替わるのかと思いきや、両車は立ち位置が違うのだという。アルファード/ヴェルファイアは乗用車ミニバンのトップだが、グランエースは一般ユースというよりはショーファーで法人ユースがメインターゲット。ただそれでも、より大きくて豪華なモデルを求める個人ユーザーもいるだろうし、開発陣がベンチマークともしたメルセデス・ベンツVクラスなどはサイズ的にも近いライバルとも言える。今回は乗用車として使いたい個人ユーザー気分でグランエース、Vクラス、アルファードを比較試乗してみることにした。
グランエースはASEANなど海外向け商用車のハイエースをベースにしたセミボンネットタイプのFR。その生い立ちはVクラスと同様で、一般的なFF乗用車のアルファードとは根本的に違う。
だが、走り始めてみれば商用車がベースとは思えないほど洗練されている。サーッと滑らかに転がりだし、室内の静粛性も高級セダンのよう。アルファードもかなり高級感があるが、それを凌ぐかと思えるほどだ。
第一印象に気を良くしつつも、まずはその巨大なボディで街なかを走るとどうなのかを冷静に見てみることにした。Aピラー付け根とドアミラーの間が離れていて前方左右の視界がしっかり確保され、スクエアなボディなので車両感覚がつかみやすい。さらにFRだから前輪の切れ角が大きく、最小回転半径は5.6m(アルファードと同等)。狭い路地でも案外とスイスイと走れてしまう。もちろん、物理的な大きさはあるものの、それほど怯む必要はなさそうだ。
商用車用のタイヤを履いているから、さぞかし縦バネが硬く、ノイズも大きいかと思いきや、それをまったく感じさせないことには驚いた。よく観察してみれば、タイヤなりのノイズは発生しているし、縦バネも乗用タイヤよりも硬いのだが、ボディやサスペンション、遮音材などで綿密に対応していることに気付く。アンダーボディはストレートラダー構造となってねじり剛性を確保し、そこに各ピラーを結合した環状骨格構造でボディは大型のワンボックス型と思えないほどしっかりしている。トレーリングリンク車軸式のリヤサスペンションもストローク感があってしなやかだ。
だから路面の凹凸が大きくてもサスペンションがスムーズに動く感覚が大きく、タイヤの硬さなど微塵も感じさせずに上質な乗り心地を提供しているのである。街なかよりも速度域の高い都市高速でも印象の良さはかわらない。大きな目地段差などでも突き上げ感は最小限で快適な乗り心地。路面がザラザラしていてもロードノイズは低く抑えられている。
パワートレーンは2.8ℓ直4ターボディーゼル+6速ATで2760㎏の車両重量に対しても過不足はまったくなかった。450Nmもの最大トルクを1600〜2400rpmで発生するのだから当然ではあろうが、ギヤ比の設定も絶妙で街なかの発進などでは重さをまったく感じさせない。今回は2名乗車だったが、これなら乗員や荷物が増えても頼もしく走ってくれるだろう。アクセルを深く踏み込んでいくとそれなりのシャープさを伴いながら3800rpmまで頭打ち感なく回っていく。まずまずの速さで、高速道路での追い越しなどでもストレスはない。音・振動に関してもハイレベルで、ディーゼル特有のいやなノック音などはなく、さすがはショーファーユースを考えているだけあって高級車らしい静粛性がある。
街なかと都市高速で走らせていると乗り味はかなりのレベル。今まで、国際試乗会などで海外の超高級リゾートの送迎車にも乗ったことがあるが、このテのモデルとして世界最高と言ってもいいだろう。ただし、100㎞/h程度までは〝凄い!〟と感心しきりだったのだが、それ以上の速度域は得意項目ではないようだ。横風にあおられやすく、直進時の修正舵は速度が上がるほどに増えてくる。それでも日本の道路環境のほとんどをカバーしているわけだから問題はない。個人ユーザーで頻繁に新東名を走るというならそこは考慮しておいた方がいいが、郊外路程度までなら最高の高級ワゴンとして応えてくれるはずだ。
WLTCモード燃費:10.0㎞/ℓ
直列4気筒DOHCターボ/2754㏄
エンジン最高出力:177㎰/3400rpm
エンジン最大トルク:46.1㎏m/1600-2400rpm
車両本体価格:650万円
メルセデス・ベンツVクラス 220d AVANTGARDE long アウトバーン生まれの素性を感じる高速域のスタビリティ
Vクラスももとは商用車。現在でも欧州ではVitoと呼ばれる商用車が兄弟だ。だがVクラスはエクステリアもインテリアもEクラスなどメルセデスの乗用車と変わらぬクオリティで、そのプレミアム感はさすがのひと言だ。
グランエースと同じくFRで、全長はスタンダードが4895㎜、ロングが5140㎜、エクストラロングが5370㎜。全幅はいずれも1928㎜、全高はわずかに違い1901〜1909㎜の間。グランエースの方が全幅は広く、全高はやや高め、全長はエクストラロングが近い。エンジンは2.2ℓ直4ターボディーゼルで、最高出力163㎰/3800rpm、最大トルク380Nm/1400〜2400rpmとグランエースに比べると小排気量でパフォーマンスもやや下回るが車両重量は320㎏軽い2420㎏(ロング)なので動力性能的にはほぼイーブンだ。
Vクラスのエンジンはアルミブロックを採用した最新バージョンで、静粛性は驚異的に高い。7速ATも洗練されているので、パワートレーンから受ける印象はしっかりとメルセデスの乗用車クオリティ。街なかでは滑らかで頼もしく、それでいて静かに存在感を主張してこない。だが、アクセルを踏みつけるとシャープに4220rpmまで回りきり、意外なほどスポーティなところもある。ガソリンエンジンと勘違いしそうなほど軽快だ。
こちらは乗用車用のタイヤを履いているが、街なかを走らせているとちょっとゴツゴツ感がある。以前に比べればサスペンションが妙に突っ張った商用車的な感覚は薄れていて、高級ミニバンとして十分に納得いくレベルではあるものの、グランエースに比べてしまうと快適性では一歩譲ると言わざるを得ない。都市高速を60〜70㎞/h程度で走っていても、目地段差での処理などは少しだけグランエースに分があった。突き上げがきついということはないが、ブルブルッとした揺さぶられ感があったりする。ロードノイズもやや大きめに感じられる。
だが、高速道路で速度を上げていくとVクラスは途端に生き生きとしてきた。速度が上がるほどにボディが路面に吸い付いていくかのようなメルセデスらしい感覚が、この背高なミニバンにもあり、どんどん安定感を増していく。100㎞/hオーバーでの直進性の良さ、安定感の高さは見事で、これならロングドライブも苦にならない。ステアリングホイールに軽く手を添えていれば矢のように直進していき、コーナーへ速めの速度で飛び込んでいってもグッと粘って安心感を保ってくれる。高速域になるとロードノイズと風切り音が見事にバランスして、耳障りではなくなっていくから音的にも快適だ。ワンボックスタイプの高速エクスプレスとしては世界最高だろう。ボディ剛性が高いのはもちろん、高速域での安定性を重視したサスペンション設定、空力性能の良さなどがVクラスの強み。さすがは速度無制限区間がいまだに多く存在するアウトバーンの国が生んだだけのことはある。 最近は技術が進化して、国や地域の常用速度域の違いによるクルマの特性の差などはあまり感じられなくなってきている。だが、背高で重量級のワンボックス系でコンベンショナルなサスペンションだと依然としてはっきりと分かれるのが面白い。日本市場で最適化したグランエースは100㎞/h以下で最強、一方のVクラスは超高速域で敵なし。得意不得意がはっきりとしているのである。
商用車をルーツに持つVクラスではあるが、高級乗用車の代表格メルセデスのモデルだけあり、多人数乗車のミニバンであってもその走りにはメルセデスらしさが溢れている。シックな内装もさることながら、高速域でのスタビリティは随一だ。(室内写真は現行モデル)
WLTCモード燃費:11.4㎞/ℓ
直列4気筒DOHCターボ/2142㏄
エンジン最高出力:163㎰/3800rpm
エンジン最大トルク:38.7㎏m/1400-2400rpm
車両本体価格:764万円
トヨタ・アルファード HYBRID Executive Lounge(7人乗り):ドライバーズカーとして満足いく完成度を誇る
今回試乗に連れ出したアルファードはハイブリッド。そのため、街なかで走り始めるとパワートレーンはひと際静かで快適だった。ただ、グランエースやVクラスもディーゼルとしてはトップレベルの静粛性を誇るから、高級車としても十分に評価できる。
ハイブリッド・システムは、カムリ以降のダイナミックフォースエンジン搭載モデルに比べると古いタイプなのでレスポンスがそれほど良いわけではないが、全車とも前後にパワフルなモーターを搭載しているので、走りは想像以上に頼もしい。特に低速域からトルクの太さを感じさせる加速感は気持ちいい。
それでいて高速道路でアクセルを深く踏み込んでいけば、今度はエンジンが高回転域で想像以上に元気。動力性能はグランエースやVクラスよりもやや上回っているように感じられる。それでいて燃費性能は圧倒的に良いのだから、この3車で迷っている人にとってパワートレーンではアルファードが有利だと言っていいだろう。走り重視なら3.5ℓV6という選択肢もあり、それならより高いパフォーマンスと官能性が手に入る。売れ線の2.5ℓ直4は必要十分といったところで頼もしさはないが、リーズナブルな価格が魅力ということになる。燃費が3.5ℓに対してわずかしか良くないところをみても、ライトサイジングとは言えない。つまり適正排気量はもう少し上なのだろう。
乗り心地は基本的には悪くない。低速域の街なかで、路面が普通レベルだったら良好と言っていいレベルだ。ただし、路面が荒れているとわずかにフロアがプルプルとした感触があり、それがシートを伝わって乗員に伝わってくる。目くじらたてるほどではないが、街なかでのスムーズで上質な乗り心地という点ではグランエースが最高だ。特に2列目シートに座るとその差がわかる。
都市高速の目地段差では突き上げ感は低く抑えられ、それなりに快適にこなしてくれたが、やはり少しプルプル感が尾を引いて気になることもある。また、パワートレーンは静かだが、その分ロードノイズがちょっと耳につきやすいところもあった。
高速道路で速度を上げていくとシャシー性能がかなり重視されていることがわかってきた。リヤサスペンションがどっしりと落ち着いていて背高なわりにフラつきが少ない。高速でレーンチェンジしてみても安定していてリヤの収まりが良く、安心感がある。以前のアルファードはここがウィークポイントで高速道路ではあまり速度を上げたくなかったが、大きく進化しているのだ。Vクラスほどには超高速域が得意というほどではなく、横風でフロントが少々ふられることもあるが、とにかくリヤが安定しているので不安を抱かず適切に修正舵を入れていけるのである。
コーナーでもステアリング操作に対して素直かつ正確にノーズがインへ向いてくれて、思いのほかスポーティでもあった。アルファードはドライバーズカーとしても満足いくようバランスさせたモデルなのだ。 今回の3台は特性がはっきりとわかれていて興味深い比較試乗となった。Vクラスはドイツ車ならではの高速域での性能が高く、速度が上がるほどに安心感が増していくのが魅力。アウトドアスポーツが趣味で週末は頻繁にロングドライブに出掛けるなどという用途では最強だろう。
アルファードは運動性能の高さと高級ミニバンらしい快適性を上手にバランスさせている。FR系の2台が商用車としても使えるタフなシャシーを持っているのに対して、ほんの少しプルプル、ブルブルとするところはあるものの、あらゆる状況で不得意科目がない優等生として仕上がっている。万能性を考えれば、誰にでもオススメできるモデルだ。
注目のグランエースは、やはりショーファーとしては素晴らしいモデルとして仕上がっていた。街なかから郊外路程度までの快適性は他を寄せ付けず、VIPを満足させる。そこに特化している分、超高速域は得意とは言えないが、その領域はそこそこで良いのならば個人ユースするのもあり。アルファード/ヴェルファイアのようにありふれておらず、圧倒的な存在感で個性を発揮するのが魅力なのだ。
WLTCモード燃費:18.4㎞/ℓ
直列4気筒DOHC+モーター/2493㏄
最高出力:152㎰/5700rpm
最大トルク:21.0㎏m/4400-4800rpm
モーター最高出力:143㎰
モーター最大トルク:27.5㎏m
車両本体価格:735万8040円