CX-8はCX-5のストレッチ版にあらず。3列シートを設けたことに留まらず、CX-9の高剛性ボディを活用することによる操安性の向上や、エンジンのパワーアップ。内装のグレードアップなどの改良がそこかしこに盛り込まれている。果たしてその走りはフラッグシップに相応しいものに仕上がっているのか。さっそく確かめてみよう。
REPORT●高平高輝(TAKAHIRA Koki)
PHOTO●神村 聖(KAMIMURA Satoshi)/平野 陽(HIRANO Akio)
※本稿は2017年12月発売の「マツダCX-8のすべて」に掲載されたものを転載したものです。車両の仕様が現在とは異なっている場合がありますのでご了承ください。
多人数の居住性とマツダが求める基準を満たすカタチ
新しいSUVであるCX-8の開発に際してマツダが掲げた目標は、欲張りというか贅沢なものだった。多人数乗車と“魂動”デザイン、そして走る歓びを高次元で両立させることに挑んだという。つまり、まともに座れる3列目シートとカッコいいスタイル、そして胸を張れる運動性能のすべてを諦めずに追求する、という狙いだ。
これはごく真っ当で誰もが頷く正論だが、実際には解決法がなかなか見つからない昔からの数学の難問のようなものである。形ばかりのサードシートを装備して、『家族全員乗れます』と謳いながら、小さな子供やおじいちゃんおばあちゃん用の“我慢シート”となっている名ばかりの3列シート車では今の時代に新たにつくる意味がない。
真四角で高さの余裕を活かせるミニバンのほうがパッケージングは当然楽だが、それ以外ではネガティブなことが多く、ニュースでご存知のようにマツダはすでにミニバンの生産からの撤退を決めている。側面衝突対策などを考えると、スライドドアのミニバンはやはり躊躇せざるをえないという。無論、車高や重心の高さなども不利なことは明らかで、マツダが今後求める性能レベルに引き上げることは難しい。それでもいわゆるピープルムーバーは必要、ということで悩んだ末にマツダが選んだ道はSUVの多人数乗車モデルだった。
すでに北米やオセアニア向けには2.5ℓガソリン直噴ターボを搭載したCX-9という大型(全長5m超)の3列シートSUVを投入しており、CX-8はその日本向けモデルという位置づけになろう。3列シートのクロスオーバーSUVであるCX-8は2+2(または3)+2の6/7人乗りSUVである。パワートレーンは2.2ℓディーゼルターボ&6速AT一種のみだが、FFと4WDモデルがあり、それぞれに6人乗りと7人乗り仕様が用意されている。セカンドシートは左右独立したキャプテンシート仕様と、同じくキャプテンシート仕様で左右席間にセンターコンソールを設けたタイプ、さらに3名掛けのベンチシート仕様と都合3タイプある。
当然ながら、単にボディを大きくすればいいというものではない。日本国内で使うのに持て余さないサイズに収めながら、パッセンジャーにも快適なロングドライブを楽しんでほしい、と言うのは簡単だがそもそも相反する条件なので、その兼ね合いが問題だ。
もちろんマツダも耳に優しい言葉を掲げるだけでなく、より具体的で現実的な言い方で各シートの“容量”を説明している。
すなわち、フロントシートはどんな体格の人でも適正なドライビングポジションを取れる空間。2列目シートは大柄な大人でもゆったりくつろげる空間、そして3列目シートは身長170㎝程度の大人が不快な思いをせずに短・中距離移動できる空間を実現したというものだ。そう、問題はサードシートである。これについては限界があるので、具体的な数字付きになっている。そこで、走り出す前にまずはサードシートに座ってみることにした。
スライドドアのミニバンほどではないが、リヤドアはかなり大きく開くし、2列目シートのバックレストを倒すのも簡単なので3列目シートのアクセスに不満はない。キャプテンシート仕様では中央のウォークスルーを利用すればもっと便利である。とはいえ身体が硬くなった祖父母に3列目シートまで入らせたくはない。乗り降りの際のことを考えれば、やはりサードシートには柔軟性のある若い人に座らせたい。
170㎝までの大人にきちんと使ってもらえるような3列目シートは確かに工夫されている。身長178㎝の私には何より天井の余裕がなく、髪の毛が内張に触れるレベルのスペースだが、爪先は前席の下に入るし、シート座面と床面の高さをできるだけ確保するようにしてあるので、例の「体育座り」のように完全に膝を抱える姿勢にはならないことが有難い。ボディ後部のフロアはサスペンションや燃料タンク、排気系の取り回しなどとの兼ね合いで低くすることが難しいのだ。
またシートクッションも薄く平板にしておいたほうがラゲッジスペースとして使う場合に畳みやすいが、ぴったりフラットに格納できることを優先すると、シートとして使った時のサイズや座り心地に影響が出る「非常用シート」のままである。CX-8のサードシートは、ある程度の距離なら確かに不満を覚えずに済むものである。
2.2ℓディーゼルターボは大幅進化でパワーアップ
CX-8のパワーユニットは2.2ℓ直噴ディーゼルターボのみ。「スカイアクティブD 2.2」というネーミングはCX-5と同じだが、その中身は大型化されたボディと車重の増加に対応して、大きく改良された進化版である。まず、ターボチャージャーが異なる。スカイアクティブD2.2は2ステージターボチャージャー(低圧用と高圧用の大小2基のターボ)を採用しているが、そのうちの低圧用(大きいほう)に可変ジオメトリーターボを新たに採用した。
ちなみに1.5ℓ版は可変ジオメトリー付きシングルターボである。その結果、最高出力と最大トルクは従来型の2.2ℓディーゼルターボ(175㎰、42.8㎏m)に比べて一段と増強され、190㎰/4500rpmと45.9㎏m/2000rpmを発揮する。また新形状のエッグシェイプピストンと高応答マルチホールピエゾインジェクターを採用して燃焼を改善、振動騒音を抑制したという。燃費向上のためには冷却水制御バルブや低張力ピストンリングなどが新たに導入されている。
実際にCX-5よりもボディサイズが大きく、車重(1790〜1900㎏)はおよそ200㎏重いにもかかわらず、まったく痛痒を感じない。今回の試乗の舞台は横浜周辺の街中一般道と都市高速道路だったが、微妙な加減速のレスポンスが問題となるそんな市街地で、むしろCX-5より明らかにレスポンスに優れ、リニアにパワーが湧き出ているように感じた。
それも全開時にパワフルで加速に優れているというより、ごく普通にスロットルを、たとえばほんの1/4ぐらい踏んで穏やかに加速しようという場合に、その反応に遅れがなく、ツキがいい。最近マツダが取り組んでいる“躍度”の研究成果が表れているのかもしれない。ディーゼルを敬遠する人が最大のネガとして挙げるのは、スタート時や中間加速時のレスポンスの悪さだと思う。操作に対する反応に遅れがなくスッと動き出し、ドライバーの意図した通りに加減速をコントロールできれば、その走りは軽快に身軽に、そして上質に感じられるものだ。
そのうえ新しいスカイアクティブD2.2は静かになっている。始動する際も、アイドリング時も音・振動ともにCX-5のディーゼル車とは比べ物にならないぐらい小さく、緩やかに加速していく際にもザラザラしたラフなフィーリングが伝わってこない。ノック音も注意して耳をそばだてていないと分からない(それも短時間)ぐらいのレベルに抑えられている。このような細部の改良へのこだわりの積み重ねが上質さとなって表れるのである。
さらにエンジン音だけでなく、ロードノイズ、とりわけボディ後部ラゲッジスペースからの透過音も明らかに抑えられているようで、高速道路をクルージングしているような場面では極めて静かだ。妙な言い方だが、これがCX-5の兄貴分だとしたら、CX-5オーナーがへそを曲げるのではないかと思うぐらい、質感には大きな違いがある。CX-5のディーゼルモデルはおよそ280万円から350万円の価格帯、CX-8は約320万円から420万円の範囲である。
もちろんマツダの最高価格モデルではあるけれど、先進安全装備の充実も含めて、第一印象としては決して高くはないと思う。もしかすると、新たなジャンルのモデルということを心配して、マツダはまたもちょっと弱気の価格設定を実行したのかもしれない。
CX-9譲りのボディ設計でハイレベルな動的質感に
上質感へのこだわりは乗り心地にも表れているようだ。ベーシックな「XD」には17インチタイヤが標準、「XDプロアクティブ」と「XD Lパッケージ」の上位2グレードは19インチが標準装備されるが、同じく19インチを履くCX-5とは別物のように洗練されている。
無論CX-5にしても、フラットで安定感が高く、質実剛健な頼もしさがあるが、滑らかでスムーズとは言い切れないものがある。常にゴロゴロゴツゴツと、タイヤの重さとちょっとつっかえるフリクション感があり、時にドシンと重いタイヤの動きを制御し切れない感覚が残るが、CX-8の場合は明らかにスムーズだ。
単なる補強などでこれほど違うものかと思ってエンジニアに聞くと、果たしてCX-8はCX-5の兄貴分というより、ホイールベースが同じCX-9の弟分と見てほしい(全長はCX-9より170㎜短くなる)という。遮音材や吸音材の多寡だけでなく、モノコックを形成するプラットフォームやパネルの板厚などもCX-5とは違うと聞いて納得した。3列目シートを備えるCX-8は、後方衝突事故も考慮して法規制を上回るレベルの耐クラッシュ性を備えているというが、それが上質な乗り心地や静粛性にも寄与しているのだろう。
ハンドリングも大きなSUVとしては非常に自然ですっきりとしており、ドライバーの意図を裏切らないものだ。もちろん重さを意識しないわけにはいかないが、違和感のない自然な挙動と高いスタビリティはCX-5に勝るとも劣らないと言えるだろう。またAピラーの位置やドアミラーの配置、リヤクォーターウインドウの形状などにも配慮した視界の良さが取り回しの良さにつながっていることも見逃せない。最近はアイポイントの高いSUVを好む女性が増えているが、そんなドライバーにも歓迎されるだろう。
スタイリングは最近のマツダ各車と同様のテーマで隙なく仕上げられているが、注目したいのはむしろ内装である。いわゆる新世代モデル群が登場してから見違えるようにクリーンで上等になったインテリアにはさらに磨きが掛けられている。トリムのテクスチャーの見せ方、統一感の演出がますます巧妙になっているようで、たとえば今回「XD Lパッケージ」には本杢トリムが採用されているし、レザーシートもナッパレザーだ。
近頃はウッドトリムに見えても実際には樹脂に木の模様をプリントしたものがほとんどだが、CX-8は本物の木材を使用している。リアルウッドを使うのはユーノス・コスモ(知ってるかな?)以来だというからもう20年は経っていることになる。しかもスライス材を積層した薄板材を加工する、まるで寄せ木細工のような凝った手法を取っているとのこと。できれば白内装以外にも明るいインテリアカラーを設定してくれればさらに言うことなしである。
CX-8は多人数が不都合なく乗れるSUVであるだけでなく、マツダが目指した通りの上質感を備えたニューモデルだと言えるだろう。長い足を持つディーゼルエンジン(燃料タンク容量はFFで72ℓ、4WDで74ℓと大きく、1000㎞以上の航続距離を持つという)でクオリティを追求したCX-8は、走行性能も居住性も快適で洗練されているからこそ、気持ち良く走れるグランドツアラーとして高い能力を備えているはずだ。家族持ちの選択肢としては外すことのできないSUVである。