スポーツカーといえば、そのスタイル、パフォーマンス、ネームバリューなど、さまざまな比較ポイントがある。ここでは、ここ21年間のスポーツカー王国、アメリカでの販売台数をベースに分析してみることにする。台数が売れているスポーツカーが良いスポーツカー、と断言するつもりはない。もちろん、最後は「好き・嫌い」だが、売れている、あるいは売れ続けているスポーツカーには、理由がある。今回、分析の軸に据えたのは、誰もが「良いスポーツカー」と認める、ポルシェ911である。
スポーツカーにとって最大のマーケットはアメリカ
いまも昔も、スポーツカーにとって最大のマーケットはアメリカだ。アメリカで売れないスポーツカーは商業的に成功しないし、成功しないクルマに多額の投資をする自動車メーカーもない。
それでも、自動車メーカーがスポーツカーを開発し売ろうとするのは、スポーツカーが持つ「ブランド力」のためだと言っていい。スポーツカー専業メーカーはもちろんのこと(と言っても、いまやどのスポーツカーメーカーもSUVを作っているから、なかなか純然たるスポーツカーメーカーはないが)、フルラインを揃える自動車メーカーがスポーツカーを作るのは、技術力の高さをアピールすること、それにともなってブランド価値を上げることが目的だ。ある意味ではモータースポーツ活動と同じと言えるかもしれない。
目的は明確。そのためには、一度世に出したモデルを、途中で生産中止・販売中止になるようなことは、ブランドにとって逆効果だ。スポーツカーを作り、きちんと売り続けるのは難しいのである。
さて、冒頭のアメリカ市場へ話を戻そう。現在でこそ中国に首位の座を奪われたが、アメリカ市場こそがスポーツカーにとって「商業的に成功する」ための最大のファクターであることは変わりない。日本の自動車メディアは、昔からヨーロッパ志向で(もちろん、道路事情がより日本に近いのは欧州なのだが)、どうしても欧州ブランドのスポーツカーを取り上げることが多い。でも、その欧州ブランドのスポーツカーもアメリカで成功しないと成立しないのだ。
販売台数を決めるのは、クルマの完成度だけではない。価格戦略、ディーラー網・数、サービス体制、広告・広報戦略、ライバルとの関係など複雑な要因が絡み合ったその結果が販売数という数字だ。
もちろん、ここでは「そもそもスポーツカーの定義は?」という深淵なテーマには踏み込まない。あのモデルが出てこない!などさまざまなご意見もあろうかと思うが、ひとつの見方としてお楽しみいただきたい。
長くなったが、アメリカで成功し続けているスポーツカーがある。
ポルシェ911である。
アメリカでのポルシェ911の販売台数推移
ここに1998-2018の21年間の販売台数のデータがある。
ポルシェ911は、アメリカで年平均約9300台もの911を売っている。2008-11年に大きな落ち込みがあるが、これはリーマンショックによるもので、911に限らずすべての自動車メーカー、すべてのモデルが味わった「谷間」だ。
さて、では次のグラフを見てみよう。
ポルシェ911 vs シボレー・コルベット
そのポルシェを大きく上回るのは、シボレー・コルベットだ。日本国内の人気・名声ではポルシェ911に敵わないコルベットだが、アメリカでの人気は非常に高い。この21年間で56万台余、年平均で26800台と、ざっと911の3倍弱も売れているのだ。
911とコルベットを軸に、その他のモデルを見てみよう。
純然たるスポーツカーとは言えないかもしれないが、メルセデス・ベンツSLの人気も高い。2004年には約13000台も売れている。この時期は911よりSLの方が売れているのだ。それでも、ここ数年は911の4分の1程度しか売れていない。
コルベットのライバルになりそうな、ダッヂ・バイパーだが、こちらはコルベットのライバルとはまったくなりえず、17年で生産を終えている。
911 vs フェラーリ&ランボルギーニ
自動車雑誌的に言えば、ポルシェ911ときたら、「フェラーリはどう? ランボルギーニもライバルでしょ?」となるわけだが、果たしてそうだろうか?
フェラーリとランボルギーニに関しては、全モデルトータルの数字だ。それでも両ブランドともに、ポルシェ911のライバルとはなり得ていないことがわかる。フェラーリ全モデルトータルでポルシェ911の3分の1程度、ランボルギーニはそのフェラーリの3分の1程度だ。イタリアン・スーパーカーメーカーとポルシェを比べるな、という声も聞こえてきそうだが、今回のテーマはポルシェ911を軸にスポーツカーの販売台数を分析するということなので、ご容赦願いたい。
GT-Rは? NSXは? レクサスLCは?
では、このマーケットに挑戦しているほかのプレーヤーの動向も見てみよう。まずは、日本メーカーだ。
アキュラNSXは、2017年に2代目が登場。だが、北米ではまったくといっていいほど成功していない。2016年が269台、17年が578台、18年には早くも170台となっている。「初代は売れたでしょ?」と思っている方も多いかもしれないが、初代も1990年に1119台、91年に1940台、92年に1154台を北米で販売したが、その後は漸減、年間3-400台と言ったところだった。
日産GT-Rはどうだろう?
こちらも登場直後の2008年に1730台を売ったが、販売台数は徐々に下がり、ここ数年は500台前後となっている。どちらもポルシェ911のライバルにはなり得ていない。
アウディR8もBMW i8も、まったく相手になっていない。唯一、新顔として成功しているのは、ジャガーFタイプだ。2014年から17年は年間4000台オーバーのセールスを記録している。
いやいや、ZカーとMX-5ミアータがあるでしょ
これまで比較的高額なスポーツカーを見てきたが、アメリカでスポーツカーと言ったら、Zカー(370Z、データでは300ZXー350Zー370Z。日本ではフェアレディZ)でしょ、と思う人もいるだろう。
それは正しい。2002年デビューのZ33系(350Z)は、2003年には36728台のセールスを記録。これは911の4倍、コルベットよりも売れたのだ。2009年からは現行Z(Z34系)に切り替わった。こちらも1万台を超えるセールスとなり、アメリカでのZカー人気の高さを裏付けている。しかし、販売数は低下の一途をたどっている。理由は明白だ。
モデルチェンジしないから。
である。ポルシェ911は、この間、997型→991型→そして992型とモデルチェンジをしている。
コルベットも、C6型→C7型→そして、なんとミッドシップ化したC8型とフルモデルチェンジをしているのだ。日産がZに手を入れてこなかったのは、販売台数にも如実にあらわれている。GT-Rも同じだ。
MX-5Miata(現在はMX-5、マツダ・ロードスターの海外でのモデル名)は、00年代ほどのボリュームはないが、安定して売れている。2017年には1万台オーバー売れている。1万台は立派な数字である。
適切なタイミングでもモデルチェンジをしない、法規や景気動向によってスポーツカーを市場から引き上げることがある……ようなことがあると、やはり真の意味で売れるスポーツカーにはなり得ない。
トヨタ・スープラ、アキュラNSX、マツダRX-7(RX-8)、ミツビシ3000GTなどヒットを記録した日本製スポーツカーもあったが、911やコルベットのようになれなかったのはそういう理由だろう。
日産フェアレディZもGT-Rももっと早くモデルチェンジすべきだったのでは、と思わざるを得ない。
フォード・マスタングvsその他のスポーツカー
ここまで、ポルシェ911を軸にスポーツカーの北米セールスを見てきたが、もっとも北米で売れているスポーツカーは、ポルシェ911でもコルベットでもZでもマツダMX-5でもない。
それは、いまも昔も、フォード・マスタングだ。
グラフを見てほしい。他のスポーツカーの折れ線がまるで丘陵地帯に見えるほどマスタングの販売台数は多い。まるでヒマラヤ山脈だ。圧倒的と言っていい。つまり、世界でもっとも売れているスポーツカーは、フォード・マスタングなのだ。
「いやいや、マスタングはアメリカでしか売れないけれど、911はヨーロッパでも売れている」という指摘もあるだろう。
確かに。表を見ていただければ、ポルシェ911がヨーロッパでも高い販売実績を誇っていることがわかる。ヨーロッパでもアメリカでも売れ続けているスポーツカーは、ポルシェ911しかない、と言っても過言ではない。これが911の強みだ。また、歴代911が大きくイメージを変えずに生きながらえてきたのも、「ちゃんと売れ続けているから」である。
では、コルベットは? コルベットの欧州販売は年数百台レベル(1000台を超えることは稀)だ。そういう意味ではコルベットは、アメリカのスポーツカーだと言える。
ただし、両モデルに言えるのは、開発の手を緩めずに、適宜モデルチェンジを施し、マーケットに投入し続けているということ。売れ続けるスポーツカーには、それなりの理由があるのだ。
最後に、もう少し。
マスタングは、アメリカで絶大な人気がある。が、近年は少し変わってきているのだ。欧州でのマスタングの販売台数は、2014年までは年数百台レベルだったが、2015年に4889台、16年に15204台、17年に13241台、18年に9851台と俄然欧州でも受け入れられ始めた。これは、2014年にモデルチェンジした7代目が、直4のエコブーストエンジン搭載や右ハンドル仕様の設定など世界戦略車として考えられたからのようだ。
マスタングが欧州で売れれば、また進化の方向性が少し変わってくるかもしれない。そのマスタングに、日本では乗れないのは残念だ。