自動車の運転操作は両手両足で行なうようになっている。しかし、それが不可能な場合にはまったく違った操作系をつかわなければならない。運転補助装置のなかに未来へのヒントが隠れているかもしれない。
TEXT:牧野茂雄(MAKINO Shigeo) PHOTO:中野幸次(NAKANO Koji)
先天的あるいは後天的に身体機能の一部を失った人に向けた車両、いわゆる福祉車両(この呼び方が進歩を阻害しているように思えてならないが)の操作系は、通常の車両とはまったく違う。上肢あるいは下肢だけ、右半身あるいは左半身だけですべての運転操作を完結できるよう設計されている。
ホンダが販売しているふたつのモデルを取り上げる。ひとつは上肢だけで運転するテックマチックシステムである。ベース車両に応じてフロア式とコラム式があり、いずれも操作は左手で行なう。もうひとつは下肢だけで運転するフランツシステム。このシステムの特許を持つフランツ氏の名前が付いたシステムである。身体の状態に応じてシステム構成を選べるようになっており、とくにフランツ・システムは完全なオーダーメイドである。
基本的に、すべての操作系は信頼性の高い機械式であり、ベース車のシフトセレクター、アクセルペダル、ブレーキペダル、ステアリングといった機構はそのままにしておき、機械式リンクで運転者のニーズに応じた操作系へと改造される。
操作系のロジックは、よく考えられている。シンプルな操作で誤操作を防ぎ、操作に必要な力加減も「軽すぎず重すぎず、しかし確実に」というところを狙っている。実際に両システムを装備したクルマを運転してみたが、思ったよりも操作に慣れるまでの時間は短かった。ただし、普通にクルマを運転していた人が後天的に身体機能の一部を失った場合、とっさの動作では「できないことをしてしまう」というケースもあるだろう。
自動車はもともと、両手両足をつかった操作系であり、車両のメカ・レイアウトもコックピット・レイアウトも健常者が基準である。そのベース車両に機械式リンクの追加で対応するため、すべてのモデルには対応していない。フランツシステムの場合、ドアの開閉からシートベルト装着(アンカーがドア側に固定されたパッシブベルト)、エンジン始動、ウィンカーの操作といった、走り出すまでの作業もすべて両足だけで行なうことがオーナーには要求される。すでに30年の実績を持つシステムだが、30年間の累計販売台数は約80台だと言う。
フランツシステムが開発された時代には、クルマの運転操作はすべて機械力であり、せいぜい人間の操作力を油圧でアシストする方式だった。しかし現在はバイ・ワイヤー(電線に信号をとおす)制御である。ベース車の進歩を身障者用システムにも活かすとしたら、システムのコアはそのままにしておいて、枝分かれする追加機能部分でさまざまな対応ができそうな気がするが、現状ではバイ・ワイヤー制御はつかわれていない。その理由は「開発工数と信頼性とコスト」だという。
こうした運転支援システムを「福祉車両」という枠の中に押し込めている以上、進歩は難しい。障害者限定運転免許証の保有者は約30万人だが、高齢運転者はその何十倍もいる。近い将来に高齢女性の運転免許保有者が急増し、その結果として高齢運転人口は急増するが、公共交通機関がない地域では自身が高齢になったからという理由で自動車の運転をあきらめる人は少ないだろう。自動車を自分で運転しなければ生活できない場所が、日本にはたくさんある。認知・判断能力と身体運動能力が衰えた健常者向けの支援システムが必要だ。レイアウト自由度も拡大するバイ・ワイヤーシステムの導入が、何らかの解決策になるのではないだろうか。