「酷道」や「険道」に溢れる我が国でも、やはり究極を求めていけば「未舗装林道」に辿り着く。とはいえ舗装化が進み、とりわけ関東では未舗装の林道に巡り会う機会も珍しくなってきた。スズキ・ジムニーで本州有数のロングダートを走る。
REPORT●小泉建治(KOIZUMI Kenji)
PHOTO●平野 陽(HIRANO Akio)
日本はほぼすべて山の中である
「木曽路はすべて山の中である」とは島崎藤村の「夜明け前」の有名な書き出しであるが、実際のところ「日本はほぼすべて山の中である」と言ってもあながち間違いではない。
日本の国土の7割は山岳地帯なのだ。よって、自ずと急峻で狭隘な道も多くなる。
高速道路やバイパスが整備されているように思えても、それは3割たらずの平野部に集中しているにすぎない。そこから一歩踏み出せば、我が国には「酷道」や「険道」が溢れているのだ。
言うまでもなく酷道とは国道を、険道とは県道を捩った言葉である。国道や県道でありながら道幅が狭く、路面状況も劣悪な道を、揶揄しつつもどこか親しみを込めて酷道や険道を呼ぶのである。
とはいえ当連載は、とくに対象を国道や県道に限定しているわけではない。日本が世界に誇るクネクネ道をポジティブに楽しもうという企画であるとご理解いただきたい。
そんなクネクネ道のなかでも、究極の存在は未舗装の林道ということになるだろう。
舗装化が進むなか、関東屈指のロングダートとして名を馳せる秋鹿大影林道と万沢林道が今回の舞台である。
群馬県は、関東のなかでも比較的ダート林道が残されているエリアである。最も未舗装区間の距離が長いのは栗原川林道の39kmだ。
一方、秋鹿大影林道は13km、万沢林道は21kmだが、この2本は僅かな国道区間をはさんで近接しており、つなげれば34kmにもなる。2本の林道の間にある四万湖と四万温泉にも興味があったため、今回はこちらを選んだ。月夜野から草津にかけて東西に延びる秋鹿大影林道と万沢林道を東側からアプローチすることにする。
関越自動車道を月夜野インターチェンジで降り、国道17号線を西に向かう。布施交差点で県道53号線に左折し、そのまま須川川沿いに走る。ほどなくして左に大きくカーブを描きながら須川川と離れそうになるところ右折し、あくまで須川川沿いを西に針路を取り続けると、突如として道がググググーッと3分の1くらいの幅に狭まり、未舗装路になる。
フツーなら「おっと間違えた」と、引き返すところだ。
いよいよ秋鹿大影林道の始まりである。
それにしても狭い。今回の旅の伴侶は日本が世界に誇る最強の林道エクスプレス、「ジムニー」と「ジムニーシエラ」だが、軽自動車のジムニーでもギリギリで、全幅が170mm大きいジムニーシエラは路肩からはみ出てしまっているような感覚だ。
こんな狭い未舗装路が、この先に13kmも続いているとはとても思えない。ちょっと行ったところに何かの施設があるか、あるいは何もないか、いずれにせよすぐに行き止まりになっているような気配である。
ただ、この狭さが思わぬ効用を生んでいる。事前に調べて知ったのだが、秋鹿大影林道も万沢林道も、東に行くにつれて狭く険しくなるらしい。だから西からアプローチすれば最初は簡単で、慣れるのに伴って難易度も上がっていくということになる。
だが、初めてこの林道を走る場合は東からアプローチした方がいい。東側の難易度が高いということは、この林道を走り切るスキルのないドライバーや物理的に通り抜けるのが無理なクルマは、最初にふるいに掛けてもらえるのだ。これが、延々と何kmも走り続けた先で進退窮まってしまったら目も当てられない。
逆に言えば、東側の数kmを切り抜けられれば、最後まで走破することができる。そういうことだ。
狭い上にもうひとつ注意しなければならないのは、路面がガレていて、尖った石や岩が多いことだ。パンクを避けるためには、とにかく速度を抑えること。そしてゴツゴツした岩を避けることだ。避けるといっても道幅が狭いため、ラインの選択肢などほぼないに等しいが、気づかずに勢いよく乗り越えてしまうのは厳禁である。
ちなみに伝説の鉄人ライダー、賀曽利 隆さんが作成した「未舗装林道リスト」らしきものを何かの雑誌で見た記憶があるのだが、それによれば秋鹿大影林道は満点の「三つ星」だった。鉄人カソリをして最高難易度と言わしめる秋鹿大影林道……しかも賀曽利さんの愛機はオフロード用バイクである。ジムニーとはいえクルマは幅もあるし、大丈夫か、我々?
しかし鉄人カソリが難しいと仰るのならば、もう見栄も恥もない。手慣れたフリをして無理をすることなく、素人は素人らしくゆっくり慎重に行けばいいだけだ。
だが、そもそも見栄など張る場面がないことにすぐに気づく。
対向車も後続車も、まったくいないのだ。こんな狭い道で対向車が来たらどうするのだろう、とは思いつつも、来る気配が微塵もないから、実はそんなに心配にはならない。
一回だけ、撮影のために停止していたら後方から一台のクルマがやってきたが、この林道を管理しているであろう林野庁の車両だった。結局、この後に走る万沢林道を含め、今回の林道ドライブで出会ったクルマはこの一台だけだった。
ただ、対向車が来ないからといって油断したり、安心して飛ばしたりできる状況ではないことくらい、みなさんも写真をご覧になってご理解いただいているだろう。
狭隘な道幅と見通しの悪いカーブによって、出せる速度はせいぜい10〜20km/hほど。路肩が崩れそうな箇所も多々あり、そんな場面では徒歩よりも遅い速度でジワジワと前進せざるをえなくなる。
まぁそれにしても、こうした極限状況下でのジムニーおよびジムニーシエラの頼もしさといったらない。およそ、クルマが通ったであろう形跡が確認できるような道であれば、ジムニーで通れないはずがない。ジムニーで通れなければ、ほかのクルマで通れたはずがないのだ。
数回、汚泥の乗った急坂やツルツルとした岩場のアップダウンでトランスファーを4L(4WD低速)に入れ、ヒルディセントコントロールもオンにしてみた。徒歩でも足元がおぼつかないような状況だが、ジムニーはのっしのっしと歩を進める。
ただ、一応メディアとしてデモカーを借りているから試してみただけで、今回は全行程において2H(RWD)や4H(4WD高速)があればこと足りた。高難易度の未舗装路とはいえ、林道は林“道”である。4Lやヒルディセントコントロールは、“道”ではないところでようやく出番が回ってくるのだろう。
市井のSUVとは、遺伝子レベルからして次元が違う。
とりわけ、伝統の3リンクリジッドアクスル式サスペンションがもたらす「どれだけサスペンションがストロークしても対地クリアランスが変動しない」というアドバンテージと、それによってドライバーが得られる安心感がこの上ない。
高い悪路走破性はもちろんだが、それをドライバーが「確信をもって引き出せる」ところにジムニーの強さがあるのだろう。
鮮やかな四万ブルーと昭和テイスト全開の四万温泉
月夜野インターチェンジを降りてから約5時間、13kmの秋鹿大影林道を走り抜けて国道353号線に出た。撮影を挟み、さらには別企画の取材も並行して行っていたため、通常であればこんなに時間はかからないはずだ。
国道353号線を北上すれば、5分ほどで今回の宿泊地である四万温泉に到着する。まだ時間もあるのでスルーし、「四万ブルー」で知られる四万湖まで足を伸ばす。伸ばすと言っても、徒歩でも行ける程度の距離だが……。
しかし秋鹿大影林道を走り終えた頃から雨が降り始め、四万湖に着いた頃には土砂降りの雷雨となってしまった。エメラルドグリーンがかった湖面はなんとなく確認できたが全体的には濁っている。雨が上がるのを待ってみたが、雨足が弱まっても湖面の状況は変わらない。
しかたがないので四万温泉に戻り、しばし街中を散策する。
国道353号線の終点、いわば最果ての秘湯である四万温泉は、8世紀から10世紀頃に発見され、四万もの病に効くということからこの名称がつけられたとされている。
温泉街は四万川沿いに南北に長く形成され、温泉旅館はもちろん、喫茶店、射的場、ラーメン屋など、すべてが完璧に昭和テイストで、独特の風情に満ち溢れている。
最果てとはいうものの、我々が訪れた多くの観光客で賑わっていた。平日とはいえ夏休みの時期だったから当然なのかも知れないが、もう少し閑散としたイメージを勝手に想像していたので(失礼!)、ちょっとした驚きだった。
ただ、少なくとも我々の滞在中は中国人観光客はほぼ確認できず、宿泊施設にも英語や中国語の表記はほとんどない。我々が泊まった国民宿舎はクレジットカードも使えなかった。このまま海外観光客に知られない聖域であり続けてほしい、と考えるのは身勝手だろうか?
翌朝は路面も乾き上がり、すっかり快晴となったため、再び四万湖へ向かってみた。そして期待通りの四万ブルーを目の当たりにする。幸先がいい。
湖畔で小一時間ほど別企画の撮影を行った後、万沢林道へと向かった。
旅のクライマックスは万沢ストレート!
四万温泉の中心地から国道353号線に出てすぐ、我々の宿からは2、3分で万沢林道の入口に辿り着く。
万沢林道は秋鹿大影林道よりも道幅が広く、例の鉄人カソリ林道リストによれば難易度は3点満点中「二つ星」だ。
……のはずが、のっけから狭いじゃないか。ジムニーはともかく、ジムニーシエラではけっこうギリギリ。路面もかなりガレていて神経を使う。賀曽利さん、お願いしますよ。
まぁしかし、狭かったのは最初の5kmくらいか。あとはほどほどに走りやすく、ときおり舗装区間も散見できる。「東が険しく、西へ行くほどに走りやすくなる」の法則は万沢林道でも健在で、なるほど確かに二つ星は妥当だ。賀曽利さん、失礼いたしました。
この舗装区間に関して、オフロード愛好家の間では否定的な意見が多いようだ。
ただし多くの舗装区間は、未舗装路がいったん崩落して、そこを補修するタイミングに合わせて舗装されたと思われる部分が多い。崩落した箇所が再び崩落しないように補強する───つまり舗装するのは常識的な発想だろう。
それにこうした林道はドライブやツーリングのルートであるだけでなく、ライフラインという重要な役目を担っている。道路網の整備は感情論だけでは語れない。
だがその一方で、過度な舗装化やそれに伴う森林の伐採などが自然のバランスを狂わせ、むしろ崩落や水害などを引き起こしているという見方もある。
個人的には、せめてこうした人里離れた山間部くらい、自然のままの姿を残してほしいと思うが、なんら責任を負わず、専門知識も持たない筆者が勝手なことを言ったところで説得力はない。
前述の通り、東側の数kmさえクリアしてしまえば、万沢林道は至極走りやすい。その東側の道幅の問題から、全行程を走り切るのならば全幅は1800mm以下のクルマにしておきたいが、二輪であれば本格的オフローダーはもちろん、大型アドベンチャーやスクランブラーでも手軽に楽しめそうだ。
万沢林道には洗い越しが数カ所あるのも魅力のひとつだろう。
洗い越しとは道路と川が平面で交差している箇所のことで、たいていは水が道路に滲み出ているといった程度のものだが、ちょっとした川渡り気分を味わえるのが面白い。
そして万沢林道の起点から約20kmというところで、いよいよ今回のダートドライブのクライマックスを迎える。
本州最長の1kmもの距離を誇る未舗装直線路、通称「万沢ストレート」が眼前に広がるのだ。
ただでさえ真っ直ぐ1kmも続く道はなかなか珍しいのだが、ここに至るまで狭くて薄暗くてクネクネした道を延々として走ってきたわけで、そんな風景に慣れた目には、はるか遠くまで見渡せる万沢ストレートには距離感が狂わされる。
よくわからないが、なぜか眩しい感じもする。急に視界が広がったからなのか?
秋鹿大影林道と万沢林道は東側からスタートした方がいい。そのもうひとつの理由がここにある。
狭く険しい林道を這々の体で走り切り、やがてこの万沢ストレートに辿り着いたときの達成感は、体験した者にしかわからないだろう。
万沢ストレートを抜ければ、万沢林道のゴールもすぐそこだ。ほどなくして国道495号線に出て、今回の林道ドライブもフィナーレとなった。
酷道や険道は数あれど、やはり未舗装林道の手応えは格別だ。
もちろん林道ドライブにはリスクも伴う。ある程度の運転スキルは当然だが、大切なのは慎重さだ。そして、いい意味での臆病さも必要だ。そこさえ守れば、こんなに楽しいアドベンチャーもない。
「オフロードに手を出すとハマるよ」とは多くの諸先輩から聞かされていた。帰宅後、筆者はジムニー&ジムニーシエラのウェブサイトばかりを見ている。セローやVストロームなら買えるかも、なんて考えたりもしている。さてさて、どうしたものやら……。
2本を合わせて34kmのロングダート!
Jimny XC
ジムニーXC
全長×全幅×全高:3395×1475×1725mm
ホイールベース:2250mm
トレッド(前/後):1265/1275mm
車両重量:1040kg
エンジン形式:直列3気筒DOHCターボ
排気量:658cc
圧縮比:9.1
最高出力:47kw〈64ps〉/6000rpm
最大トルク:96Nm/3500rpm
燃料タンク容量:40L
トランスミッション:4速AT
駆動方式:フロントエンジン・オールホイールドライブ
乗車定員:4名
サスペンション形式(前/後):3リンクリジッドアクスル式/トーションバー式
タイヤサイズ:175/80R16
WLTCモード燃費:13.2km/L
車両価格:184万1400円
Jimny SIERRA JC
ジムニーシエラJC
全長×全幅×全高:3550×1645×1730mm
ホイールベース:2250mm
トレッド(前/後):1395/1405mm
車両重量:1090kg
エンジン形式:直列4気筒DOHC
排気量:1460cc
圧縮比:10.0
最高出力:75kw〈102ps〉/6000rpm
最大トルク:130Nm/4000rpm
燃料タンク容量:40L
トランスミッション:4速AT
駆動方式:フロントエンジン・オールホイールドライブ
乗車定員:4名
サスペンション形式(前/後):3リンクリジッドアクスル式/トーションバー式
タイヤサイズ:195/80R15
WLTCモード燃費:13.6km/L
車両価格:201万9600円